19、買い物
「森に行く前に、少し買い物して行きましょ」
「買い物?」
少しいぶかしげに、エコーが言う。
「昼食買いにいくよ。森に外食屋なんてあるわけないじゃない」
マチルダはそうなんでもないように言うと、懐から例の懐中時計を取り出した。
「時間は8時ジャスト。マイクロバスが出るのは8時半。まだ時間もあるしね」
マチルダはエコーの手を引くと、斡旋所を出て、裏通りに入っていった。
ハマン市は、200年前にブラックバニアが今の王朝になって、王都ドールセンが建てられるまで都が置かれていた古都である。その為、道はかなり入り組んでいて、細い路地や裏通りが多い。二人が歩いているのもまさにこうした数ある路地の一つだった。
一歩路地に入ると、大通りの喧騒からは離れ、意外と閑静な住宅もあった。一方で瓦礫や廃墟になっている建物もやはり多く、12年の内戦の爪痕がありありと見える。
「人が集まるところには、必ずその人たちが落とすお金を狙う人たちも集まるのよ」
マチルダはそう言いながらエコーを連れてきたのは、路地から少し入った場所の広場だった。
そこには、いくつかの屋台が軒を連ねていた。
パンや菓子、日本から文化輸入された蕎麦やうどん、さらにはこちらも日本から文化輸入された天ぷらや寿司を売る屋台まであった。
広場の入口の看板には「火除け地につき建築物の建築を禁止する。」と書かれていたが、逆にそのせいでこうした屋台の格好の出店場所になっているのだ。
「ここで何か買っていきましょう? 今回の雇い主、昼食は出してくれないみたいだし」
マチルダは屋台を指さした。
「予算は500ブラックまでね。好きなものを選びなさい」
「出してくれるの?」
「だってあんた、お金まだないでしょ。今日の稼ぎで昨日の分とまとめて返済してもらうから」
例のごとく、マチルダはそう言うと、「行こ」と彼の腕を引いて、屋台の中に入って行った。
「スシ……噂には聞いたことあるけど初めて見た」
惣菜パン、菓子、蕎麦、うどん、天ぷら……エコーはそんなたくさんある屋台の中でも、寿司の屋台に興味をもった様だ。
「本場の生魚を使うスシじゃないけどね。ブラックバニアで発展したブラックバニアスシ」
見ると、拳大の大きさの酢飯の上に、揚げたり焼いた魚が乗っていて、木箱に一個づつ詰められたそれを、注文のたびに屋台商がその場でくるんで渡している。
「ブラックバニアは内陸国だから、魚といえば川魚だけど、生の川魚なんて泥臭いわ寄生虫はいるわでとても食べられたものじゃない。だから焼いたり揚げたりした魚を酢飯に乗せて食べるのが主流よ」
「ふーん……」
「酢のお陰である程度保存も効く。私らみたいな肉体労働者の味方ね」
エコーは興味が湧いたのか、それをじっと見ていた。
「これにする? 一個250ブラック。2個も食べればお腹いっぱいになるわ」
「これにする」
「よしきた」
マチルダは自身の分も含め、ブラックバニアスシを4つ注文すると、それを受けとり、バッグにつめた。
「お昼になったら食べましょっか」
「うん。楽しみ」
エコーは楽しみそうに笑みを浮かべた。




