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ドラゴン・レイジ  作者: 逢巳花堂


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第9話 ヤークトコマンド

「ここは喫煙可能か? お嬢さん」


 ルカスは、船内のエントランスに入って、豪奢なシャンデリアや踏みごたえのある赤いカーペットを見て、煙草は厳しいだろうな、と思いつつも一応確認した。


 先導していたアリスは、クルッと振り返ると、大きなジェスチャーで両腕でバッテンを作り、


「ダメでーす♪」


 と可愛らしく返してきた。


 その仕草をする際に、アリスの両胸がギュッとしまり、谷間がより露わになる。その豊かな胸を、思わず食い入るようにルカスは凝視して、ほう、とため息をついた。


「煙草が吸えないのはキツいけど、立派なものを拝ませてもらえたんで、良しとするか」

「あー、セクハラ禁止ですよー♪」


 コケティッシュな仕草で、アリスはルカスの胸をツンとつついた。


(あー、最高だ)


 軍を退役して、田舎で悠々自適の生活を送っていたものの、心は刺激を求めていたので、久々にいい女や、戦場のひりついた感覚を味わえて、かなり満足している。


(だけど、まだまだだな)


 アリスの後ろをついて船内を歩きながら、首を左右に倒して、ストレッチする。長年、現役を退いていたので、まだ感覚が戻ってきていない。そのブランクの分も加わって、エントリーナンバーは38でとどまっているのかもしれない。


 20代の全盛期だったら、一桁台の期待値を得られたことだろう。


(それにしても、こんな環境まで用意するとは、裏では相当大きな資本が動いているな)


 ルカスは、この豪華客船はどの国籍の船で、誰が用意したのか、そのことに考えを巡らせる。


 廊下の途中で、避難経路図をそれとなく見てみた。英語表記と併記して、第二言語として中国語が記載されている。その一点で、客船は中国籍であることがわかる。


 ということは、このトーナメントには、少なくとも中国資本が入っているということだろう。だけど、それだけではないとわかる。招待状を受け取った時、10億7千万ユーロという大金が優勝者に与えられると聞いて、単なる企業レベルの資本では動いていないだろう、と読んでいる。


 おそらく国家レベル。


 それも、単に一国だけが動いているのではなく、様々な国家が絡んでいるはずだ。でなければ、10億7千万ユーロも賞金を出せるわけがない。


(さて、予選を通過したのはいいが、本戦一回戦目から、こいつか)


 ルカスはすぐ後ろを歩いているアレクセイのほうを振り向いた。


 アレクセイはギョロリと大きな目を見開くと、ルカスのことを睨みつけ、何事かロシア語で話しかけてきた。たぶん、「何か言いたいことでもあんのか」と言っているのだろう。


 はち切れそうな筋肉。真っ赤なレスリングスーツに身を包んでいるが、そのコスチュームの上からでもわかるほど、パンパンに筋肉が張り詰めている。


 真っ向から組み合いとなったら、勝ち目は無いだろう。


(どうやって倒すかな)


 前へと向き直り、歩きながら、何度も脳内でシミュレーションを繰り返す。しかし、勝率は一割といったところか。


 CQCは、リングの上でフェアに戦うためのスポーツではない。軍事行動中、不測の事態で敵と近接した場合に、あらゆる手段を用いて最短時間で相手を無力化するための戦術だ。正面から規格外の筋肉の化け物と素手で取っ組み合うことなど想定していない。そういう相手には、組み付かれる前に撃ち殺すか、急所を破壊してナイフを抜くのが基本だ。


(頼むから、プロレスのリングとか、総合格闘技の金網リングとか、あんな場所で戦うのだけは勘弁してくれよ)


 そう願いながら、船内を進んでいった先に現れたのは――


 広いダンスホールだった。


 深紅の絨毯が敷き詰められているフロアの左手にはバーカウンターがあり、右手にはステージがある。フロア中央にはY字型に伸びている階段があって、吹き抜けになっている二階部分へと移動が可能だ。


「ここが第一回戦の会場です!」


 アリスが多言語で同じ説明を何度か繰り返す。


 マジか、とルカスは顔をしかめた。リングで戦うよりは、遙かに勝率が上がったものの、それでもまだ確実性は低い。


 フロア自体が数十組のダンスを想定しているのだろう、平坦な床が広がっており、逃げ場も隠れ場もない。上手く活用できそうなのは、階段くらいだろう。


「やれやれ。せっかくめかし込んできたっていうのに」


 ため息をつきながら、ルカスはスーツの上着を脱ぎ、Yシャツも脱いで、無造作に床に放り捨てた。その下から、黒いタンクトップシャツに包まれた引き締まった肉体が出てくる。


「準備が出来たら、中央で向かい合ってください。合図とともに戦闘開始です♪」


 準備なんて出来てねーよ、と内心毒づきつつ、ルカスは腕時計も外して、床に投げ捨てる。


 この際、革靴も足元が滑りかねないから、邪魔だ。その場で脱ぎ捨てた。


 あらためて、フロア中央にて、アレクセイと向かい合う。その背丈は、2メートルは優に超えているだろう。ルカス自身も身長は180cmを超えているものの、20センチほどの背丈の差は、かなりのハンデをもたらす。おまけに筋肉量が格段に違う。


 他の闘士達14名が、奥のほうに見えるステージに上がって、観戦の態勢を整えているのを、ぼんやりとルカスは眺めている。


 願わくは、あの中に4人だけいる、女性の闘士と戦いたかった。


 別に、女性だから弱いだろう、と舐めているわけではなく、単純にルカス自身が女好きだからである。どうせやり合うなら、いい女と取っ組み合いたい。


(しょうがない。これもまたミッションだ)


 そもそも、望んで、この闇のトーナメントに踏み込んだわけではない。


 かつて所属していたオーストリア連邦軍内のヤークトコマンド。その意味は「狩猟部隊」。連邦軍最高峰の特殊部隊である。そこに、いまだボスとして君臨している、かつての上司から、極秘任務を言い渡された。


 いわく、世界全土を巻き込んで不穏な動きを見せている組織があるので、潜入し、調査をすること。


 ルカスは諸事情により退役していたが、それがゆえに、目をつけられてしまった。この任務は事と場合によっては国際問題になりかねない。今は正式にヤークトコマンドに所属していないルカスだからこそ、任せられるミッションだと。


 正直、気が重かった。


 潜入調査、ということだが、ボスがその言葉を口にする時は、必ず別の意味を内包している。


 必要とあらば、対象組織を壊滅させよ。


(いやいや無理だって)


 鼻息を荒くして今にも飛びかかってきそうなアレクセイを正面から眺めつつ、ルカスは苦笑した。


 このミッションの成功率は、0.01%といったところか。


 そもそも、この第一試合で命を落とす可能性が高い。


 生き延びたとしても、主催者側は無駄にインターバルを用意するつもりはないようだ。おそらく、次々と休みなく試合を続けて、今晩中に優勝者を決めることだろう。


 その短い時間で、どれだけの情報を入手出来るか。どれだけ相手組織の内情に迫ることが出来るか。


 アレクセイが怒声を上げた。自分に向かって、何か怒鳴り散らしている。


 アリスもまた、ニコニコ笑っているものの、トントンと足踏みしながら、目で合図を送ってくる。


 早く始めろ、というのだ。


 やむを得ない。やるしかない。


 ルカスは腰を落とし、両の拳を上げて、戦闘態勢に移った。


「待たせたな」


 その言葉を聞き取ったアリスが、右手を高々と掲げた。試合開始の合図を出そうとしている。


 ほんの1秒ほど、静寂が訪れた。


 死闘の前の、張り詰めた緊張感を伴う、武者震いするほどの静けさ。


「Fight!」


 アリスが右手を振り下ろした。


 その合図と同時に、まずアレクセイが動き出した。低い姿勢で、ルカスを捕まえんとばかりに、タックルを仕掛けてくる。


 組み合いは御免だね、とばかりに、ルカスは一歩後退すると、相手の両手に捕まるのを避けつつ、アレクセイの顎に向かって膝蹴りを放った。タックル潰しの定石。見事に読みは的中し、下顎を強打されたアレクセイの首は、真後ろに急角度で折れ曲がった。


 直後、《《アレクセイの両手がルカスのズボンのベルトを掴んだ。》》


(まずい!)


 絶対に掴まれてはならなかったのに、捕捉されてしまい、焦ったルカスはホールドを解除するためアレクセイの頭部へ二、三発のパンチを叩き込んだが、その程度の打撃ではアレクセイは動じない。


「フンッッ!」


 掛け声とともに、アレクセイはルカスを宙高くに持ち上げて――床面へと叩きつけた。

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