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死に戻り王子の願い事~君を守るため、私はすべてを手放す~  作者: うすぎぬみやこ
第5章

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深まる謎

 私はオズに、王妃からの殴打によって傷ができたことと、王族専用書庫の扉が反応しなかったことで竜の血の力を失ったと判断したことを語った。


「なるほど。書庫の扉が……」


 話を聞いて、オズは思案するように呟いた。


「私は恐れ多くて触れたこと自体ございませんが、確か初代国王の直系子孫にしか開けられないのでしたか?」

「ああ。そしてその後すぐセドリックが書庫に入った。だから認証機構が壊れたという可能性はない。私の力だけ……何故か消えていたんだ」


 時を遡ったことまでは言えなかった。今のオズに、私が未来、それも今から一年半で殺されたのだとは口に出来なかった。


「それでも、お力を失ったというだけでは説明がしきれません」


 オズは慎重な手つきで私にカップを差し出した。ホットワインのカップではなく、オズが離宮から持ち出したカップだ。中身は同じく持ち出してきたハーブティー。湯気とともにその芳香が立ちのぼる。

 皆寝ておりますから良いでしょう、とオズが熾き火に薪を足して火を起こし、湯を沸かして淹れてくれた。

 話の間にがっちりと添え木ごと巻かれた包帯で、私の左肩はほとんど動かせない。本当は腕も吊って固定したほうが良いらしいが、捕らえてあるとはいえ野盗たちの目に触れるところで弱みを見せるのは得策ではなく、衣類で隠れる程度の処置にしてもらった。添え木自体も小さい。ただし、左腕も可能な限り動かすなときつく念を押されている。

 私がカップを受け取ったことを確かめ、オズは私の左肩に目をやった。


「たった一度蹴られただけで、骨にひびが入るほどの傷になるのです。今の殿下は、常人よりもお身体が脆い可能性がございます」

「何だと?」


 私は口元に近づけたカップを遠ざけた。


「お気づきではなかったのですか?」

「生まれたときからこの身体だぞ。普通の人間の身体の程度を身をもって知る機会もない。傷が出来やすくなったとは感じていたが、その程度だ」

「ああ、確かに。……お力を失った原因やお力が戻る方法について、お心当たりはあるのですか? それと、お力を失くすとここまでお身体が脆くなるものなのですか?」

「わからない」


 私は正直に、首を横に振った。


「そもそも血の力を失う事例自体、聞いたことがない。資料や文献があるとしても、それは王族専用書庫の中だろう」


 そしてその書庫に、今の私は入れない。


「突然王宮を出るとお決めになったのは、この件が理由ですか?」

「ああ。竜の血を示せなければ、王族とは認められない。だから誰にも……特に王妃には知られたくなかった」


 オズは納得したように頷いた。あの女の卑劣さと選民意識は、オズもよく知っている。そもそも父亡き後、私の離宮の使用人をすべて引き上げさせながら侍従のオズだけ残してくれたのは、私とオズ両方に対する王妃の嫌がらせだ。私が子爵家出身の母の子で、オズが元平民だから。


『お前ごときの世話なら、平民ひとりで充分でしょう』


 王妃は嘲笑って私にそう言った。

 あの離宮にいた中で私が最も信頼できるのがオズだったし、オズ自身も優秀な人物だが、王妃はそのことに気がついていない。見たいものしか見ないその性格は権力と共にあると恐ろしいが、あのときばかりはありがたかった。

 ただそのせいで、侍従、護衛、執務の補佐。そのすべてをオズひとりに任せることになり多大な負担を強いたのは申し訳なかったが。

 オズは私の唯一の側近となってから、涼しい顔でその激務をこなしていた。何年もずっと。

 その光景が当たり前になりすぎて、だから私は気づかなかったのかもしれない。


『あなた様がご自身を蔑ろになさったその瞬間、私はあなた様と同じように、私自身を捨てます』


 この男が、あそこまでの激情を秘めていたことに。

 私はハーブティーを口に含む。温かさと優しい香りに、ふ、と息を吐く。その空気の揺れだけで、立ち上る湯気は容易く吹き飛んだ。何となく、湯気の軌跡を目で追う。

 オズは数十分前のやりとりをもう忘れたかのようないつもの丁寧さで、私に問いを重ねた。


「婚約を解消なさったのも、同じ理由なのですか?」


 答えに詰まった。私が竜の血の力を失っていると知ったのは、ディアナとの婚約を解消した後だ。


「……他にも理由はある、が、無関係ではない」


 王族の資格を示せない私では、ディアナに釣り合わない。それどころかディアナの評判に傷がつく。竜の血の力を失ったことに気づいたのは解消後とはいえ、時を遡ったことをまだ伝えないと決めた以上、嘘ではない範囲でそう答えた。


「さようでございますか」


 オズは私の左肩の包帯を確かめ、服を被せて襟を整えてくれた。医療器具や残った包帯をまとめて立ち上がる。


「ひとまず現状は理解いたしました。そちらをお召し上がりになったら、今度こそお休みください。血のお力がないのであれば、体力も常人並みか、それ以下に落ちていらっしゃるかもしれません。日頃鍛えていらっしゃったのでここまでもっておられたのでしょうが、これ以上睡眠不足が続くと遠からずお倒れになります」


 いろいろあったせいで、夜が明けるまであと数時間しかない。今までの私なら、このまま起きておくことを選んだだろう。

 けれど、今なら少しは眠れそうな気がした。ハーブティーで温まった体が、休息を欲しているかのように急激に重たくなる。


「ああ、そうさせてもらう。お前も休め」

「いいえ、私はあの連中の見張りを。万が一逃げられても事ですので」

「そうだったな。ならば、」


 私も見張りに立つ。そう言おうとしたら、オズが外套を押しつけてきた。


「殿下。もうおわかりですね?」


 有無を言わせない物言いに、先ほどの約束を思い出す。わざわざそう言うということは、ここで見張りに立つことはオズからすると“私が自分を粗末にする行為”に含まれるらしい。

 外套を差し出してくるオズの着ている衣服は、胸元のボタンが引き千切られたままだ。あんなことをさせるのは、二度とごめんだった。


「……すまないが、私は休ませてもらう。その間の見張りはお前に任せても良いだろうか?」


 言い直してみると、オズは力強く頷いた。


「お任せください」


 ぱち、と焚火が弾けた。その炎に照らされたオズの横顔は、何故かとても誇らしげに見えた。




 翌朝。私の目が覚めると既に周囲は明るくなっていた。


「あ、にいちゃん起きた?」

「……君か」


 ジェイが私の顔を覗き込んでいる。


「もうみんな起きてるよ。にいちゃんが最後」

「そうか」


 久しぶりに、本当に久しぶりに、よく眠れた気がする。時を遡ってからは夢見が悪く、その前は死ぬまで地下牢にいて、その前は……思い返すと、私がまともな睡眠を摂れたのは体感で何ヶ月ぶりになるだろうか。傷を負った左肩はまだ痛むが、体全体は何となく軽い。その軽さに、かえって今までの自分の疲労がどれほど濃かったのか推し量れた。

 肩を庇いつつ、身を起こす。布団代わりの外套が滑り落ちた。周囲を見回すと、ジェイがそれに気づいて教えてくれる。


「眼鏡のにいちゃんは悪い人たちのところ。何か聞くことがあるって言ってた。俺は来ちゃだめだって」


 オズは野盗たちの尋問を行っているらしい。丁寧な言動ながら容赦はないので、きっと野盗たちは今頃恐れ慄いているだろう。いろんな意味で、ジェイを遠ざけたのは正しい。


「あっ、お客さん!」


 私が起きたことに気づいたらしく、御者が駆け寄ってきた。


「昨晩は助かった! まさか野盗に襲われてたなんて……。しかも気づかない間に捕まえててもらってたなんて」


 そう言って、恐縮しきった様子で頭を下げる。


「にいちゃん強かったんだよ! 眼鏡のにいちゃんも!」


 その隣で腰に手を当てたジェイが自慢げに言う。昨晩のことが心の傷になっていないようなのは喜ばしいが。


(自慢に思えと伝えたのは母親のことを言ったはずだが……)


 内心で首を捻る。だが、その話は後だ。


「結果的に誰にも被害はなかったんだ。礼は不要だ。……それよりも」


 私は御者の頭を上げさせて尋ねた。


「昨日配っていたホットワイン。差し入れだと言っていたな?」


 話の転換についていけなかったのか、御者はきょとんとして瞬いた。その態度に、やはり睡眠薬のことは知らないのかと当たりをつける。


「ワインを差し入れたのはどんな人物だ?」

「マイヤー伯爵領の領都の馬車乗り場でまとめ役をやってる人だ。赴任してきたのは二、三年前だっけな」

「差し入れは頻繁にあるのか?」

「えぇ? あー、まあ珍しいけど……え、あのワインがどうかした?」


 余程の演技巧者か、本当に何も知らないか。昨晩オズに伝えた根拠も含め、私の勘では後者だ。


「時々置き引きの被害があると聞いた。いつもこの野営地か?」


 この問いにも、御者は首を横に振った。


「いや、違うけど。さすがに同じところでばっかり被害が出たらお役人にももっと訴えるし、こっちだって警戒するさ」


 その理屈に無理はない。

 しかし、野盗たちは乗客が起きないだろうことを知っていた。同じ手段で盗みや拉致を繰り返しているような言い方だった。それが意味することは。


(オズのほうが手がかりを得ていると良いが)


 そう思いを巡らせたとき、オズの姿が見えた。


「おっ、お連れさん戻ってきたな。お客さんも早いとこ食事を済ませちまいな。もうすぐ出発するぜ」


 御者はそう言って、馬車に向かって去って行った。入れ違うようにオズが戻って来る。昨晩引き千切ったボタンは、いつの間にかもとのように縫い留められていた。


「バート様、お目覚めでしたか」

「ああ、お陰でよく休めた。ありがとう。お前は疲れていないか?」

「明け方、あの傭兵の方が起きて来られまして、見張りを代わってくれました。その間に仮眠を摂らせていただいております。ご心配には及びません」

「眼鏡のにいちゃん、悪い人たち、どうだった?」


 ジェイが会話に混ざってくる。その瞳は好奇心に満ち溢れ、きらきらしていた。

 一方、オズは迷うように口元をまごつかせた。どの口調を使うか悩んだのか、それともジェイの前で野盗の話をすることを躊躇ったか。


「そういえば、君は母ちゃんを放って来たのか? それは感心しないな」


 私がそう口を挟むと、ジェイはえっ、と声を漏らして私を振り向いた。


「可能性は低いが、それでもあの者たちの仲間がまだ近くにいるかもしれない。君の母ちゃんはお腹の中で君の弟か妹を育てているんだろう? 何かあったとき、君が母ちゃんと赤ん坊を守らなくてどうするんだ?」


 野盗の残党についてはおそらく心配ない。それでも私がわざとそう言うと、ジェイはぴょんと飛び上がった。


「俺、母ちゃんのとこに戻ってる! にいちゃんたち、後でね!」


 言うが早いか、身を翻して駆けていった。


「……お手を煩わせまして申し訳ありません。ですがお見事です」

「あの者たちから何か聞き出せたか?」


 私が聞くと、オズは声を潜めて答えた。


「あの連中は末端の実行犯なだけで、黒幕は別にいるようです」

「だろうな。睡眠薬の手配、乗り合い馬車で乗客に振る舞われるワインへの混入。どちらもあの者たちには無理だろう」


 私の推測に、オズは頷いた。得られた情報を話しながら、オズは簡単に食べられるものを手早く用意してくれる。


「日付と、乗り合い馬車のどの野営地かが雇い主に指定されるだけだとか。あと、拉致していく乗客にも条件があるようです。……姿を消しても不審に思われにくいひとり客で、簡単には死なないだろう丈夫そうな人間が良い、と。条件に合うものがいなければ、何もせず引き上げることもあったとか」

「何だその条件は」


 昨晩漏れ聞いた会話でも野盗たちはそのように言っていたが、改めて聞くと意味がわからない。


「ひとり客を選ぶのは、置き引き犯に見せかけるためだそうです。これも雇い主の指示で」

「……荷物も盗んでいくのはそのためか」


 つまり、王都の馬車乗り場でまとめ役の男から聞いた、『流れ者が置き引きをしていくらしい』という話は真犯人の思惑に踊らされただけの誤解によるもの。

 乗り合い馬車はそれほど裕福な層に向けたものでないとはいえ、乗客の行方不明があちこちで起きれば誰だって不審に思う。しかし、他の客の荷物も同時に消えれば、消えた客は盗人だったと考えるのは自然だ。消えた客に怒りを覚えど、その身を心配することなどない。そうでなくとも、乗り合い馬車に居合わせた者など、互いの素性などわからない。ひとり客の流れ者であれば余計にそうだろう。

 本当の被害者は、その消える客だった。

 個別の単独犯によるただの置き引きだと思われていたから、各地の役所も大きく動かず、野盗集団の存在にも気づかれなかった。睡眠薬のせいで、誰もその姿を見ていないから。


(かなり周到だな)


 オズが差し出す皿を受け取って、肩に響かないよう気をつけながら左手に持ち替える。


「丈夫そうな人間、というのは?」

「不明です。連中も金払いが良いから従っていただけで、雇い主の目的は聞いていないようです。雇い主は貴族かもしれないと感じていたようで、それもあって連中は深入りを避けていたと」

「……厄介だな」


 金を惜しまず非人道的な手段で広範囲から人間を集める。周到で長期的、しかも実行犯を別に用意して自分の手は汚さない。それらを総合すると、どこかで貴族が絡んでいるのは確実だろう。


「これまでに連れ去った人数は?」

「正確には覚えていないようでしたが、あの様子からすると片手、いえ両手の指では足りないかもしれません」


 オズの答えに、思わず舌打ちが漏れる。

 何のためにそれだけの人間を拉致するのか。拉致された人々はどうなったのか。黒幕は、誰なのか。


「どうなさいます?」

「既に民に被害が出ている以上調べなければならないが、今の私ではな……。しかも次の行き先はコリンツ侯爵領だろう? あそこは正直、あまり頼りたくない」


 野盗たちをここに放置していくわけにはいかない。そうなると昨晩野盗たちの荷馬車を引く馬を逃がしたので、乗り合い馬車につないで共に行くしかないのだ。こちらの都合で乗り合い馬車の行き先を変更することはできない。

 コリンツ侯爵は領地も持ちながら、王宮の官僚でもあり、王妃に取り立てられその地位にいる。あの謁見の際にもいたはずだ。つまり、王妃の意に添い、セドリックの次期国王即位を後押しする立場。

 次期国王に関しては勝手にしてくれれば良いのだが、私が王宮を出てうろついていることは、出来れば知られたくない相手になる。

 出仕しているため侯爵本人は現在領地にはいないはずだ。それでも貴族が絡んだ可能性があり、かつ複数の領地にまたがる犯罪が起きている以上、その地でこの件の解決のために動くには協力を要請せざるを得なくなる。


「同感です」


 オズも何かを思い出したのか、苦々しく顔を歪めた。その表情に引っかかる。


「オズ、お前コリンツ侯爵と何か因縁でもあったか?」

「侯爵本人とは特に何もございません。ただ先日、妹の誕生日パーティーにそこの令嬢が招待されていまして、その席で少々。私怨ですのでお気になさらず」


 私事ではなく、私怨。オズが個人的なことをこのように感情的な言葉で語るのは珍しい。私は朝食を摂る手を止める。


「エミーリア嬢に何かあったのか?」


 オズの養子入り先であるダリエ伯爵家には、今年で確か十歳になる令嬢がいる。一年ほど前に一度だけ会ったことがあるが、血の繋がりがないことなど関係なくオズを慕う、勝ち気で活発な少女だった。


『お兄様をひとり占めしないでくださいませ』


 オズがなかなか伯爵家に顔を出さないからだろう。オズの目を盗んで、幼いながらも私を嫉妬の目で睨んだのが微笑ましく、印象的だった。だからオズには彼女の誕生日パーティーには出席するよう言ったが、その会場での出来事だろうか。


「いえ、妹には何も。あのお転婆をご心配いただき、恐縮です」

「何もないなら良いが。では何があったんだ」

「そのコリンツ家の令嬢が少々妄言を吐くもので、辟易させられたのですよ」


 苛々した様子で、オズは吐き捨てた。


「ひとの神経を逆撫でするどころか踏み躙る勢いでしたので、可能であれば……いえ、どのような手を使おうと、二度とお会いしたくございません」


 あの家の令嬢に虚言癖があるという噂などあっただろうか。各貴族の考えや派閥はある程度把握しているが、そんな話は聞いたことがない。そもそもそんな令嬢をダリエ伯爵が招待するだろうか。

 私の疑問をよそに、オズは余程その令嬢が許せないらしく、朝食を摂りながら長々と文句を垂れている。


「ああいう浅薄なご令嬢の言動は親の考えが反映されたものですので、似たような思考の持ち主であろう侯爵に頼りたくないと仰るあなた様には全面的に同意いたします」

「……私はそこまで言ってはいないが」


 それでも、オズがここまで嫌がるのなら、やはりコリンツ侯爵には接触しないほうが無難だろう。


(そうなると)


 朝食を食べ終え、私は考えを巡らせる。

 最低でもこれ以上民の拉致が起きないようにしたい。可能なら黒幕を特定し、攫われた人々の救出も。

 だが、“簡単に死なないような丈夫そうな人間”。その条件を聞く限り、最悪なことになっている可能性が最も高い。


「連れ去られた者の行き先は?」


 私が尋ねると、オズは自分のぶんの水を飲み干して答えた。


「ああ、お伝えしておりませんでした。拉致された者は王都近郊で引き渡されることになっていたようです」

「王都か……」


 拉致の実行場所が国内のあちこちにあるのなら、利便性の高い王都近くで引き渡しが行われていても不思議ではない。


「なあ、オズ」


 提案だけしようとオズを呼ぶと、オズは皆まで聞かず却下した。


「あなた様が囮になるということでしたらおやめ下さい」

「……まだ何も言っていないぞ」


 とはいえ、オズの予想は合っている。

 昨晩の様子を見る限り、私の見た目はあの野盗たちの雇い主が求める条件を満たしている。拉致された被害者のふりをして雇い主のもとに連れて行ってもらうのが最も早く、確実だ。


「あなた様のお考えになりそうなことです。ですがお力がなくなり、お怪我を抱えていらっしゃるうえにお身体の脆い今のあなた様では危険すぎます。どうしてもと仰るなら私がお引き受けいたしますが」

「それは駄目だ」


 相手の目的も、何者なのかも不明なのだ。そんなところにオズを送り込むことなど出来るはずがない。

 私の否定に、オズは目元を和らげた。


「そう仰ってくださると思っておりました」


 噛んで言い含めるように、オズはややゆっくりした口調で私に言う。


「よろしいですか、バート様。危険を理由に他人に任せられないと思うことは、ご自身でもおやりにならないでください。あなた様に限っては、それくらいがちょうど良いです」

「そんなことを言っていては何もできないだろう」

「……それほど危ない橋をお渡りになる予定がおありで?」


 じろりとオズが私を睨む。私は急いで首を横に振った。


「そうではない。そうではないが……民を守るのは、私の義務だ」


 私はこれまで王族として民の税によって生かされてきたのだ。国や民に尽くすのは当然のことで、最低限の責務でもある。

 王宮を出て、本来すべきことを放棄しているのだ。出来ることがあるのならやらねばならない。


「私は何も、問題を放置しろとは申しておりません。方法をお考え下さいとお伝えしているのです」

「お前、今までそんなこと言わなかっただろう」


 オズが立ち上がりながら、「当たり前でしょう」と呆れたように言った。


「ただの臣下の身で、あなた様の決定に異を唱えるわけには参りませんでしたから。今はあなた様に『自由』を保証されておりますので」


 今までは言いたいことを飲み込んでいたのだと言わんばかりの台詞に、私は目を瞬いた。


「……もしかして、かなり我慢させていたのか?」

「お気づき頂けましたか?」


 王宮にいたときから、遠慮なく意見を言う奴だと思ってはいた。しかし、私が命じたことをオズが拒否したことはない。何か言いたげな顔をすることはあったが、それでも従ってくれていた。


「本宮への伴をするな、あなた様への陰口は聞き流せ、陛下や王妃殿下には逆らうな……今だからこそ申し上げますが、受け入れがたいご命令は多々ございましたよ」


 オズが指折り数えながら挙げていく。それらには全部覚えがあった。どれも、オズが私の事情に巻き込まれて害が及ぶことがないようにと発した命令ばかりだ。職務に忠実すぎる変わったやつだと思っていたが、どうやらそうではないらしいことが、少しずつ私にも染み込んでいく。

 空になった皿とコップを片付けるために立ち上がろうとしたら、横からオズがさっと食器を奪っていく。


「傷に響きます。おとなしくなさっていてください」

「……頼む」


 手早く片付けを進めるオズを横目に、私はゆっくり立ち上がって左肩を庇いながら外套を羽織る。少し悩んで、フードを被るのはやめた。昨晩の宴会で乗客たちにはもう顔を晒している。今から隠すほうが妙な憶測を呼ぶだろう。

 身支度を整えながら、どうこの事件に対処するか考える。


(王都、か)


 囮となる案は却下された。

 ベネット子爵領で母上の日記を返したら一度王都に戻る予定ではあるが、それでは遅い。それに今までは初めから王妃やセドリックの名代として公務をすることもあったが、名前を借りられない今、無能と呼ばれ続けた私では、王都の貴族たちを従わせることは難しい。

 そもそも王都で私が動けば、コリンツ侯爵領で行動するよりも王妃やセドリックに見つかる可能性は跳ね上がる。

 これらを考慮すると、私が事件を解決すること自体難しいように思えた。


(それなら)


「……この件はセドリックに解決させる」


 私の言葉に、オズが振り向いた。


「殿、バート様?」

「今回捕らえた者たちは、ただの野盗として次の街の役所に突き出せ。代わりに、私たちが手に入れた情報を王宮に出仕する家と、事件が起きた領地を治める家、それと王都の新聞社に匿名で知らせる。あれだけ周到に行方不明者の存在を隠していたんだ。複数カ所に情報を渡し事件そのものが公になれば、誰が黒幕だろうと今後は動きを控えるだろう」


 王妃なら何もしないかもしれない。あの女は、平民が何人犠牲になろうと心を動かすことはないだろう。

 しかしセドリックなら。


「セドリックが次期国王になることは遠からず公表されるはずだ。この時期に、国民からの印象を下げるわけにはいかない。この事件が公になり国民に不安が広がれば、解決するために動くしかなくなるだろう」


 優秀で、私よりも人望を持ち、動かせる人手も多いセドリックなら、私がここで足掻くよりも早く事件を解決できるだろう。

 時を遡る前に見てきた未来。あれほど仕事を担っていた私が投獄されようと、セドリックが予定通り即位できる程度には、国政に影響は出なかったのだから。


「あなた様がそれでよろしいのでしたら」


 オズは、この意見には反対しなかった。


「お客さんたち! もうすぐ出発だ。馬車に乗ってくれ!」


 御者の点呼が聞こえる。

 私たちは荷物をまとめ、馬車に足を向けた。

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