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ドラゴン・レイジ  作者: 逢巳花堂


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第19話 ベアナックル

 次の戦場は、プレイルームだ。


 カジノ風に見立てられているが、実際は遊戯用のメダルを使って遊ぶ、換金性のないゲームコーナーである。ルーレットやスロットマシーンといったカジノ仕立ての遊戯台もあれば、パンチングマシーンのようなゲームセンターめいた機械もある。


 ゴテゴテのネオンで装飾された「PLAYROOM」の文字を背景にして、シェーン、いや邪神クロウ・クルーアッハは、マントを翻し、悪魔王的な決めポーズを見せてきた。


「フハハハハ! さあ、どこからでもかかって来るがよい!」


 クルーアッハの威勢良い挑発の言葉と同時に、アリスが「Fight!」と戦闘開始の合図を送った。


 しかし、レオニードは動かない。


 様子見でも、ビビっているわけでもない。


 単純に虚しくなってしまっているのだ。


(なんで、俺の相手が、あんなピエロなんだよ)


 レオニード・カシモフ。ウズベキスタン出身の歴戦の傭兵。肌に刻まれた日焼け跡と傷痕が、これまでにどれだけの戦場を駆け抜けてきたかを物語っている。レオニードが手を貸した勢力は必ず勝利を収める、という伝説も生まれるほどの、強者。


 ため息をつきながら、レオニードは極太の指でサングラスをつまみ、スロット台の上に置いた。一応、油断はせず、顔面を殴られた時のことも考えて、サングラスは外した。


 さて、始めるか、と思ってファイティングスタンスを取るも、目の前で謎のポーズを決めている、自称「邪神」を見ていると、こんな阿呆と真面目に戦うのが馬鹿馬鹿しくなってくる。


 戦場とは、一切の遊びの要素がない、極めてクリアでシャープな世界だ。何も無駄がない。ゆえに、レオニードの合理的な思考と極めてマッチしている。


 だが、あの「邪神」は、非合理の塊である。


 だいたい、あのメイクは何だ。顔をドーランで真っ白に塗りたくり、目元と口元に黒い化粧を塗っている。こけおどしどころか、コケにされるだけの間抜けな見た目。ちょっと違うが、レオニードの目にはピエロと大差なく映る。


 マントも意味不明だ。あんなもの、戦場に持ち込む気がしれない。掴みやすく、マントを逆利用して首を絞めるシミュレーションも出来るくらいだ。隙だらけにもほどがある。


「ふむ! 来ないのか! 愚かな人間よ!」


 クルーアッハの言葉に、レオニードはチッと舌打ちした。


 愚かなのはてめーだろうが。俺のことを舐めやがって。


 そう思って、馬鹿馬鹿しくなって、ほんの少しだけ戦闘態勢を緩めた。


 ――その瞬間。


 眼前に、クルーアッハの禍々しいメイク顔が、いきなりアップで現れた。


「な⁉」


 ワープでもしたのかと思うほどの超スピード。再び構え直す暇もない。


 ズドンッ! レオニードの脇腹の急所に、クルーアッハの鋭いフックが突き刺さる。クルーアッハの拳はレオニードほど大きいものではないが、それゆえに、錐か針で刺したような強烈な痛みが内臓まで突き抜ける。


(こいつ⁉ 俺の一瞬の隙を利用しやがった!)


 レオニードは痛みに耐え、すかさずクルーアッハの腕へと掴みかかろうとする。こいつのパンチは警戒すべきだ。紹介ではベアナックル・ボクシングの使い手と言われていた。ということは、素手での戦いはお手のもの。そのペースに乗せられたらまずい。真っ先に、腕を叩き折るべきだ。


 と思っていたら、顔面を突如、得体の知れない物で薙ぎ払われ、ぶふっ! とレオニードは口から唾を噴き出しながら、頭をのけぞらせた。


 マントだ。


 クルーアッハは、マントを振って、レオニードの顔面を払ったのだ。


(そういう使い方するかよ⁉)


 思わずレオニードは二歩下がった。一対一の戦闘で、自分のほうから相手と距離を離すのは初めてだ。


 そこへ、さらにクルーアッハは距離を詰めてくる。


 マントを使った攻撃は奇手であるが、基本となる戦い方は、極めてストレート、まさにベアナックル・ボクシングの王道だ。


 かつて、19世紀後半にグローブ着用が義務づけられるまで、ボクシングと言えば素手でやるのが当たり前だった。


 グローブ着用の利点は、とにかく拳を痛めないことにある。そして、KOが発生すること。重量のあるグローブで頭部を叩くことにより、脳震盪が起き、喰らった相手は意識を失う。だからこそ、早期に決着がつきやすくなる。


 ベアナックルには、それがない。すなわち、グローブありのボクシングと同じスタイルで戦えば、骨のある部分に拳が当たって、肉が裂けたり、骨が折れたりと、殴った側が重傷を負いかねない。そのため、殴る部位は当然、人体の柔らかい箇所、急所に限られてくる。


(落ち着け、大丈夫だ、ベアナックル・ボクシングは俺も経験がある!)


 戦地の、血の気が荒い正規兵に絡まれて、兵士達に囲まれている中で、素手の殴り合いをしたことがある。結果、たかが傭兵と侮る正規兵を、血祭りに上げた。ベアナックルはクルーアッハだけではない、自分もまた得意とする戦法だ。


 あえて相手の得意分野に飛び込んでやろう。


 そう思って、ボクシングの構えを取ったところで、いきなり、足の指先に激痛が走った。


 コンバット・ブーツの上から、脚を伸ばしたクルーアッハが、ヒールで思いきり踏んできたのだ。


「っ――!」


 意識が、足元へと自然に吸い寄せられてしまう。


 その隙を狙って、クルーアッハはアッパーカットを放ってきた。


 が、レオニードはすかさず上体を引いて、剣で斬り裂くようなその鋭いアッパーをかわした。


「舐めんな!」


 レオニードのタックルが、クルーアッハの胴部に決まる。その勢いで、床に押し倒し、マウントポジションの態勢となる。


(よしっ!)


 クルーアッハの腰の上に乗りながら、脚を絞めて、相手が身動きとれないようにする。マウントポジションは「城塞」だ。ルールのある競技においては、崩しようがあるけれど、ルール無用の場においては、普通は反撃が難しい。


「死ねっ! この道化が!」


 怒号を上げて、レオニードは容赦のない乱打を始めた。クルーアッハはガードポジションを取っているが、顔面や胴体に、何発も強烈な拳を喰らってしまう。


「ぬぐっ! むっ! ぐおおお!」


 クルーアッハは呻き声を上げて、なんとかマウントポジションを崩そうともがくけれど、レオニードの巨体が相手では、力に差がある。


 何度か、クルーアッハもパンチを放ったが、タイミングもリーチも見切られており、レオニードには届かない。逆に、パンチを繰り出した瞬間を狙って、一発いいのを当てられてしまう。


 誰がどう見ても、クルーアッハの敗北は確定だった。


「これで終わりだ!」


 とどめの一撃とばかりに、レオニードは渾身の力で、クルーアッハの顔面に向かってストレートを放った。


 それは――クルーアッハが狙っていた反撃のタイミング。


 パリィ。左手を正中線に合わせて、レオニードのパンチを瞬間的に吸収すると、クイッと手の平を返した。ただそれだけの動きで、レオニードの腕を真横へ弾いた。


 決定打となるはずだったストレートを逸らされたレオニードは、体勢を崩し、ほんの少し前傾姿勢となる。それがために、顔面が、クルーアッハの射程内に入ってしまう。


 顎の先端に、クルーアッハの右フックがヒットした。


 たちまちレオニードの脳内は揺さぶられ、世界全体が歪んで見え始める。


「ぬ⁉ く、そ!」


 レオニードは咄嗟にマウントポジションを解き、間合いを離した。顎にいいパンチを喰らったせいで、脚がふらつく。この状態で、クルーアッハと密着状態を続けるのは、危険だと判断しての行動だったが、正解だったようだ。


 クルーアッハは、何発もいいパンチを喰らっていたにもかかわらず、元気に跳ね起きた。


「我は不死身ぞ! 人間よ! フハハハハハ!」


 マントとともに両腕を広げて、呵々大笑するクルーアッハ。


 レオニードの、邪神に対する印象は、戦闘開始時点からだいぶ変化していた。最初こそ単なる賑やかしの道化としか思っていなかったが、それは大いなる誤算であった。


 もう二度と油断はしない。ここは紛れもなく戦地の一つだ。そう思ってかからないといけない。


(ここから先は、俺のターンだ)


 気を引き締め直したレオニードの構えには、一片の隙もない。


 それを見て、クルーアッハは「ふむ」と感心したように声を上げた。凄腕の傭兵を前にして、なお、邪神は余裕の態度を崩さずにいた。

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