第34話 エンカウント
草薙がちょうど勝利を収めた頃。
百合とルカスは、船内をひっそりと進みながら、探索を続けていた。
「ねえ、運営を見つけるとか、VIPを見つけるとか、言ってるけど、逆に私達、泳がされてるってことは考えられない?」
「そりゃそうだろ」
あっさりとルカスは認めてきた。
「船内のあらゆる場所に、カメラが設置されている。俺達の動きは常に捕捉されている、と考えてもおかしくないな」
「じゃあ、手の平の上で踊らされているようなものじゃない!」
「それでも動く価値はある」
「どういうこと? 相手に動きがバレてるのに?」
「これもまた、連中にとってはゲームの一環となっている可能性がある。何をどう賭けているのかはわからないが、相手があえて俺達を自由にしているのなら、それを逆利用しない手はない」
それにしても……と百合は廊下を見回す。豪奢な造りの広い廊下を進んでいくが、誰にも遭遇しない。乗客はおろか、ルカスが見たという、死体回収役の傭兵達とも出くわさない。
大きな扉の前に辿り着いた。赤い色をした、防音仕様の、見るからに重たそうな扉。
「ねえ。さっきから、どういう判断で歩いているの? ちゃんと船内地図とか把握してるんでしょうね」
「もちろんだ。当てもなく歩いているわけじゃない」
「この扉の向こうへ、行くつもり? 本当に、そっちに何かあると信じてるの?」
「正確には、ここのさらに奥にある場所へ行きたい」
「どこよ」
「キッチンだ」
「キッチン? そんな場所に人がいるっていうわけ?」
「運営やVIPがもしも同船しているなら、必ず、食事を作っているはずだ。誰かしら料理人がいる可能性は高い。料理をどこへ運んでいるのか、情報も引き出せるかもしれない」
「なるほど……!」
さすが、元特殊部隊の人間だ、自由な発想でありつつも的確にポイントを押さえてくる。
防音扉を開けると、ギチッ……と軋み音が大きく鳴り響いた。
扉の向こうは、階段状のフロアになっているショーレストランだった。もちろん、客は誰もいない。給仕もいない。
だが――武装傭兵が三人、ステージの側に立っている。扉が開く音に気が付いて、一斉にこちらへと顔を向けてきた。
まさかのエンカウントだった。このタイミングで傭兵達と遭遇するとは思っておらず、百合は思わず中に入るのを躊躇したが、ルカスは構わず、杖を突きながら、レストランの内部へと進入していった。
「お務めご苦労さん。今度も死体回収か?」
どうやら、アレクセイの死体を回収したという傭兵達と同じ連中のようだ。
傭兵達は答えない。
三人組の中心に立っている角刈りの男が、両脇の男達に何事か指示を出している。あまり、いい雰囲気ではない。
「おーい、無視するなよ。英語はさすがに通じるだろ? それとも、他の言語がいいか? 俺はあんまり言葉を知らないぞ」
親しげに語りかけるルカスだったが、それに対する傭兵達の反応は、物騒極まりないものだった。
三人の傭兵は全員、揃ってサブマシンガンを構えた。銃口はしっかりとルカスに向けられている。
「待て待て待て! ストップ! まずは話をしよう!」
さすがにこれはどうしようもない。傭兵達とは距離がある。片脚が折れている百合とルカスでは、対抗しようがない。
「ルカス・ウェーバー。いま、第八試合が終わった。間もなく次の試合が始まる。順番的に、お前の出番の可能性が高い。早く戻れ」
「そこに倒れてるのは、試合で死んだ奴か? 格好からして、ルチャ・リブレの女の子だろ。たしか名前は……」
傭兵達の後ろには、確かに床に横たわっている死体らしきものが見える。とは言え、百合の位置からでは、死んでいるのか生きているのか、わからない。死んでいるとしたら、どう死んだのかも定かではない。
「レディ・ジャガーだ」
「そうそう! レディ・ジャガー。なかなか俺好みのいいボディしてたんだがな、そうか、死んじまったか。誰にやられた?」
「イヴ・ヴァールハイト」
角刈りの傭兵は、端的に答えてくる。
「そっか、あの変態ヌーディストに負けたか。そいつは残念だ。俺は、まあ、女はけっこう好きなほうだけど、年がら年中すっぱだかでいる奴は、そこまで興奮しないんだよな。やっぱり女性ってのは――」
「戻れ。警告はした。ここで戻らないのなら、脱落と見なす」
サブマシンガンの引き金にかけた指に、少しばかり力が加わったように見えた。おそらく、傭兵達はもう、言葉を発することはないだろう。次にルカスが何か余計なことを言えば、容赦なく発砲してくる。それだけの殺気を伴っている。
「出よう。分が悪いよ」
百合に促されたルカスは、やれやれ、とかぶりを振り、きびすを返そうとした。
その時、傭兵達が微妙に体の向きを変えた。
銃口が百合のほうを向いている。
「お前はもう敗者だ。用はない。ここで確実に脱落してもらおう」
一瞬、緊迫した静寂が訪れた。
百合は咄嗟に、近くのソファ席の裏へと飛び込み、身を隠した。
たちまちサブマシンガンから銃弾が乱射される。ソファのカバーが削れ、クッションが弾け飛び、巻き添えを食らったガラステーブルも粉々に砕け散る。
「よせっ!」
ルカスは杖を突きながらも、出来る限りのスピードで、傭兵達の射撃を止めようと、前へと進み出た。
角刈りの傭兵が、ルカスのほうへと顔を向けてきた。
「ルカス・ウェーバー。脱落確定だ」
角刈りだけが百合への射撃を中断し、サブマシンガンを構え直すと、あらためて銃口をルカスに向けてきた。
彼我の距離は6メートルほど。どうあがいても、ルカスは間に合わない。
その瞬間、傭兵達の向こう側にある、ショーレストランの奥の扉が、暴力的なまでの破壊音とともに、勢いよく吹き飛ばされた。それは、爆発か、と思うほどの激しい破壊だった。
傭兵達は射撃を中断し、即座に、背後へと振り返る。
吹き飛んだ扉とともに、黒い影が飛び込んできて、角刈りの傭兵の懐へと入ると、腰を低くしての拳打を叩きつけた。
「ぐぶぉっ⁉」
角刈りの傭兵は口から泡を噴きながら、吹っ飛ばされた。
残る二人の傭兵達も、まばたきする暇もないほどのスピードで、次々と拳を叩き込まれて、あっという間に昏倒する。
一瞬にして三人の傭兵を叩きのめした、その乱入者は、鬼のような形相で周囲を睥睨すると、もう誰も敵がいないと知った瞬間、シュウウウウと蒸気でも噴き出すかのような音で息を吐き出した。
「あんたは……⁉」
ルカスは、まったく会話していなかったものの、その男のことはよく憶えていた。こんな爺さんが本選のトーナメントに出場するのか、と驚いていたからである。
「あいたたた……まーだ、火傷したところが、痛むわい」
体のあちこちに火傷を負い、衣服もところどころ焦げているが、本人はいたって元気そのもの。
百合もルカスも知る由もないが――第六試合でレザとの死闘に敗れ、炎に包まれて力尽きたはずの老武術家――彼は、実のところ、全然普通に生きていた。
劉鳳鳴。
鬼気迫る表情だった鳳鳴は、従来の好々爺然とした顔つきに戻ると、百合とルカスに和やかに手を振ってきた。
「おー、お主らか。助かった。包帯を探してくれんかのう」
ソファの陰から身を乗り出した百合は、何が起きているのかと、きょとんとした顔つきでルカスのほうを見る。
ルカスもまた混乱した様子で、ため息をつきながら、肩をすくめるのであった。




