第六章 因果の業火
騒動から一日と経たず、真相は明らかになった。
盛られた毒は、玲瓏がかつて蹴落とした妃嬪の、その宮女の手によるものだった。
宴の後、毒の出所を洗い出すべく、給仕にあたった者が一人ずつ取り調べを受けた。
疑いの目はやがて、妃嬪の部屋付でありながら、酒を運んだ宮女の一人へと向けらた。
その女の部屋からは使い残しの毒瓶が見つかったという。
問い詰められた宮女は、さほど抵抗もせず罪を認めた。
曰く、処刑を目前にした玲瓏をこれ以上ないほどに貶め、最後の最後まで悪女として名を汚させてやる——そんな、恨みに満ちた企みだったという。
取り調べに当たった役人が、経緯を淡々と書き上げた文書を携えてきたが、玲瓏はそれを深く追及しようとはしなかった。
「お前が壊したものが、お前を壊しにきたのだ」
役人の背後で誰かがそう吐き捨てたと聞いても、玲瓏はただ静かに頷いただけだった。
責める資格が自分にあるとは、到底思えなかったからだ。
「妃嬪を追い詰め、その召使が強行したことも、私の責任としたいのですよね?承りました」
それ以上、何も言うことはなかった。
役人が素知らぬ顔の玲瓏に絶句する。
玲瓏には、妃嬪も宮女も、恨む気はない。
その妃嬪——小蘭妃との諍いは、元々些細なことだった。
牡丹の靴をどちらが履くか、小さな諍い。
けれど、いつの間にかお部屋同士のいがみ合いになり、結果玲瓏に軍配が上がった。
ただ、それだけだった。
それでも、後宮でのその小蘭妃の扱いが決まったようなもの。
追い詰める紐を引いたのは、玲瓏だろう。
けれど、追い詰め狂気を増やしたのは、後宮ではないか。
玲瓏には自分が誰かを蹴落とした結果、巡り巡って自分に返ってきただけのこと。
そこに驚くべき因果など何もなかった。
むしろ、これほど分かりやすい結末があるだろうかと、玲瓏はどこか納得すらしていた。
◇
市井では、いつしかある唄が流行っていた。
子どもたちが手毬をつきながら口ずさむ、他愛のない節回しの唄。
——『驕る妃は 鬼となる
紅きくちびる 毒を吐く
寵を失くして 尚笑う
その果てにあるは 業火のみ』——
誰が作ったとも知れぬその唄は、市場の片隅から声を合わせて広がり、いつしか後宮の話と嘯く。
唄は、玲瓏という名を悪妃のそれへと塗り替えていった。
◇
景燦が玲瓏の宮を訪れた。
景燦が己の為に誂えられた羅漢床で寛いでいる。
「昨日から散々だ。お前も、小蘭も、召使もどうかしている」
「捕まったのならいいじゃありませんか」
「……自死しよった」
「は?」
「ふたり揃って、首をくくっておった。小蘭に咎はないはずだが、主として責任を取ったのだろう」
「あぁ、だから東の方が騒がしいのですね」
でもそんなこと、珍しいことではなかった。この後宮では。
「お前も、似たよなものだろう。 おい、酒を——」
「お酒はありませんよ」
「なぜだ?」
「私は、もう妃嬪ではありませんから。ご用意できません。——この宮も、無理やり居座っているだけですから」
「そんなもの——俺が許している。用意せよ」
玲瓏は無言で頭を下げ、玄関へ向かう。
玄関先には皇帝護衛の宦官たちが立っている。
「ちょっと、そこの公公。陛下がお酒をご所望よ。持って参れ」
「はぁ?そんな物、部屋付きにでも命じてくださいよ。——あぁ、もう居ないんでしたっけ?」
「そうですね。どうしてもと言うなら、しなでも作ってお願いしてくださいよ。そうすれば、考えて差し上げますよ」
黄ばんだ歯を見せ、下卑た笑い声が上がる。
「……はぁ。左様か。では陛下には我慢して頂く。お前方が、用意してくださらない事も伝えておくわ」
宦官たちの目が吊り上がる。
「私が飲みたいんじゃない。陛下が、ご所望なの。 おわかり?——わかったならさっさと持って参れ」
「玲瓏よ。やはりお前を死なせるのが惜しいな」
玄関先での会話が聞こえていたのだろう、陛下が喉の奥で笑っている。
「左様でございますか」
「なぁ。一言謝ればいいものを、何をそんなに意地を張っている?お前なら、皇后ともうまくやれるだろうに」
「——それは、どの魑魅が考えた言葉でしょう?あなた様の言葉ではございませんわね」
「ばれたか」
新皇后に納得していない輩たちだろうことは想像がついた。
自分たちの手は汚さず、未だに玲瓏を対抗馬として祭り上げるつもりだろう。
「あんなことがあった後に、それも新婚なのに、——よくここに来れましたね。明珠は嫉妬深いでしょう?」
「明珠皇后、だ。 俺が自分の後宮に入るのを、咎められる者はいないだろう。例え正妃でもな」
ああ、この人は、こういう人なのだ——玲瓏は今更のように思う。
誰に何を言われようと、自分の欲するところを譲らない。
このまま、景燦にしな垂れて媚びれば、有耶無耶にできるかもしれない。
寵愛を留めて置ければ、明珠にも一矢放てる。
そんな事百も承知だったが、それでも、玲瓏は笑みを作らない。
「ごめんなさい——」
「今更だな。しおらしくするなら、昨日のうちに謝っておくべきだったんだ——」
「私はもう、あなた様の為に、他の女と争う気はないのです」
「……なに?」
「ごめんなさい——あなたを、愛して差し上げなくて」
共に業火に焼かれた2人を、少しだけ羨ましいと思った。
恨みも罪も分け合って、共に縄をかけたという、あの小蘭妃と宮女のことだ。
憎み合っていたはずの後宮の中で、それでも最後まで一人ではなかった二人を思うと、玲瓏の胸に小さな羨望が兆した。
(私は、独りで火を渡るのだから——)
羅漢床:中国の伝統的な大型椅子
公公:宦官の呼び




