第35話 尋問
言葉はわからなくても、鳳鳴が何を求めているのか理解出来た。
ちょうど、途中で医療道具を回収していたので、ルカスは包帯を持っていた。それを使って、鳳鳴の火傷の部分を覆ってやる。
結果、鳳鳴は体のあちこちが包帯巻きになっている、見るからに痛々しい見た目となった。まさに満身創痍の体である。
しかし、鳳鳴自身は意気軒昂だった。厨房から持ってきた白酒をグイッと呷り、ふうう、と心地良さげにため息をつく。
鳳鳴は中国語以外話せない。一方で、ルカスも百合も中国語はわからない。だから、いったい誰と戦って、どうしてここまで大変なことになっているのか、わからないが、相当激しい戦いだったことは予測できる。
「さーて、この爺さんと合流したはいいけど、何をどうしたいのか、わからないと、一緒に連れて歩くわけにはいかないな」
「私、中国語はわからないけど、漢字は書けるわ。なんちゃってでよければ、筆談してみるけど」
「頼む。俺には、この爺さんの言っていることはさっぱりだからな」
途中で回収していた紙とペンを使い、百合は何とか意思の疎通を試みる。
中国語で「あなた」って何だっけ……と思い出そうとする。だけど、漢字がわからないので、そこは諦めて、シンプルに相手の名前を書くことにした。
『鳳鳴何求?』
たぶん、中国語としては滅茶苦茶な文章だろうな、と思いつつも、試しにこれで百合は鳳鳴に問いかけてみた。
意外と通じたようだ。
鳳鳴は百合からペンを借りると、返答を書いた。
『我正在寻找失踪的孙女玲凤。玲凤应该参加了这场黑暗锦标赛。』
うっ、と百合は青ざめた表情を浮かべる。早くも暗礁に乗り上げたのを感じていた。同じ漢字なら読み取れるだろう、と思っていた自分が甘かった。中国語の漢字は独特だ。日本の漢字とは異なる。何を書いているのかさっぱりだ。
ルカスのほうを見ると、彼は困ったような顔で、頭を横に振った。俺はわからないって言ってるだろ、と言わんばかりの表情だ。
もうこれは暗号解読と同じだ、と思いつつ、百合は書かれている漢字の中で、かろうじて読み取れるものをピックアップする。
まず、気になるのは、「失踪的孙女玲凤」という文字だ。「失踪」とある。「失踪した孙女玲凤」と読み取れる。
「あ……! もしかして、孫娘⁉」
百合は紙に書かれた「孙女」の部分から線を引き、日本語の漢字で「孫娘」と書いてみて、鳳鳴のことを見てみた。
鳳鳴はニッコリと笑い、何度も頷いている。
そうなると、予測でなんとなく、書いてある内容がわかるような気がしてきた。「寻」という文字は、日本語の「尋」に似ている。同じ漢字だろう。もし意味も同じなら、「たずねる」になる。
失踪した孫娘の玲凤を尋ねる、と書いてあるのだろうか。
尋ねる、って言われても、私にはよくわからない……と思いつつ、ひょっとして、「たずねる」は「たずねる」でも、中国語の場合「訪ねる」と同義ではないか、と考えてみた。
だんだん見えてきた。失踪した孫娘を探しています、と前段では書いてある。ならば、後半は何を書いているのだろう。
「玲凤应该参加了」は、なんとなく読み取れる。孫娘の玲凤が参加したとか、そういうことを書いてあるのだろう。その後の文章はさっぱりわからないが、しかし、この状況を考えると、考えられることはただ一つだ。
「ルカス。お爺ちゃんの孫娘は、もしかしたら、このトーナメントに参加したかもしれない。失踪したのを探しているそうよ」
「爺さんの孫娘? 参加者の中にはそんなのいなかったろ。予選落ちか?」
「何も今回のトーナメントとは限らないでしょ。何度かやってるかもしれないんだし。過去の試合に出場したんじゃないの?」
「マジか……! いや、しかし、そうだとしても……限りなく生きている可能性は低いだろ。こんな狂ったトーナメントだ。爺さんの家に帰ってきてないんだとすれば、確実に、どこかで敗退して死んでいる」
「そうかな」
「? なんで、死んでいないと思うんだ?」
「だって、現に私は生きているじゃない。怪我は負っているけど。戦闘不能イコール死、ってわけじゃないでしょ」
「けれども、脱落者をそのままにしておくか?」
「そう。そこよ。トーナメントで敗北した人が、もし死ななかった場合、運営はどうするのか? お爺ちゃんは負けたみたいだけど、生かされたまま放置されていた。そう考えたら、孫娘ちゃんだって――」
その時、床に倒れていた角刈りの傭兵が「ううん」と呻いた。気絶状態から目を覚ましたのだ。
角刈りの傭兵は、身を起こそうとして、失敗した。後ろ手に紐で縛られており、両脚も紐で拘束されている。チッ、と舌打ちして、それから、どんよりと濁った目でルカスを睨みつけてきた。
「おい。今すぐこの拘束を解け。言う通りにしたほうがいいぞ。お前らの生死は、全て運営の手の内にあるんだからな」
「いいのか? 俺にそんな口をきいて」
ルカスは不気味に口の端を歪めると、ナイフを取り出した。さっき厨房から取ってきた肉切り用のナイフだ。
「ヤークト・コマンドで、仕込まれてきたからな。こう見えて、俺はプロフェッショナルだぜ、拷問の」
「……!」
頬にナイフを押し当てられ、角刈りの傭兵は緊張の面持ちで、口を閉ざす。余計なことを言わないように、硬く唇を結んでいるようだが、気にせず、ルカスはナイフでペシペシと傭兵の頬を叩いた。
「今度はだんまりか? やめとけ、やめとけ。訓練されたプロの拷問は、やはり耐性がつくように訓練されたプロでなければ、耐えきることは出来ない。お前は見たところ、金次第で何でもやる、節操のない傭兵稼業だろう? 勝ち目の無い仕事には決して手を出さないタイプと見た。勝つべくして勝つ。そういうミッションしかやらない。違うか?」
相手の何を見て、ルカスが角刈りの傭兵の本質を読み取ったのかは、百合には皆目見当もつかない。だが、ルカスの洞察力はずば抜けて高いようだ。心の内をピタリと言い当てられたかのように、角刈りの傭兵は急に脂汗をかき始めた。目が泳いでおり、明らかに動揺している。
「じゃあ、何から始めようか――」
「待て! 俺から何か聞き出そうとしても、無駄だ! 何も知らないんだ!」
ルカスは、百合と鳳鳴を交互に見てから、あさっての方向を向きつつ肩をすくめた。話にならない、と言いたげなジェスチャーだ。
鳳鳴はこの一連のやり取りを、険しい表情で見守っている。おそらくは、孫娘の行方を知るため、彼もまた、この傭兵達がどんな情報を持っているのか気になっているのだろう。会話の内容は理解していない様子だが、それでも、何か糸口が掴めないかと必死になっているようだった。
「雇い主の情報くらいはわかるだろ」
「そ、それが、匿名での依頼で、金だけ前金でいきなり振り込んできて、ただ豪華客船内で行われる秘密試合の死体処理と、万が一に備えての警護だけしろ、ってことだったから、割のいい仕事だと思って……」
「嘘つけ。俺は見抜いてるぞ。お前は、そんな胡散臭い仕事に飛びつくようなタイプじゃない。もっと何か、確信を持って、この仕事なら安心してやれる、と判断したからこそ、やってみることにしたんだ。違うか?」
再び、ルカスはナイフを傭兵の頬に押し当てた。
傭兵は、ナイフに怯えているのではない。自分の内面を正確に見透かしている、ルカスの洞察力を恐れているのだろう。ごくり、と喉を鳴らして、やがて、かすれた声で本当のことを話し始めた。
「ヘ……ヘレティック・パーティ」
その単語を聞いた瞬間、ルカスの顔は強張った。
グッ、とナイフを握る手に力を込めており、今にも喉をかっ切ってきそうな迫力で、角刈りの傭兵は「ひっ!」と悲鳴を上げた。
百合はひたすら首を傾げていた。「ヘレティック・パーティ」。まるで聞いたことのない単語だったからだ。
でも、ルカスは、その言葉をよく知っているようだった。
「冗談で言っているんだったら、即殺す。だが、本気だというのなら……いいだろう、続きを話せ」
角刈りの傭兵はすっかり恐怖で目を見開き、ひたすら首を縦に振り続けていた。




