4、地雷原
「……」
青年はマチルダを不思議そうに見た。
まるで、石像を思わせる美しさである。長い黒髪を風にたなびかせ、紫の瞳はじっ、とマチルダを眺めていた。
「あんた、こんな所で何してるの? あの表示が見えないの?」
マチルダは少し離れた場所にある標識を指差した。
――DANGER! Minefield!
そんな黄地に黒字で書かれた字と地雷のピクトグラム。ブラックバニアでは子供でも知っている危険地帯の目印だ。
「……?」
「ちょっと! ちょっと! ちょっと!?」
青年はよく分かっていない顔をしながら、マチルダに向かって歩いてきた。
地面が爆ぜて、彼が吹き飛ぶのを想像し、マチルダは慌てて止める。目の前で誰かが足を失う光景を何度も見てきた。それと同じ事が起きると思った。
「ストップ! ストップ! ストップ!!」
彼女の怒鳴り声に対し、青年は止まらず歩を進める。やがて、彼は地雷を踏むことなく、地雷原を踏破しマチルダの前に来た。
「セェェェフ!!」
マチルダは肩の力を抜いて、思わずそう呟いた。まったく、幸運としか言いようがない。
「何考えてるのよ!? 普通、地雷原を呑気に歩いてくるやつがあるか!!」
それから思わず叫んだ。
何度も言うように、この野原に主に仕掛けられたType72A対人地雷の人間相手の殺傷力は高い。踏めば足など、文字通り吹き飛ぶものだ。彼の行為がどれだけ危険なものだったかは言うまでもない。
10年以上この国の地べたを這いずり回って生き延びてきたマチルダには、これが、どれだけ恐ろしい行為だったかがよく分かった。
「大丈夫」
「何が大丈夫よ! あんた下手したら死んでたよ!?」
「……見えてるから。危険」
そう青年は何でも無いように言った。
「は?」
そんな言葉に少し面食らうマチルダ。彼女に構わず、青年は言葉を続けた。
「それより……腹減った」
「は?」
「……何か食べ物ない?」
「何言ってるんだコイツ……」
素でマチルダはそんな言葉を口に出した。
――案の定、ヤバい奴だったな……。
流石にその言葉は飲み込んだ。
だが、ある意味、予想出来た事ではある。好奇心で行動した事を少し後悔した。
だが、ここで彼の顔を見た。絶世の美形の顔がそこにあった。年齢は25くらいだろうか。マチルダより年上に見える。
「…………」
……ここまできて、彼を追い払うのはもったいない気がする。それに、年上の男は嫌いではない。
「……私の昼ごはん。少し分けてあげる」
「!!」
露骨に嬉しそうな顔をする青年。分かりやすい奴だと思った。
「ただし、交換条件と言ったらなんだけど……教えて、あなたの事。あんた何者なの?なんであんな場所にいたの?」
「良いよ」
「良いの?! なんか訳ありじゃないの?」
あっさり了承した青年に、少し困惑した。普通、こういうのは多少は隠したいものではないだろうか?
「……飯」
「はいはい。……こっち来なさい。こっちは人が少ない。……あんまりヤバい話だったら仕事仲間達に拡散したくないから。良くも悪くも」
マチルダは、そう言って青年の腕を引いた。
日雇い仕事仲間達の顔を思い浮かべる。気のいい奴は多いが、秘密を共有するには、少し信用出来ない。それが彼らへのマチルダの評価だった。




