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ドラゴン・レイジ  作者: 逢巳花堂


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第32話 三つ目

「くっそ!」


 急いで、草薙は間合いを切った。


 だが、アウンの猛追は止まらない。距離を離そうとする草薙のことを、せっかく食らいついた獲物、牙を外してたまるか、と言わんばかりに、執念深く追ってくる。


 ここに来て、ようやく草薙は、ラウェイとはいかなる格闘技であるか、明確に理解することが出来た。


 素手でのぶつかり合い、超近接でのフルコンタクトの立ち技中心の格闘技。全身全てを凶器と化して、たとえ殴られて怪我をしようとも、決して怯まず、相手を打ちのめすまで止まらない。


 そんな過激な戦いを基軸とした格闘技であろう。


 アウンの妙な打たれ強さも、これで説明がつく。日常的にガチンコの殴り合いを行っているのだ、ちょっとやそっとの打撃ではまったく動じないのだ。


「上等だ、この野郎!」


 草薙は真正面から蹴り込みを放った。胸筋と腹筋の隙間にある急所「水月」を狙っての、針で突き刺すような爪先での蹴り。ブーツを履いているから、足の指をおかしくする恐れもない。


 確かに、蹴りの尖端は、水月に突き刺さった。


 ゴフッ! とアウンはむせた。当たり前だ。急所を打たれて無事でいるはずがない。


 ところが、全然効いていない。


 腹に刺さった足ごと、アウンは草薙のことを押し込んでくる。それなりの広さはあるものの、派手に動き回るにはやや手狭な船長室だ、あっという間に、草薙は壁際へと追い込まれた。


 この状況はまずい。逃げ場がないところでは、次に自分が取れる動きは限定されてしまう。アウンは、草薙の行動を先読みしやすくなる。


(このタフネス化け物をぶっ倒すには、三つしか手はねえな)


 一つは、なんとしてでも相手に隙を作らせる方法。だが、そう簡単に隙を作れるのなら、苦労はしない。アウンはそんな簡単な相手ではない。


 もう一つは、これまでに放ったカウンターよりも、さらに威力を増したカウンターを放つしかない。相手の態勢が「実」の状態では何を放っても効かないだろう。完全に、アウンが全身の防御を緩めている「虚」の状態を突くのだ。


 そして、最後の一つは「秘技」を使うこと。


 出来ることなら最後の最後まで、この技は取っておきたかった。戦い方がバレてしまえば、今後の試合で隠し球として使うことが出来なくなってしまう。このハイレベルなトーナメントにおいて、他の闘士達に知られたら、確実に対策を打たれてしまうだろう。


 だけど、今は、このアウンを仕留めなければいけない。ここで負けてしまったら、何もかも意味が無くなってしまう。


「オッラァァァアア!」


 アウンが裂帛の気合いとともに、草薙の顔面を潰さんばかりの勢いで、暴力的なまでに腰の入った豪拳を放ってきた。大振りな一撃ゆえに、回避しやすい。しかし、その回避も込み込みで、あえてアウンは大雑把な打撃を繰り出してきたのだろう。


 迂闊にかわせば、そこから本命の攻撃――さっきも放った、超連打を撃ってくるに違いない。より効果的な形で、草薙の戦闘力を確実に削るように。


 だから――あえて、ここは避けない。


(半月!)


 草薙が唯一、自分の師匠と認める、今は亡き拳法家より教わった、基本の動き。


 腕を半月状に回転させ、敵の攻撃を弾き飛ばす、防御法。


 アウンの拳打が自分の鼻先まで迫ってきたところで、正中線から滑り込ませた草薙の腕が、滑らかに弧を描く。


 草薙の半円の受けにより、アウンの腕はわずかに狙いが逸れ――草薙の背後の壁へと叩き込まれた。


 衝撃により部屋全体が震動し、轟音が鳴り響く。


「いい受けだなァ! けどよ! 無駄だッ!」


 来る。


 アウンの態勢は「実」。連続攻撃を放とうと身構えている、まさに攻めかからんとしている瞬間ですら、その全身には一片の隙も無い。


 どこにカウンターを当てても、大したダメージは与えられないだろう。


 が――あえて、撃つ。


 草薙はコオオオと呼吸を整えた。


 ※ ※ ※


 一瞬、走馬灯のように、かつて師匠のもとで修行していた時のことを思い出した。


 高校に入るよりも前のことだ。まだ14歳だった草薙は、学校に通いつつも、放課後は必ず師匠の家へ行って、日付が変わる頃まで散々にしごかれた。休日となれば、泊まり込みでの訓練だった。


 草薙よりも50歳も年上の師匠は、還暦を越えた身でありながら、熊のように大柄で筋骨隆々としており、いまだ日本で自分より強い拳士はいないと自負している剛の者。伸びしろだらけの草薙が、日々進化と成長を遂げても、まるで追いつける気がしないほど、神がかった強さを誇っていた。


 それでも草薙は、毎回の鍛錬で、必ず乱取りを要求した。


(絶対に師匠に『参った』と言わせてやる!)


 もう、ここで全てを出し尽くしてもいい。大怪我を負って五体が使い物にならなくなってもいい。それくらいの覚悟を持って、師匠へと挑んでいたが、まったく歯が立たなかった。


『あー! ちくしょう! なんでそんなにつえーんだよ!』


 ある日、ヤケになった草薙は、珍しく早々に敗北を認め、ふてくされたように道場の床にゴロンと仰向けに寝転がった。


 ガハハハ、と師匠は豪快に笑うと、道場の片隅に置いてある冷蔵庫から缶ビールを取りだして、プシュッとタブを開けた。もう、今日の草薙に戦意はおろか、修行をする気は無いと見てのことだと思われた。それが、草薙には悔しくてたまらなかったが、事実、これ以上今日は何もやる気がしなかったから、文句は言えなかった。


『礼司、お前は未熟だ』

『んなこた、わかってるよ。それでも、俺、めちゃくちゃ強くなったんだぜ。なのに、あんたに勝てない』

『そうだな。俺が見たところ、お前はもう大学拳法部の連中とガチでやり合っても、確実に勝てるだろう。お前にかなう学生は一人もいないはずだ』

『だろ? でも、どうして、あんたはそんなに強いんだよ』

『俺が強いんじゃない。かと言って、お前が弱いわけでもない。お前が戦い方を知らないだけだ』


 缶ビールをゴクゴクと喉を鳴らして飲んでいる師匠のことを、草薙は寝転がりながら、キョトンとした眼差しで見つめた。


『戦い方を、知らない?』

『虚と実。お前はこのことについて考えたことはあるか』

『前に教わったけど、よくわかんなかった』

『大丈夫だ。実のところ、お前はちゃんと実践できている。俺が攻撃を繰り出した瞬間、そのタイミングを狙って、的確にカウンターパンチを放ってくる。それは、まさに相手の「虚」を突く動きだ。今のお前の年齢で、その領域に到達しているのは、見事としかいいようがない』

『マジっすか』


 少し気分が良くなった草薙は身を起こして、ニコニコ顔で師匠と向かい合った。褒められるのは、素直に嬉しい。


『だが、俺は、そんなお前のカウンターも読んで、常に「実」の状態で攻撃を仕掛けている』

『どういうことだよ?』

『わかりやすく言うなら、まったく隙を作っていない、ってことさ。お前は隙を突いているつもりかもしれないが、それは的外れだ。『虚』じゃないんだから、カウンターが効くわけない』

『んな無茶苦茶な! どうやって倒しゃいいんだよ!』

『方法は三つだ』


 師匠は指を一本立てた。


『一つ目は、なんとしてでも相手に『虚』を作らせる方法。だが、こいつは、気合と覚悟を持っている相手にはなかなか通用しない』


 そして、中指を立てて、指を二本にする。


『二つ目は、相手の『実』をも上回る威力のカウンターを叩き込む方法だ。しかし、今のお前の技術と体格では、そんな高火力の技は出せない』

『じゃあ、三つ目はなんなんだよ』

『三つ目。それは――』


 ニヤリ、と師匠は笑みを浮かべた。


『お前が酒飲める年齢になったら、教えてやるよ』

『なんだよそれ!』


 草薙は文句を言ったが、師匠はまったく取り合わず、ただガハハハと笑うだけだった。


 結局、師匠は、草薙が成人する前に病死したので、「三つ目」を直接教えてもらうことはなかった。


 だけど、草薙の心の中に、その師匠の言葉はずっと残っていた。


 そして、自分で「三つ目」について探求し、様々な拳士に教えを請い、ついに見出したのである。


 竜虎道拳法の達人のみが使える、伝説の秘技へと。


 ※ ※ ※


 アウンの連打が、今まさに放たれようとしている。


 それよりも一瞬早く、草薙のほうが動いた。


(馬鹿正直に、またカウンターか⁉ 効かねえってわかってんだろ!)


 と言わんばかりの、自信に満ちたアウンの表情。


 その憎たらしい面構えを見ながら、草薙は、体内の気を練り上げると、腰を低く落として、ゼロ距離射程からの掌底を放った。


 ズンッッッ! と重たい轟音が響き渡る。


 静寂が、流れた。


 アウンの胸部、正中線にある急所へと掌底を当てたままの体勢で、草薙は止まっている。アウンもまた、パンチを撃つ直前の姿勢で固まっている。


 一秒ほど、硬直の時間が流れた後――


「ぐほっ⁉」


 突然、アウンは咳き込み、胸を押さえて、ドタドタと乱雑な動きで六、七歩も後退した。そればかりか、後ろへ下がった後、苦しそうに呻きながら膝まで突いた。


「な⁉ 何が起きたの⁉」


 いち観戦者として、部屋の隅で、試合の行く末を見守っていたアリスは、思わず驚きの声を上げた。


 シュウウウウ……呼気により、蛇のごとき鋭い音を口から鳴らしながら、再び草薙は拳法の構えを取った。

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