第5話 龍の一撃
243番はドッカドッカと足を踏み鳴らし、大股で接近してくる。
素人丸出しなその接近の仕方に、思わずラオは苦笑した。命知らずとはこういう者を言うのだろう。
だが、油断はしない。ジャイアントキリングが起こりうるのが、武の世界だ。見る限り、243番は相当に鍛え抜かれた肉体を持っている。拳打の力はかなりのものがありそうだ。万が一、相手の一撃を喰らってしまえば、文字通り致命的になる可能性が高い。
逆にこちらが一撃で相手を葬るくらいの気合でかかるべきである。
「来るがいい。丁寧にもてなしてあげようじゃないか」
ラオが腰を落として、迎え撃つ体勢に移った、その瞬間だった。
突如、243番の姿が掻き消えた。
と思った、次の瞬間には、右側面から、空を切り裂くほどの勢いで、拳が飛んできた。
「ほうっ⁉」
若干驚きを見せつつも、ラオは冷静に体勢を低くし、243番のパンチをかいくぐって、自分の腕で相手の拳を弾き上げた。そこから、がら空きになった胴へ向けて、指突を放つ。
が、243番の胴体の急所へと入ったはずの指突は、空を貫いた。
わずかに243番が体をさばいて、攻撃をかわしたのだ。
「やるじゃないか」
ラオは滑らかな動きで全身をダイナミックに回転させ、凄まじい速度と勢いで浴びせ蹴りを放つ。これはさすがに243番も回避できなかったようで、頭部へと踵を叩き込まれた。
「ぐっ!」
と呻き、243番はよろめいた。
ラオは浴びせ蹴りを放った流れで、軽やかに着地した後、頭からダイブするように相手へ向かって突撃し、指突の連打を放つ。いくつかは急所を外したが、何発か、243番の胴体の経脈秘孔へと突き刺さり、相応の痛手を与えた。これで、相手の動きはだいぶ鈍くなる。
はずだった。
「っらあ!」
まさかの速攻の反撃。243番はしっかりと両脚を踏ん張ると、ラオのこめかみに向かって、回し蹴りを放ってきたのだ。
ラオは上体をそらして、蹴り足をかわした。
かわしつつ、この得体の知れない男の正体を見極めようとしている。
(早々に仕留めなければ、危険だ)
そう思いつつも、二歩、後退する。
間合いを思わず開けてしまった。243番の強弱が見えてこない。ナンバーからして、運営からの期待値は最低ラインであることは間違いない。だが、その割には、それなりに回避能力に長けており、またタフな肉体も持っている。簡単には倒れてくれそうにない。
不気味さを感じる。
ラオの周囲に、他の闘士達も集まってきた。彼がナンバー1であることに気が付き、243番を囮として、いまの内に倒しておこうという魂胆なのだろう。
(舐めるなよ、束になったところで、僕はそう簡単に倒せないぜ)
所詮は、漁夫の利を狙うような、大したことのない連中だ。後れを取るわけにはいかない。
「なんだ、てめーらは! 邪魔すんな!」
243番も気が付き、吼え声を上げる。
ラオと、243番は、一時休戦に入り、群がってきた雑魚達の掃討にかかった。二人とも縦横無尽に跳び回り、次々と、弱い連中を叩きのめし、戦闘不能へと追いやっていく。
たったの数秒で、二人の周囲から、邪魔者は消えてしまった。
すぐにラオと243番は向かい合った。
お互いに、そろそろ決着をつけたいところである。
(手数勝負は危険だ)
243番の異様なタフネスさを考えると、指突による攻撃でチマチマとダメージを与えるやり方は、効率が悪い。
一撃だ。
痛烈な一撃を、回避不能な状態で、確実に当てるしかない。
そのためには243番から仕掛けてくるのを待つのが望ましい。幸い、相手は直情型のファイターのようだ。ちょっと挑発すれば、すぐにムキになって攻撃してくることだろう。
クイ、と手招きした。
さあかかって来い、と言わんばかりの動きで、完全に243番を侮った態度で、相手の怒りを誘発させる。
「いい度胸してるじゃねーか、てめえ」
案の定、243番は引っかかってくれた。
顔を憤怒で真っ赤にし、こめかみをピキピキと痙攣させながら、ズンズンと足を踏み鳴らして、無防備にラオのほうへと近寄ってくる。
さあ、来い。お前が一撃を放つとき、カウンターで返り討ちにしてやる。
そう思っていたラオだったが、次の瞬間、信じられない光景を目の当たりにした。
243番の姿が、またもや目の前から消えてしまったのだ。
(またか⁉)
さっきも見せた、異常な動き。おそらく、足腰のバネを生かして、瞬発的に爆速で移動することで、突然ワープしたかのように見せているのだろう。
だが、ラオは、二手、三手先を読んでいる。
自分は左足を前にして構えている。死角は左サイドに出来ている。相手が移動した先は、間違いなくそちらのほうだ。
素早く左に向き直った。
だが、243番の姿はない。
そのとき、背後から気配が伝わってきた。
(まさか、一気に背後まで回り込んだのか⁉)
ラオは相手の攻撃が飛んでくることを予測して、回避行動を取りつつ、後ろへと振り返った。
しかし、読みが甘かった。
腹部に至近距離からのワン・インチ・パンチが叩き込まれる。
「ごぶっ⁉」
胃の内容物を吐き出しそうな衝撃を受け、体を折って、ラオは吹き飛ばされる。だが、彼我の体勢と位置が幸いしてか、それほどのダメージは負わなかった。
吹っ飛んだラオに向かって、243番は無造作に歩きながら、追いかけるように距離を詰めてくる。
考えが甘かったことをラオは反省した。243番は、攻め手が異様に上手い。カウンターを仕掛けることが難しいくらいに、トリッキーな動きで攻撃してくる。見るからに直情型のパワーファイターでありながら、その戦闘スタイルは意外にも複雑怪奇だ。
ならば、待ちの姿勢はやめにしよう。
逆にこちらから神速の一手を243番に叩き込むことをラオは考えた。狙うべきは、頸脈。相手の懐へと飛び込み、首を走る血管へと指突を刺し込む。たちまち脳への血の供給は止まり、一撃で243番は意識を失うことだろう。
(行くぞ!)
タンッと地を蹴り、ラオは攻撃間合へ入ると、243番の首筋に向かって指突を放った。
が、消えた。
243番の姿が、霞の如く、幽鬼の如く、指突が突き刺さったと思った瞬間に掻き消えてしまったのだ。
直後、ラオの首に、手刀が叩き込まれた。
まったく真逆。本来ならラオが243番の頸脈を狙っていたはずなのに、逆に、243番の攻撃がラオの頸脈へと叩きつけられたのだ。
「がっ――⁉」
意識が吹っ飛びそうになる中、それでもラオは耐え抜こうとし、両脚を踏ん張ろうとする。だが、膝から折れて、前のめりに四つん這いになってしまう。
(ば、馬鹿な⁉ この僕が――⁉)
ラオは顔を上げて、なおも243番に戦いを挑もうとしたが、無駄だった。
243番の丸太のような脚から繰り出されたローキックが、容赦なく、ラオの顔面に叩きつけられた。
口と鼻から血を噴き出させつつ、ラオは吹っ飛ばされ――そのまま、意識を失った。
期待値最低ランクの243番草薙礼司が、期待値最高ランクのラオを、赤子の手を捻るように粉砕した、まさしくジャイアントキリングの瞬間であった。




