26、記憶
「お待ちどうさま。順番前後するぞ。先にナガサキカレー2つだ」
「え、こっち先に頼んだのに……」
先にシマエナガの君達の方にカレーが届いた。マチルダはカレーの順番が前後したことにテリーへ抗議した。
「済まないね。ちょっとトーキョーの方は準備にトラブルがあってね」
テリーは頭を掻きながらそう言い訳した。
――もしや、忖度か
どうも話すとこの方、BWIWのそれなりにお偉いさんっぽい雰囲気だ。テリーが忖度して順番を前後させたのだと、なんとなくマチルダも察した。
とはいえ、ここで騒ぎ立てるのも大人げない。ここは大人の対応だ。
「早くしてね。こっちは肉体労働明けでお腹ペコペコだから」
「はいよ! 少し待っててね!」
テリーはいそいそと厨房に消えていった。それを見送りつつ、マチルダは再びシマエナガの君を見た。彼は注文したナガサキカレーをしばらく見つめていたが、やがて美味そうに食べ始める。
「これは……美味いな」
「でしょ? 前にBWIWで出張販売してた時に食べて惚れちゃってさ!」
「俺も呼んでくれれば良かったのに」
「新規契約の為に出張中でしょ」
「そうだったわ」
シマエナガの君の食べ方は妙に上品で、ますますマチルダのBWIWのお偉いさんという推理が合ってる様に思えた。
「そういえば、君、まだ名前を聞いていなかったな。マチルダ……で良いかな?」
シマエナガの君はカレーを味わいつつ、マチルダに問うた。
「ええ。私がマチルダ。マチルダ・センチュリオン。こっちがエコー。姓は……訳ありで分からない」
「訳あり……?」
シマエナガの君は何かが引っかかった様に、聞いてきた。
「ええ。記憶喪失らしいのよ。自分の名前しか分からない。成り行きで拾って私が面倒見てる」
「記憶喪失ねぇ……それを良いことに手を出して自分の男にしたと。マチルダも悪い女だねぇ」
「いや、出してないから!」
ジュリアの煽りに、マチルダは冷静に反論した。じっさい破廉恥な関係になどなっていない。そんな事を言われるのは、やや心外だった。
「記憶喪失……。エコーくん、何か覚えている事は無いか? BWIWの力を使えば、何か手がかりがつかめるかもしれん」
シマエナガの君は、そうさっきまでと対極的な真剣な顔で聞いた。
「覚えている事……。何かの施設で、白衣を着た人が沢山いた……。そこから逃げて、以降はいろいろな所を出たり入ったりしながら、生きてきた」
「施設……白衣……」
シマエナガの君は意味深に眉をひそめると、そう反芻した。
「何か、心当たりあります……?」
エコーは恐る恐る、シマエナガの君に聞いた。
「…………いや、わからん!」
彼はあっさりと言い切った。
「分からないんかい!?さっき意味深に眉をひそめたのに!」
「いや、何もなくても、たまにはひそめるだろ、眉」
「いや、そうかもだけど……」
マチルダは拍子抜けした。まあ、あっさり分かるなんて思っていなかったが。
「だが……」
シマエナガの君はエコーを見ながら続けた。
「興味深い記憶だ。暇な時に我が社で調査しておこう」
「お願いします! 俺が一体何者なのか、知りたい!」
エコーはそう言って、シマエナガの君に頼んだ。彼の顔は真剣だ。本当に自分の出自に興味があるのだろう。
「はは。任せておけ。我が社の人脈は太いからね。案外すぐに分かるかもしれん。すぐにね」
「ありがとうございます!」
そんなやりとりをしているうちに、テリーがマチルダ達の分のカレーを運んできた。
「ほら、お待ち。トーキョー二つ。片方は甘口ね」
マチルダ達の前にもカレーが置かれる。香ばしいスパイスの香りが心地よかった。
「……とりあえず、君達も食べ給え。すぐに調査は出来ないからな」
シマエナガの君は、そう言って笑みを浮かべた。サングラスごしにも分かる美形の、文句なしの笑みだった。




