第7話 息子のために
予選終了のアナウンスが流れるのと同時に、草薙は緊張の糸を解き、ふう、と軽くため息をついた。彼ほどの猛者でも、さすがに周りに242人の闘士達がいる中では、平常心を保つのは大変な気力が必要となる。
ナンバー1との一戦は特に神経がすり減った。一手間違えれば、自分がやられていた可能性も高い。それだけ、あの男は強かった。二度も手合わせするのは御免こうむりたい。
(そういや、百合はどうなった?)
会場内で立っているのは、もう自分を含めて16名しかいないので、すぐに百合の姿は見つかった。特に大怪我を負った様子もなく、無事でいる。安心するのとともに、この場合、勝ち残れたことが幸運と言えるのか、わからなかった。
何せ、殺害もOKなルールである。まだ全員が手ぬるい状態で終わらせた、この予選でリタイアするほうが、よほどマシだったかもしれない。
あるいは、もしも対戦することとなったら、自分は本気で戦えるのだろうか、と思った。
(そういや、昔、初真にキレたことあったなあ)
ぼんやりと過去のことを思い出す。
初真、とは草薙の息子の名前だ。いまは高校一年生だが、思い出の中の初真は、まだ小学生の姿だった。
※ ※ ※
草薙は竜虎道拳法という拳法団体に所属していた。
過去形なのは、いまは破門された身分だからだ。
しかし、かつては団体の幹部候補であり、将来を期待されている拳士として、日本全国各地に指導で飛び回るほどの有望株であった。
そんな草薙が、一人息子にも拳法を習わせるのは、自然の流れであった。
ただ、息子の初真は心優しすぎた。
ある日、町道場での練習後、初真はしょんぼりと肩を落として帰ってきた。何があったのかと聞けば、たまたま道場に顔を出した他道場の女の子に、対戦を申し込まれて、手合わせした結果、本気で倒してしまった。そのせいで女の子に泣かれてしまい、それがショックで落ち込んで帰ってきたのである。
「お前は馬鹿か!」
少々酒が入っていたのもあって、つい草薙は語気荒く、怒鳴ってしまった。
「誰が相手でも手を抜かないのは、勝負の世界での礼儀ってもんだ! だけど、相手はお前と同い年の女の子なんだろ! 女の子の体ってのはデリケートに出来ているんだよ! お前がガチで攻撃を当てたせいで、その子の将来に悪い影響が出る怪我でも負わせたら、どう責任を取るんだ!」
慰めの言葉は一切かけなかった。
我ながら、いま思い返すと、もうちょっと父親らしく大らかに応じてやってもよかったかな、と思う。初真だって十分に反省していたのだから、わざわざ追い討ちをかける必要はなかった。
だけど、同時に、間違ったことは言わなかったと信じている。
女性は肉体そのものが宝だと、草薙は考えている。やがて子を宿し、産み落とす。無論、それを望むのも望まないのも、その女性自身がどう考えているか、であるが、どちらにせよ、子を宿すことは男は持たない能力であり、それは非常に尊いことだ、と草薙は思う。
だからこそ、初真が、相手もまだ小学生とはいえ、女の子相手に本気で戦ったと聞いて、非常に強い怒りを覚えたのである。
では、自分はどうか?
この命懸けのトーナメントにおいて、果たして、女性との対戦カードを組まれても、問題なく戦うことが出来るのか。
答えは、わからない。
その時になってみないと、どうなるか、草薙自身にもわからない。
ただ一つ言えることは、トーナメントに優勝したとしても、初真に胸を張って賞金を持ち帰れる、誇りある自分でいたい、ということである。
色々な不幸が重なって、竜虎道拳法を破門となった身であり、いまだ高校拳法部で活躍している初真に対しては申し訳が立たないところがあるが、それでも、最後の矜持くらいは守りたい、と思っていた。
※ ※ ※
生き残った16名の闘士は、全員、一度リング上に上げられた。
スポットライトが当てられるのと同時に、どこか遠くから見られている視線を、草薙は感じた。
天井に据え付けられた無数のカメラが、一斉に自分達へと照準を合わせたのを、肌で感じ取る。
このトーナメントは、多額の賞金が出るだけではないだろう、と草薙は踏んでいる。リムジンの中でも説明はなかったが、これだけの大規模な真剣勝負を興行するのにあたっては、賞金額以上に多額の資金が必要となるはずだ。
それを、どこからまかなっているか?
自分達はきっと競走馬のようなものだ、と草薙は推測している。政財界のお偉方がVIPとして観戦して、誰が優勝するかを賭ける。そんな闇のトーナメントが存在すると、風の噂で聞いたことがある。
まさか実在するとは思わず、半信半疑であったが、ここに至って確信した。
俺達は賭けの対象になっている。
「それでは、本戦に出場する16名の闘士を発表しまーす!」
バニーガールのアリスが、元気よく、マイクで会場内全体にはしゃいだ声を響き渡らせる。それは、決して、自分達に聞かせるものではない。
どこか安全な場所から観戦しているVIP達に向けてのパフォーマンスであろう。
(舐めやがって)
ギリッ、と草薙は歯噛みした。どこでもそうだ。竜虎道拳法も、組織の上層部に行けば行くほど、腐っていた。大人の事情、っていうやつに呑まれて、平気で大義もへったくれもない振る舞いをしていた。
政治家や闇社会との癒着。そんなものが横行しているのが、現代の武道界であると知り、草薙は心底ガッカリしたものだった。
そして、今この時は、まさに武道界を腐らせている政治家や闇社会の思惑に飲み込まれて、草薙自身も、暗黒の殺し合いに身を投じようとしている。
(魂まで売り飛ばしたつもりはねえからな)
誰が見ているのかわからないが、天井に設置されているカメラの一台に向けて、草薙は鋭い視線を送った。
※ ※ ※
その草薙の視線を真っ先に受け取ったのは、アメリカ合衆国大統領サマンサ・タッカー。米国発の女性大統領として有名な彼女は、「クレイジー・タッカー」とも呼ばれるほどのタカ派であり、もはや民衆よりも「米国」という外殻を維持することにのみ腐心する、政治家としては三流、人権意識の面では論外な、史上最低最悪の大統領である。
だが、選挙は非情であり、実際には多くの米国人が「サマンサだけは選びたくない」と望んだにもかかわらず、彼女が大統領選で当選してしまった。
その結果、始まったのが、「我が国を守るため」と称しての、無闇やたらな軍事活動、社会福祉の削減、といった悪政の数々。
彼女だけは、権力を与えてはならなかった。だけど、一部の民衆は熱狂的にそれを望んだ。その熱狂が、選挙システムの歪みを利用して、通過してしまったのである。
そんなサマンサは、ホワイトハウス内の秘密の部屋で、闇の賭け試合を楽しんでいた。
オンライン環境さえあれば、どこからでも、どのような身分の者でも、闇試合を観戦できる。いい時代になったものだ、としみじみ思いながら、サマンサは画面の向こうの草薙と目を合わせた。
「ジャイアントキリングのジャップ。面白いじゃないの」
政治家としては三流の彼女であっても、賭け師としての勘は冴え渡っている。
サマンサは全額、草薙に賭けることにした。
ナンバー1のラオを倒したことでオッズに変化があり、大穴ではなくなったものの、まだ最高位ではない。もしも読みが当たれば、かなりの倍率で賞金が手に入る。
だけど、サマンサは、そんなことはどうでもよかった。
このジャップがどこまで突き進むのか、純粋に見守ってみたい、と思っていたのである。




