第21話 第五試合
第四試合終了後、アリスは闘士達を次の場所へと案内した。
すっかり気分は冷めている。
(つまんないの)
シェーンは推しだった。彼のバンドも好きだったし、戦う時の彼の姿はもっと好きだった。二重人格持ちで、裏の顔はテロリストというイカれた側面も気に入っていた。
でも、それもこれも、全部台無しだ。
結局この世は生き残れなければ意味はない。男の価値とは、いざ戦場に立たされた時に、勝てるか、勝てないかで決まってしまう。シェーンは勝てなかった。だから、アリスの中では今までの評価は無かったこととなった。
(おまけに、次の対戦カード……)
真後ろを歩いている、次の対戦者二人を振り返って見て、また顔を正面に戻してから、静かなため息。
第五試合は、ブラジリアン柔術のイザベラ・サントスと、竜虎道拳法の前蛇百合。
どっちも人を殺した経験なんて無いだろう。だから、清く正しく、健全な勝負となるはずだ。それはこの命懸けのトーナメントの中で、実に面白みに欠ける、凡試合以下の、つまらない一戦となる。
特に前蛇百合には期待できない。彼女はすっかり青ざめた顔をしていた。
イザベラ・サントスは、ブラジルの危険地帯ファベーラ(スラム街)に生まれ育ち、肝が据わっている。人こそ殺したことはないだろうが、自分が殺されないためのスキルは身につけているはずだ。
百合は、ダメだろう。彼女は平和な日本で何不自由なく生活してきた。一人娘を育てるためにキャバクラに勤めて稼いでいる、その程度の苦労しか味わっていない。生き死にがかかった戦いの経験は皆無に等しい。そう、事前に渡されていた経歴書からは読み取れた。
そして、何よりも、次の戦いの舞台である。
対戦カードとは関係なく、すでに、どの試合ではどこで勝負をするのか、あらかじめ決められている。ゆえに、その時々の闘士にとって、有利な戦場となるか、不利な戦場となるかは、運次第だ。
百合は、ツイてない。
「はい! 着きましたぁ!」
じゃん! と効果音でも出そうな身振りで、アリスは振り返るのと同時に、両腕を広げた。
案の定、百合は驚きで目を見開いた。
「嘘でしょ⁉ ここでやるの⁉」
「戦場は完全に運ですから。ご愁傷様♪」
そこは、客船内の廊下。客室が並ぶ通路上。幅は豪華客船だけあって、十分にある。5人くらいは横並びになれるくらいのスペースはある。だが、問題は天井の高さだ。2.4m程度。普通なら、何も気にする必要の無い高さだ。
しかし、百合は、その尋常ではない跳躍力により、超高度から鷲の如く襲撃を仕掛けることを得意としている。
イザベラの身長は174cm。彼女の頭上から攻撃するなら、せめて3mは欲しいところだ。百合の跳躍力で2.4mは、跳んだ直後、自分の頭を天井にぶつけるだけで終わりかねない。天井の高さが百合の身体能力に追いついていないのである。
「はーい、二人ともこっちへ来てー。観戦する皆さんとは、出来るだけ離れてくださいねー」
困惑する百合を無視して、アリスはもっと進み出るよう、百合とイザベラに手招きをした。
イザベラの艶やかで長い黒髪が、大股に堂々と進み出る彼女の動きに合わせて、サラリと空中に舞った。そして、彼女は褐色の顔に笑みを浮かべて、百合のほうを振り向くと、指をクイクイと曲げて、「カモン」と挑発した。
百合の歩みは遅い。見るからに、命のやり取りをする覚悟が出来ていない。
これはもう勝負ありね、とアリスが嘲笑を浮かべた瞬間、草薙礼司がいきなり大声を張り上げてきた。
「百合! 無理なら無理でいい! これまでの戦いと同じように、勝つことだけ考えろ!」
まるで矛盾した言い方。無理でもいい、と言いつつ、勝て、と言う。
だが、その言わんとしているところを、アリスは汲み取った。
この闇トーナメントは、必ず相手を殺さないといけないわけではない。戦闘不能にさえ追い込めば、それで十分なのだ。両手両足を折られてのダルマ状態になるか、あるいは気を失うか、でも勝敗は決する。
だから、草薙は「殺さなくていいからノックアウトしろ!」と伝えたかったのだろう。
「……うん!」
百合は草薙に向かって頷くと、イザベラのほうへ向き直り、歩みを速めた。
さっきまでの緊張は多少解けているようだった。
「9対1、ってところね」
アリスは呟いた。その数字が意味するのは、イザベラと百合の勝率。さっきまでは10対0で考えていたが、多少なりとも、百合にも勝ち筋は出てきた、と感じていた。
だけど、相変わらず地形的な有利不利は変わりがない。
「Fight!」
試合開始の合図を送る。
それとともに、イザベラから果敢に攻め始めた。
「シュッ!」
鋭い呼気を吐き、ローキックを放つ。超高度のジャンプを封じられているとは言っても、それでも百合の強みはその脚力にある。まず脚を削るのは、戦略的に正しい。
「っ……!」
あまり直接的な肉体のぶつかり合いを経験していない百合にとって、イザベラのよく訓練されたローキックは、一発でもかなりの痛手だろう。ふくらはぎに蹴りを喰らったところで、痛そうに顔をしかめていた。
「やっぱり10対0かな」
ニヤニヤとほくそ笑みながら、アリスは間近での観戦を楽しんでいる。こうなったら、イザベラには、百合を完膚なきまでに叩きのめしてほしいところだ。弱い人間が強者に嬲られる場面を眺めるのも、アリスにとっては大好物である。
「こ――の!」
次の瞬間、百合は、ジャンプした。
大鷲の飛翔は天井で遮られる。無駄なあがきね、とアリスが内心コケにした、その時、百合の体は空中でキュッと小さく丸まった。
考えたものである。普通に跳躍すれば、天井に頭をぶつける。だから、百合は体を丸めたのだ。そのままクルクルと回転しながら、イザベラの頭上を通り越し、相手の真後ろに着地した。
「⁉」
想定以上にトリッキーな動きに、イザベラは一瞬反応が遅れて、振り返り損ねた。
そこへ、床を這うような体勢の百合が、鋭い足払いを放ってきた。
両脚を払われたイザベラは、横倒しに床に倒れる。
「えやァァ!」
足払いからのコンビネーションで、百合は前方へ小さく回転ジャンプしてからの、浴びせ蹴りを叩き込む。
百合の踵が、イザベラの背中にドスンッ! とめり込んだ。
「8対2……!」
アリスは、二人の女性闘士の優劣を、新たなものに更新した。
この勝負――どこまで百合が戦闘中に覚醒できるか――それによって展開が大きく変わってくる。最初こそ、つまらない試合になりそう、と予測していたアリスだったが、いつしか、夢中になって、勝負の行く末を見守り始めていた。




