第24話 挽回のミッション
百合は、もはや泣き疲れていた。
高校拳法部では、草薙を主将として、他に百合を含めて9人の女子部員がいた。男性の入部が多い武道系の部活動にしては珍しく、女性ばかりの拳法部であった。
9人の女子は、みんなそれぞれ違った能力を持っており、その強さは他校の拳法部にも知れ渡るほどで、ある時から「魔女」とあだ名されるようになった。
きっかけは、同じ高校に通っていた草薙の弟が、新聞部で発行している学内新聞にて、「9人の魔女」と名付けたことだった。その学内新聞の内容がSNSを通じて外に流出し、一気に草薙と9人の女子は有名になった。
技の正確さや流麗さを競う、大会の演武種目では、あまり高い成績を収めなかったが、乱取り種目においては、草薙達は無敵の強さを誇った。
前蛇百合に付けられた二つ名は「蒼天飛翔」。パルクールで鍛え上げられた体幹と跳躍力により、異常な高度から襲撃する様は、まるで猛禽類の如しで、時には危険すぎる攻撃として注意や指導が入ることもあったが、他校の拳士達は手も足も出せず、一方的に倒されていった。
その華やかな経験から――この闇トーナメントでも、容易に勝てると信じていた。
自分の強さを疑っていなかった。
結果は、まさかの惨敗。
世界の広さを思い知らされるのと同時に、自分自身の弱さを痛感させられた。
考えたら、予選だって危ういところだった。今は亡きアレクセイに助けられたから、何とか本戦へと勝ち残れたのであり、運の良さもあった。実のところ、トーナメント出場者の中で唯一資格が無かった。
命懸けの戦いなんて経験したことが無い。しかし、イザベラにはその経験がきっとあったのだろう。その違いが、残酷な形で結果として表れただけだ。
「ん……! くっ……!」
壁を伝って起き上がろうとするが、折れた右脚の痛みはどんどん増してきており、さっきのように気合と根性だけではどうにも出来ない。
「くっそ……!」
悔しさのあまり、汚い言葉を吐き、涙を滲ませた。
その時、何者かが、自分の右脇に体を滑り込ませて、担ぎ上げるようにして支えてくれて、立ち上がるのを手伝ってくれた。
「え⁉ あ……! ありがとう……⁉」
戸惑いながら、相手の顔を見た百合は、「あっ」と声を上げた。
自分を助けてくれたのは、まさかの、トーナメント一回戦目でアレクセイを葬って勝利を収めた、ルカス・ウェーバーだった。
「よう、お嬢ちゃん。生き残れて良かったな」
ニヤリと笑い、英語で話しかけてくる、ルカスの口からはヤニの臭いが漂ってきた。煙草が苦手な百合は、鼻をつまみたくなったが、そんなことをしている場合ではなかった。
「な、なんで、ここに⁉」
百合もまた英語で応える。
「その前に、教えてくれ。お嬢ちゃんは勝ったのか? 負けたのか?」
「……見ればわかるでしょ」
「オーケー。それなら話が早い。手を貸してくれないか」
「え?」
「まずは杖代わりになる物を探すぞ」
ルカスに肩を貸してもらいながら、まずは客室の中を探してみた。ルカスもまた杖を突きながらなので、多少時間はかかったが、一通り室内を見て回ることは出来た。杖になりそうな物は無かった。
「モップかホウキがあればいいんだがな。掃除用具をしまっている場所を見つけるぞ」
わけもわからないまま、ルカスに導かれるままに、百合は一緒に船内を動いて回る。
気が付けばだいぶ時間が経っていた。
そろそろ第六試合が始まっている頃だろう。これまで、敗者は全員命を落としてきた。その中で、唯一百合だけは生き残っている。そのこと自体が不思議であるけれど、さらに不思議なことに、一回戦目の勝者であるルカスと行動を共にしている。
いったい、この人は何を考えているのだろう?
「おお、あった、あった」
共用トイレの掃除用具入れに、モップが置いてあり、ルカスはその先端を外して木の棒だけにして、百合に渡してきた。
「松葉杖ほどの使い勝手は無いけど、何も無いよりはマシだろ」
「助かったけど、ここまで私の面倒見てくれて、何がしたいの? 何をしてほしいの?」
「まあ、簡単に言えば、この闇トーナメントの裏を暴きたい、ってところかな」
「は⁉」
「仕事でな。運営の正体を暴いて、必要だったらぶっ潰すのが、俺に課せられたミッションなんだ」
「えっと……あなたって、何者?」
「オーストリア連邦軍・ヤークトコマンド出身。もう退役していたんだけどな。かつてのボスに駆り出されて、今回のミッションに当たっている」
「お金稼ぎで参戦したわけじゃないの?」
「別に金なんていらないさ。ただ、あえて言うなら……そうだな……」
ルカスは、ニカッとワイルドな笑みを浮かべた。
「おじさんは正義の味方になりたい、ってところかな」
「……何よそれ」
二重三重に呆れ返ってしまう。この規模の大きな闇トーナメントを主催している時点で、相当な組織が動いていることがわかるだろうに、そいつらを相手に「正義の味方」として挑もうとしていることも奇怪なら、アレクセイによって右脚を折られている状態でそんなミッションをこなそうとしているのも奇怪。そして、その手伝いを、同じく右脚を折られた百合に頼んでくるのも奇怪であった。
「お嬢ちゃんはどうだ? このまま負けっぱなしでいるのかい? それとも、この血まみれのトーナメントを主催している運営に一矢報いたいと思うかい?」
「せっかく生き長らえたのに、あえて死地に行く理由なんてどこにあるのよ」
「なるほど、負けたけど、生きている。これ以上戦うことはない。だから、もう全試合が終わるまでやり過ごしていたい、と。そういうことか」
「冷静に考えれば、そうなるでしょ」
「甘いだろ」
「甘い?」
「そもそも予選で敗北した連中が、無事に家へ帰れたかもわかってないんだぜ。このトーナメントは巨大な資本が動いているのと同時に、徹底的に秘密にされている。その本戦に出場した奴を、運営が、黙って帰すわけない。守秘義務契約も交わしていない。運営からしてみれば、秘密を漏洩する可能性が高いんだからな」
「何よ、それ……だいたい、もしも、その読みが当たっているのなら、賞金だって本当に出すかわからないじゃない」
「まさしく、その通り。VIP達を相手に賭け試合の興行だけして、出場者はトーナメントが終われば、全員用済み。生き残った人間は殺してしまえば、死人に口なし、だ。現実的に、そうしてくる可能性が高いと思わないか?」
百合は、だんだん、ルカスの言っていることが正しいように思えてきた。考えたら、運営とは何も契約を交わしていない。ただ口約束だけで、賞金2千億円を優勝者に渡すという、そのことを信じて、みんな命を懸けて戦っている。
それが、全て嘘だとしたら?
「いいわ。手伝ってあげる。あなたの言う通り、運営が私をいつまでも生かしてくれている保証は無いものね」
「ありがたい。恩に着るぜ、お嬢ちゃん」
バシンッ、とルカスは百合の背中を叩いてきた。けっこうな力だった。痛いなあ、と百合は顔をしかめながらも、ルカスと一緒に杖を突きながら、トイレから外へと出た。




