14、悪夢
「エコーはいるかしら。自分でフラフラ出かけて無きゃいいけど」
マチルダはエコーを泊めた安宿の前にいる。昨日、別れる前に、朝7時に宿の前で待ち合わせる約束をしたのだ。
今日は彼を日雇い労働を斡旋してくれる場所に案内するつもりだった。いつまでも自分の財布にたからせるわけにもいかない。
「……まったく、我ながらなんでここまであの人に入れ込んでるんだか」
入り口で出てくるのを待ちつつ、マチルダは自分で自分を嗤った。普段の彼女ならここまで他人にするのは絶対にありえない。
「まさか他人に対して情が向くとは……齢21にしてヤキが回ったかね」
ふと、昨日ジュリアに言われた事を思い出した。
――彼氏
自分達は他人からはそう見えたらしい。言葉を反芻して、いやいやいや……となった。
自分達はそんなのではない。少なくともマチルダにはまだ、エコーを恋人にしたいなどという気持ちはない。連れていたのは、ただ、イケメンで地雷原に放置しておくのはあまりにももったいないと感じただけだ。
昨日も言ったが、野良猫に餌をあげている感覚。それがマチルダの現在の彼への感情であった。
そんな風に思っていると、建物からエコーが出てきた。
昨日と同じ恰好だ。着替えも買わねばな……と思う。
今日の日付は王国歴211年3月23日。王国歴とはブラックバニアで使われるローカル暦だ。今の王家の初代の王様が王位についた年を元年とする暦で、西暦も使うが、彼女らが日常的に使うのはこちらである。
意識の高い反政府軍政治家などは意識して、フランス革命期に使われた革命暦を使う事もあったが、色々と不便だったので、今使う人間はほとんどいない。それだけ彼らの『理想』が現実と乖離していたとも言える。
ブラックバニアは山国で、この時期でもまだ非常に寒い。雪が降る事さえある。まだ、臭いが気になる時期ではないが、これから暑くなる時期に着替え無しはキツイ。
復興しつつあるとはいえ、戦後すぐである。小汚い恰好をしている者などいくらでもいるが、彼にはそうなって欲しくなかった。
「よ、昨日はよく眠れた?」
マチルダは早速出てきた彼に声をかけた。
「うん。久しぶりにベッドで寝た気がする」
相変わらずの美形顔で、エコーは静かに言った。
「ただ……」
「ただ?」
「悪夢は見た」
「悪夢……どんなの?」
どうもテンションが低いのはそういうわけらしい。マチルダは気になって尋ねてみた。
「空からいきなり砲弾が落ちてきて……周りの人たちが木っ端みじんになっちゃうんだ。それを見た俺は恐れをなしてすぐに逃げるんだけど、後ろから沢山の鳥が追ってくる」
「鳥……」
ふと、目を建物の方に移した。この安宿もBWIW系列のものだ。例の如く三つ六枚羽の紋章が掲げられている。
――疲労と、この紋章が紐づいたのかしら?
マチルダはあくまでも冷静に夢を分析したが、あえて口は挟まなかった。
「鳥達は逃げる俺達に追いついて、身体をついばむんだ。追い払っても追い払っても食らいついてきて……死んだふりして逃げようとした所で目が覚めた」
「……縁起でもない」
マチルダはそう言うと、彼の肩を軽くたたいた。
「疲れていたのよ。無理もない、ダールエイ市から歩いてハマン市まで来たんでしょ? ようやく落ち着けて疲れが一気に出たのよ」
「うーん……」
マチルダはそう励ましたが、エコーは気分が晴れない様子だった。
「まぁ今日は仕事して忘れちゃいましょうよ。こんな朝早くから誘ったのも、割の良い仕事探す為だし。行こう?」
エコーの手を引いて、マチルダは強引に歩き出した。




