第23話 敗者にかける情けは無し
「百合!」
草薙が思わず駆け出そうとしたのを、アリスが前に立ち塞がって、止めに入った。
「まだ決着ついてないから、邪魔しちゃダメですよ♪」
「脚を折られたんだ! もう戦闘不能だろ!」
「本人は、そう思ってないみたいですけど?」
アリスはクイッと顎で後方を示す。
百合は右脚を折られたにもかかわらず、廊下の壁に手をつきながら、強引に立ち上がっている。
誰がどう見ても、ここからの勝ち筋は見出せない。
それでも、百合は根性を見せた。
「舐めんな!」
気合だけでも負けてたまるか、とばかりに咆哮を上げる。
が、イザベラはそんな百合のことを冷ややかに見守っている。両手はダランと下げて、もはやファイティングスタンスすら取っていない。もう彼女にとって、百合は敵ではなかった。
そればかりか、あくびまでし出す始末だ。
「この……ッ!」
憤怒で顔を真っ赤にした百合が、イザベラへ飛びかかろうとしたが、右脚が折れているので、当然それは不可能だった。無様に床へと倒れてしまい、そして、立ち上がれなくなった。
嗚咽が漏れてくる。
百合が泣いているのだ。こんな屈辱的な形で敗北を迎えて、悔しくて悔しくて仕方がないのだろう。
「もういいんじゃない?」
イザベラが声をかけたことで、アリスも早々に見切った。戦闘の意思があるなら泣き出したりしないだろう、という判断を下したようだ。
「勝者! イザベラ・サントス!」
アリスが宣言しても、草薙以外の全員が、白けた様子で、あさっての方向を見ている。もうこの決着がついた試合については興味がない様子だった。
「とんだ凡試合だったのう」
帝釈鵬が、そう馬鹿にするような物言いで言った後、ガッハッハッと大笑いした。
「同じ日本人ゆえ、多少は応援しておったが、いやはや、ここまで弱いと日本の恥だな!」
その言葉を聞いた瞬間、草薙はカッとなり、帝釈鵬の首を掴んで、ドンッ! と壁に彼の巨体を押しつけた。
帝釈鵬は目を丸くしている。どういう技法を使ったのか、体格差のある草薙が、超重量の帝釈鵬を片腕で押し込んだことに、驚いている様子だ。
「なんだ? 何か文句でもあるのか?」
「百合を侮辱するのは許さねえ……!」
「わしは事実を言ったまでだ」
フンッ、と帝釈鵬は小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
そうしている間も、百合は床に這いつくばったまま、泣き声を上げている。
「はーい、試合外での乱闘は禁止。これは、私のルールね。それ以上続けたら棄権扱いにしますよ」
アリスに注意されて、やっと草薙は手を放して、帝釈鵬から距離を取った。
この小競り合いの間も、周りの連中は無関心でいた。とにかくさっさと次の試合に向けて進行してくれ、と言わんばかりの様子だった。
「じゃあ、次の組み合わせを決めますね! 今度はルーレットで決めようと思いまーす」
アリスはいきなり手近な客室のドアを開けると、中に入り、すぐにタブレット端末を持って出てきた。あらかじめ用意していたのか、全客室に設置されているのか、それはわからない。
とにかく、みんなに画面が見えるように、アリスは高々とタブレットを掲げた。画面にはすでにルーレットが表示されている。そして、残り6名の闘士の名前がルーレットには書かれている。
「さあ、まずは一人目!」
画面上のボタンを押すと、ルーレットが回り始めた。
3秒ほど回転した後、すぐに止まる。
「第6試合は、レザ・プラタマと~……!」
もう一度ルーレットを回して、対戦相手を決める。
「劉鳳鳴!」
たちまち、レザと鳳鳴は、お互いに目を合わせた。レザが殺意の篭った強い眼差しで睨んでくるのに対し、好々爺風の鳳鳴は穏やかな目を細めて見つめ返す。
レザは、エントリーナンバー4。この闇試合において、かなり期待値の高い闘士である。それに対して鳳鳴はエントリーナンバー16。一桁台と二桁台。ただ、この期待値通りに単純に強さが決まるわけではないのは、すでにこれまでの試合でわかっていることである。
「よろしくじゃよ。いい試合が出来るといいのう」
鳳鳴は中国語でレザに話しかけたが、当然、インドネシア出身のレザには言葉が通じない。プイッ、と冷ややかな態度で、レザはそっぽを向いた。
「ありゃ……つれないのう」
よよよ、と鳳鳴は泣いたフリをする。
第6試合の組み合わせが決まったところで、次の試合会場へ向けて、一行は移動し始めた。
草薙は、百合をせめて客室のベッドに移してやろうとしたが、彼女の側へ寄ったところで、
「余計なことしていると置いていきますよ」
とアリスに冷たく声をかけられて、仕方なく、百合の肩を優しくポンポンと叩くだけにとどめた。
「お前の分も、俺が賞金をぶんどってやる」
そんなことしか言えなかった。もっと何か別の言葉があるんじゃないか、と思ったが、他にいいセリフが思い浮かばない。こんな誰もいない廊下に百合を残していくのは忍びなかったが、やむを得なかった。次の試合会場がどこかわからないのだから、もしはぐれてしまったら、最悪、自分の出番が来た時に不在となってしまい、棄権とみなされてしまう。
草薙は心を鬼にして、百合を置き去りにして、みんなの後を追った。
今の自分が出来ることは、この闇トーナメントを最後まで勝ち抜き、大金を手に入れて、百合にも分けてやること。ただそれだけだった。




