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元貴族令嬢はシンデレラにはならなかった  作者: 九十九BARRACUDA


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26/29

26、記憶

「お待ちどうさま。順番前後するぞ。先にナガサキカレー2つだ」


「え、こっち先に頼んだのに……」


 先にシマエナガの君達の方にカレーが届いた。マチルダはカレーの順番が前後したことにテリーへ抗議した。


「済まないね。ちょっとトーキョーの方は準備にトラブルがあってね」


 テリーは頭を掻きながらそう言い訳した。


 ――もしや、忖度か


 どうも話すとこの方、BWIWのそれなりにお偉いさんっぽい雰囲気だ。テリーが忖度して順番を前後させたのだと、なんとなくマチルダも察した。


 とはいえ、ここで騒ぎ立てるのも大人げない。ここは大人の対応だ。


「早くしてね。こっちは肉体労働明けでお腹ペコペコだから」


「はいよ! 少し待っててね!」


 テリーはいそいそと厨房に消えていった。それを見送りつつ、マチルダは再びシマエナガの君を見た。彼は注文したナガサキカレーをしばらく見つめていたが、やがて美味そうに食べ始める。


「これは……美味いな」


「でしょ? 前にBWIWで出張販売してた時に食べて惚れちゃってさ!」


「俺も呼んでくれれば良かったのに」


「新規契約の為に出張中でしょ」


「そうだったわ」


 シマエナガの君の食べ方は妙に上品で、ますますマチルダのBWIWのお偉いさんという推理が合ってる様に思えた。


「そういえば、君、まだ名前を聞いていなかったな。マチルダ……で良いかな?」


 シマエナガの君はカレーを味わいつつ、マチルダに問うた。


「ええ。私がマチルダ。マチルダ・センチュリオン。こっちがエコー。姓は……訳ありで分からない」


「訳あり……?」


 シマエナガの君は何かが引っかかった様に、聞いてきた。


「ええ。記憶喪失らしいのよ。自分の名前しか分からない。成り行きで拾って私が面倒見てる」


「記憶喪失ねぇ……それを良いことに手を出して自分の男にしたと。マチルダも悪い女だねぇ」


「いや、出してないから!」


 ジュリアの煽りに、マチルダは冷静に反論した。じっさい破廉恥な関係になどなっていない。そんな事を言われるのは、やや心外だった。


「記憶喪失……。エコーくん、何か覚えている事は無いか? BWIWの力を使えば、何か手がかりがつかめるかもしれん」


 シマエナガの君は、そうさっきまでと対極的な真剣な顔で聞いた。


「覚えている事……。何かの施設で、白衣を着た人が沢山いた……。そこから逃げて、以降はいろいろな所を出たり入ったりしながら、生きてきた」


「施設……白衣……」


 シマエナガの君は意味深に眉をひそめると、そう反芻した。


「何か、心当たりあります……?」


 エコーは恐る恐る、シマエナガの君に聞いた。


「…………いや、わからん!」


 彼はあっさりと言い切った。


「分からないんかい!?さっき意味深に眉をひそめたのに!」


「いや、何もなくても、たまにはひそめるだろ、眉」


「いや、そうかもだけど……」


 マチルダは拍子抜けした。まあ、あっさり分かるなんて思っていなかったが。


「だが……」


 シマエナガの君はエコーを見ながら続けた。


「興味深い記憶だ。暇な時に我が社で調査しておこう」


「お願いします! 俺が一体何者なのか、知りたい!」


 エコーはそう言って、シマエナガの君に頼んだ。彼の顔は真剣だ。本当に自分の出自に興味があるのだろう。


「はは。任せておけ。我が社の人脈は太いからね。案外すぐに分かるかもしれん。すぐにね」


「ありがとうございます!」


 そんなやりとりをしているうちに、テリーがマチルダ達の分のカレーを運んできた。


「ほら、お待ち。トーキョー二つ。片方は甘口ね」


 マチルダ達の前にもカレーが置かれる。香ばしいスパイスの香りが心地よかった。


「……とりあえず、君達も食べ給え。すぐに調査は出来ないからな」


 シマエナガの君は、そう言って笑みを浮かべた。サングラスごしにも分かる美形の、文句なしの笑みだった。

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