第九章 花葬の夜
景燦が去った後、玲瓏は夜着のまま庭へと出た。
夜風が頬を撫で、思いのほか冷たく感じられた。
月明かりの下、以前景燦から贈られた花の鉢が目に入る。
あの頃は毎日水をやり、玲瓏の目に留まるように大切に育てていたものだ。
だが今は世話をする者もなく、枯れて腐りかけていた。
花びらの縁はすでに茶色く変色し、うなだれるように垂れ下がっている。
玲瓏はその花を一本、根ごと引き抜いた。
土の匂いが指先に纏わりつく。
しばらくそれを手にしたまま立ち尽くしていたが、やがて庭の隅にしゃがみ込み、小さな穴を素手で掘った。
爪の間に土が入り込むのも構わず、その穴へ静かに花を横たえ、上から土をかけていく。
「腐りかけた想いは、土に還りなさい……」
これは、忘れるということとは違うと、玲瓏は気づいている。
忘れようとすればするほど、想いは反って心に絡みついてくるものだ。
抱え続けることも、無理に断ち切ることもせず、ただ土に還す。
花はもう咲かなくていい。
誰かに拾われる必要もない。ただ静かに土に還っていけば、それでいい。
玲瓏は手についた土を払い、月を一度見上げてから、部屋へと戻った。
振り返ることはしなかった。
自室の臥牀に横たわっても、玲瓏に恐れはなかった。
「明日になれば、この気持ちは消えるわ……」
そう思うと、不思議なほど心が凪いでいくのが分かった。
皇帝への執着も。皇后への嫉妬も。
自分が何者であるべきかという、あの終わりのない苦しさも。
死が、そのすべてに幕を下ろしてくれる。
長く自分を縛り続けてきたものが、明日にはすべて消えてなくなる。
そう思うと、むしろ安堵にも似た感情が湧いてきた。
それに、寂しさも涙も出ない。
そのことに玲瓏自身が、少しだけ驚いていた。
もっと取り乱すと思っていた。
もっと怖がるはずだと思っていた。
だが今、胸の中にあるのは、驚くほど静かな水面が広がっている。
窓の外では虫の声が絶え間なく響いていたが、それすらも今の玲瓏には心地よく感じられた。
やがて瞼が重くなり、玲瓏はゆっくりと眠りに落ちていく。
夢の中で、また景燦が笑っていた。
昔と同じように、優しく手を差し伸べながら。
「愛している」
その言葉に、玲瓏の心は懐かしさで満ちた。
だが今度は――景燦の手を、取らなかった。
夢の中の玲瓏は、ただ静かにその手を見つめ、そして目を覚ました。
窓の外は、すでに白み始めていた。
鳥の声が、いつもと変わらぬ調子で聞こえてくる。




