第28話 グーとパーで分かれましょ
草薙は激怒していた。
一瞬火だるまになった劉鳳鳴だが、すでに大半の火は消えている。服に燃え移ったものがいまだメラメラと燃えてはいるものの、ほぼ鎮火の状態だ。全身に浴びていたのがワインだったから、あっという間に蒸発して、火種となるアルコール分が消えてしまったのだろう。
しかし、そんなことよりも、草薙が怒りを感じているのは、スプリンクラーが作動しなかったことだ。
この大規模な豪華客船の、厨房だ。当然、消火設備は整っているはず。先ほどのような火炎が一時的とはいえ派手に発生したら、どう考えても、天井のスプリンクラーから水が放出されなければいけない。
それなのに、動かなかった。
(意図的に作動しないようにしてやがったな)
主催者側は、この試合展開まで予測していたわけではないだろう。それでも、何でもありの闇試合だ、火気を使用した戦いになることくらいは可能性の一つとして考慮に入れていたに違いない。
だから、わざと、防火用の機器は全部作動しないようにしていた。そうとしか考えられない。
「狂ってやがる……!」
忌々しげに呟いた草薙へと、アリスはニコニコの笑顔で、細めた目を向けてきた。
「なーにをそんなにカリカリしてんの?」
「どうせ話しても無駄だから、言わねーよ」
「ふふふ」
アリスは妖艶に微笑みながら、草薙の前へと回り込んでくる。バニースーツの胸の谷間を強調するように、少し前屈みになりながら、上目づかいに見上げてきた。
「自分が正義の味方だとか、そんなこと考えてます?」
「は⁉ んなわけねーだろうが!」
「ですよねー。だって、この闇トーナメントに参加を表明した時点で、同じ穴のむじなってやつだもんね。私達のことを悪し様に言える立場じゃないですよね」
草薙が黙り込んだところで、アリスはパンパン! と手を叩いた。
「さー! 皆さん! 組み合わせを決めるのは、あと二試合! 今回で、残りの試合の対戦カードが決定しちゃいますよ!」
「どうやって決めるの?」
常に覆面を付けたままのルチャドーラ、レディ・ジャガーが尋ねると、アリスは両手を顔の前まで挙げて、片方は拳骨、片方は開手を示した。
「ジャンケン。とは言っても、さっさと決めたいから、グーとパーだけのシンプルなルール。草薙さんは、わかるよね? 日本人だから、グーとパーで分かれましょ、ってやつ」
最後の言葉は日本語で、草薙だけに語りかけた。
なるほど、わかりやすいな、と思いつつ、草薙は早くも残る3名のほうへと向き直る。
ヌーディストのイヴ・ヴァールハイト。
ルチャドーラのレディ・ジャガー。
ミャンマー出身のアウン・コー・ミン。
出来ることなら、女子二人、イヴとレディ・ジャガーだけは相手したくない。女性との戦いの経験は無いわけではないが、しかし、草薙としては女性に対して殴る蹴るの行為をするのは避けたい。男性とは体の作りが異なる以上、大事に取り扱うべき、というのが草薙の信念であった。
「はーい、それじゃあ、私の掛け声に合わせて、グーかパーを出してくださいね♪ いっせーの、っせ!」
四人は同時に手を突き出した。
一回で、綺麗に二つに分かれることが出来た。
イヴとレディ・ジャガーが、パー。
草薙とアウンが、グー。
「よっしゃあああああ!」
アウンがいきなり大声で喜びの声を上げた。真横に立っていた草薙は、うるせ、と思いつつ、耳を手で塞ぐ。とんでもない声量だ。人間メガホンか、と思うほどの大声。
同時に、こいつも同じことを考えてやがったな、と草薙は察した。アウンもまた、女性の相手をするのは苦手なのだろう。
「おい! お前! いい試合をしようぜっ!」
アウンが何か話しかけてきたが、多少の言語はわかる草薙でも、ミャンマーの言葉はわからない。きょとんとしていると、アウンのほうから握り拳を突き出してきた。
「手加減したら承知しねーぞ!」
アウン・コー・ミン。27歳。草薙より若いこの青年は、全身傷だらけで、見るからに物騒な外見であるが、よく見れば顔つきはパワーと明るさに満ち溢れている、元気印そのもの。
フッ、と草薙は笑った。トーナメント最初の相手が、こいつで良かった、と思った。なんとなく、気持ち良く戦えるような気がした。
「俺はレイジだ。クサナギ・レイジ。よろしく」
草薙は拳を突き出し、アウンのゴツゴツの拳にコツンと当てた。
そんな二人を見守っていたアリスは、コホンと軽く咳払いをする。
「あのー……二人で盛り上がっているところ悪いんですけど、次の試合はあなた達じゃないですよ」
「なんだと⁉」
「ふざけんなああ! いつまで待たせんだよッ!」
もう、草薙もアウンも、観戦しているだけでは物足りなくなっていた。なんだかんだで、戦いはしたいのである。両者ともに血の気は荒い。
が、アリスは、気にせずにただ微笑んでいる。
「次の試合は、パーを出された方々にしようと決めていました。だから、イヴさんとレディ・ジャガーさん。この二人の戦いとなります」
その場にいる全員の注目が、イヴとレディ・ジャガーに集まる。
特に、視線はイヴのほうに集中していた。
あまりにも彼女は謎が多すぎる。なぜヌーディストなのか。なぜ全裸でありながら、予選のバトルロイヤルを傷ひとつ負わずに勝ち残ることが出来たのか。特定の格闘技に精通している様子もない。見た目は、普通にスタイルのいい、巨乳の、金髪ドイツ美女である。
「やーん♡ みんなでジロジロ見ないでよ、恥ずかしい♡」
わざとらしくイヴは自分の局部や乳首を隠して、クネクネと腰をくねらせた。何を今さら、な態度ではある。
その横で、レディ・ジャガーは覆面の隙間から覗かせている目を鋭く細めて、イヴのことを冷静に観察している。彼女だけは、その目線に一切の遊びがない。何せ、次に対戦するのは自分なのだ。真剣にもなろう。
「さあ! さあ! 次の試合会場へ行きましょう!」
パンパン! とアリスは手を叩いて、全員を促した。
足が折れていて取り残されたルカスを除き、次の試合への出場が決まっているヴィディヤット、帝釈鵬、レオニード、イザベラ、レザ。そして、これから対戦が待っているイヴとレディ・ジャガー。トーナメント第八試合で対戦する草薙とアウン。計9名が、アリスの後について、進んでいく。
いよいよ、トーナメントの緒戦も、最初のピリオドを迎えようとしていた。




