10、カレー
置かれたカレーは値段を考えると、かなり大盛りである。湯気と共に立ち上るスパイシーな香りが食欲を刺激した。具材はかなり大きめにカットしてあり、かつ、野菜は皮付きである。
「いつも思うけど、日本のトーキョーでは本当にこのカレー食べるの?」
マチルダが聞くとテリーは胸を張って自信満々に答えた。
「日本の戦士、サムライはこれを金曜日に食って英気を養うらしいぞ。大きく切った具材を丁寧に煮込み、腹を満たす。あの本にも書いてあった」
指差した先にあった本は『日本の事を知っちゃおう大辞典』。見るからに胡散臭そうな出自の本である。
「訪日経験は?」
「心のなかで何度も」
「……大丈夫? 本当に? 本当に、サムライはこれを食べるのね?」
マチルダはそう追求する。が、テリーは豪快に笑った。
「辞典に書いてあったから大丈夫だよ。それに日本では『モッタイナイ』という言葉があるらしい。その精神で、あえて皮を取らずに煮込むのが日本流なんだ。実際、野菜の皮には栄養がたっぷりある」
そんな怪しい日本知識を見てきた様に言うテリー。とはいえ、マチルダも生粋のブラックバニアっ子。訪日経験は無い。絶妙にありそうなラインで絶対間違いだ、とも断言出来なかった。
「……サムライって今もいるの?」
エコーの疑問に、マチルダはこれまた適当に返す。
「いるんじゃない? あんなに国を挙げて推してるし。日本のサッカー代表もサムライジャパンって言うし。あの人達もサムライ階級でユニフォームを脱いだら刀差してるのよ。きっと」
「日本すげぇ。銃の時代にあえて刀で戦う……!」
そんなツッコミ不在の空間。調子外れの謎和風BGMだけが響いていた。
「……ま、食べましょう。冷えたカレーほど不味いものは無いわ」
マチルダはそう言って、カレーを一口。
スパイスを多用したカレーは、口に入れると、テリーの適当な日本知識と反比例する様に絶妙に計算された味を醸し出した。
「うーむ。絶品。ハマンで一番のカレーと言っても過言では無いわ」
甘味・酸味・塩味・苦味・うま味。五味が口の中で完璧に計算されたバランスでハーモニーを奏でる。
「……辛い」
感動しているマチルダと正反対に、エコーは若干顔をしかめていた。
「……なに? もしかして、辛いのダメなタイプ」
力なくエコーは首を縦に振る。
「その美形顔で、舌はお子様舌、か」
少しおかしくなって、マチルダは思わず笑った。
「笑うなよ」
「いや、意外とギャップがあってさ……ふふ」
それを見たテリーはここぞとばかりに『営業』をかけてくる。
「君、辛いのは苦手かね? 辛味を消すには乳製品が良いぞ。このラッシーとかはどうかね?一杯250ブラックだ」
「……ちゃっかりしてるわね」
「ま、うちも商売だからね。売れるものは売れる時に売らなきゃね!」
エコーが無一文な現状、金を払うのはマチルダなのである。
「……」
「……」
だが、カレーの辛味に涙目になりかけているエコーを見ると……つい可哀想にも見えてきた。
「親父、追加注文。ラッシー一杯」
「毎度!ラッシー一杯!」
露骨に機嫌が良くなるテリーであった。
一方、エコーは少し申し訳なさそうに小声で聞いてきた。
「……良いの?」
「一杯だけよ。注文したのは私だし、アフターケアってやつ」
「……ありがとう」
マチルダは、自分のカレーを食べながら、今度彼を連れてきた時は甘口にしなきゃダメね。と、覚えた。




