第6話 戦場に花咲く女闘士達
「き、来たーーー! ジャイアントキリング! 243番草薙礼司! まさかのダークホース登場です! こんなに強かったなんて!」
中央のリング上でアリスが興奮気味に解説する、その周囲でも、戦いが繰り広げられている。ふだん四角いリングで戦っている闘士にとって、この場はまた戦いやすい環境である。だが、アリスもまた武の心得があるのか、巻き添えを食うことなく、巧みにかわしながら、解説を続けている。
その内、リング上で戦う人間も一人、また一人と減っていった。
残ったのはたった一人。
スレンダーな体型ながら、引き締まった筋肉を持つ肉体。黒地に黄金色の刺繍を施した艶やかなレオタード。何よりも特徴的なのは、顔に覆面をつけていることである。
エントリーナンバー181番。レディ・ジャガー。
メキシコのルチャ・リブレ界に突如現れた期待の新星。出身はペルーと言われているが、それは彼女がインタビューでそう答えたからであり、真実は誰にもわからない。素顔を見た者もいない。
ただ、彼女が異様に明るく、派手好きであることは、ルチャ・リブレ界でも非常に有名である。
「Voy a atacar!(いっくよー!)」
元気な声とともに、長い黒髪をなびかせて、リングのコーナーポストに駆け上がったレディ・ジャガーは、頂点から一気に跳躍し、眼下で戦っている二人の闘士に向かって回転しながらの浴びせ蹴りを叩きつけた。
あっという間に二人同時に戦闘不能へと追いやった後は、さらに地上戦へと移る。今度はカポエイラの動きで、軽やかに舞うように、取り囲んでくる連中を次々と屠っていく。
この会場には女性の闘士も大勢いる。全体の5分の1は占めているだろうか。この手の異種格闘技戦において、これだけ男性と対等に渡り合える女性が集められるのも珍しい。主催者のリサーチ力の賜物と言うべきか。
※ ※ ※
さらに、別の場所では――異様に悪目立ちしていながら、圧倒的な強さで勝ち進んでいる美女がいる。
ベアナックル。一切グローブも何も付けずに、完全なる素手で戦っている彼女は、驚くべきことに――一切の服を着ていない。
全裸だ。
男女問わず、彼女と相対した闘士はみんな、戸惑い、動揺し、まともに戦えなくなる。
謎の全裸の美女。彼女の名前はイヴ。エントリーナンバーはまさかの3番。
彼女を知る者は闘士の中には誰もいない。観戦しているVIP達もそうだ。ただ、運営のみが、イヴの強さを知っている。ゆえに、期待値は上位3番目。
「ぬう! 面妖な! 女子がそのような破廉恥な格好をしおって!」
エントリーナンバー57番、現代を生きる忍び・飯綱は、得意の体術を生かして、縦横無尽に跳び回りながら、イヴを攪乱しようとする。そのスピーディさと、トリッキーな体さばきによって、相対した者が「まるで分身しているかのようだった」と評するほどの動き。普通なら、目で追える類のものではない。
だが、イヴは、めまぐるしく動く飯綱のことを、一瞬たりとも目を離さずに捉え続けている。
そのことに気が付いた飯綱は、チッと舌打ちし、無駄に動くことを中断した。
真っ向から蹴りを放つ。
(どう見ても華奢な女子の体! 受け止めきれまい!)
正面からの防御が不可能となれば、彼女は必ず足をさばいて、左右のどちらかへ回避するだろう。そうなれば、さらに追い詰める一手を、飯綱は放つつもりだった。
ところが、イヴは、真正面で飯綱の足を防いだ。
蹴り足を無造作に、上から被せるように手で掴み、そのまま押さえ込んでしまったのである。
「な、なにいいいい⁉」
驚いた飯綱の体は、直後、宙に浮いた。イヴが片手で吊り上げたのだ。
「わ⁉ あ⁉」
イヴに足首を掴まれて、逆さの宙吊りになった飯綱。
そこへ、イヴは正拳突きを叩き込んだ。
みぞおちを強打され、飯綱はゴボッと胃の内容物を吐き出す。
「Gute Nacht」
イヴは穏やかにそう言い、ニッコリと微笑むと、飯綱の体を思いきり振り回して、真後ろへとぶん投げた。そのついでに、何人かの闘士達が、吹っ飛ぶ飯綱に巻き込まれて、次々と薙ぎ倒されていく。
謎多きヌーディスト・イヴは、ウェーブのかかった長く艶やかな金髪を、サラリと手で梳いて、クスッと笑みを浮かべた。
※ ※ ※
ナンバー242、前蛇百合も負けてはいない。
時々、草薙礼司の動向が気になるのか、彼のほうへと注意が逸れてしまっているきらいはあるが、それでも期待値は下から2番目でありながら、並みいる強豪達をものともしていない。
驚くべきは、その跳躍力である。
ルチャ・リブレのレディ・ジャガーと比べても遜色ない――どころか、彼女をも上回る超高度から、一気に襲撃する様は、さながら猛禽類。
多くの闘士にとって、弱点である頭部を、彼らが不慣れな上空からの攻撃によって的確に狙ってくる。
5、6人倒したところで、そろそろ周囲の闘士達は気が付き始めた。
この女はやばい、と。
「あー……ちょっと目立っちゃったかな」
さすがに、一人で複数人を相手するのは、ここまで順調に勝ち抜いてきた百合といえども厳しい。
普通、人は、上空からの襲撃に対して反撃する術を持たない。格闘ゲームではないのだから、対空技なんてものはない。ただ防御するか、回避するかの二択だ。それゆえに百合は圧倒的優位に立って戦ってこられた。
しかし、それも一対一であれば、の話である。
複数人が結託してしまえば、着地の際の隙を狙われてしまう。そうなったら、百合に勝ち目はない。
「苦手なんだけどなぁ……地上戦で行きますか」
拳法の構えを取り、周囲を囲む4人の闘士に対して、警戒の目を向ける。誰が最初に仕掛けてくるか。どのような連係攻撃を仕掛けてくるか。読み合いに敗れたら、敗北は確定だ。
百合の額から汗が伝い下り、顎からポタリと地面に落ちた。
その瞬間、闘士の一人が、何者かに背後から奇襲を受けて、吹き飛んだ。
アレクセイだ。
ナンバー1のラオが、草薙礼司に敗れるところまで見届けた後、我に返ったアレクセイは、再び戦場の渦へと舞い戻ったのである。
「Эй, вы! Вам не стыдно набрасываться на одну-единственную девушку!(てめーら! 女一人相手に群がって恥ずかしくねーのか!)」
ロシア語でまくしたてながら、百合を囲んでいた闘士達を、ちぎっては投げ、ちぎっては投げ、最後の一人が恐れをなして逃げようとするのを背後からガッシリとホールドすると、
「フンッッ!」
気合いとともに引っこ抜くように持ち上げ、バックドロップで相手を地面に叩きつけた。まさしく王道のプロレス技だ。
ロシアのレスリング界の英雄アレクセイ。気は優しくて力持ち。大柄な肉体と、岩のようにゴツゴツした恐ろしげな風貌とは裏腹に、人間に対する愛情は深い。この状況下でも、相手が致命傷を負わないようにと、巧みに角度を調節しながらのバックドロップで、最後の一人を投げたのである。それでも、アレクセイの巨体から放たれた超威力のバックドロップだ、一撃で相手は昏倒し、戦闘不能となった。
「あ、ありがとう……」
「ドーイタシマシテ」
礼を述べる百合に対して、どこでおぼえたのか、たどたどしい日本語でアレクセイは返してくる。ついでに、何か間違った知識を習得したのだろう、合掌しながらペコリとお辞儀してきた。その愛嬌ある仕草に、思わず百合はクスッと笑った。
ちょうど、アレクセイが一人倒したところで、規定に人数に達した。
「はい! 終了でーす!」
リングの上に立つアリスが、マイクで予選終了を知らせる。
こうして、当初の243名から一気に227名が脱落し、16名の精鋭が勝ち残った。
その中に草薙礼司も当然残っている。彼が無事でいることに、百合はホッとしつつも、ある想像をして、ゾクリと身震いさせた。
それは、トーナメントのどこかで、彼と対決することになるのではないか、という想像。
もしそうなった時に、自分は草薙とまともに戦えるのだろうか。勝てるのだろうか。
ほんの少し弱気を覗かせたが、すぐに、百合は首をブンブンと横に振って、悪い考えを頭の中から追い出した。
負けるわけにはいかない。勝つために、ここへ来たのではないか。優勝の賞金額があれば、もうこれ以上苦労しなくて済む。身を粉にして夜の店で働かなくても、一人娘を養っていくことが出来る。
(勝つ! 勝ってみせる!)
百合は決意を新たに、拳をグッと握り締めるのであった。




