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ドラゴン・レイジ  作者: 逢巳花堂


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第18話 Crom Cruach

 第三試合が終わったところで、それまでは平静を保っていた闘士達の中に、変化が現れた。


 まず、前蛇百合である。彼女は青白い顔をして、首が折れ曲がった血まみれのオリヴィエの死体を、ぼんやりと眺めている。


 ここまで三戦とも、敗者は必ず命を落としていた。


 生死を賭けた戦いということはわかっていたが、まさか、本戦がここまで激しいものになるとは思ってもいなかった。


(やばい)


 百合は、頭の中に浮かんだ嫌なビジョンを振り払うように、ブンブンと首を左右に振った。


 自分がもの言わぬ亡骸となっている幻影が見えてしまったのだ。


「さあ! 次の対戦カードを決めますね! 今度はトランプを引いてください。ジョーカーが2枚入ってます。ジョーカーを引いた人が、あ・た・り♡」


 アリスは胸の谷間からトランプのカードを10枚取り出すと、闘士達の前へと裏面を向けて差し出した。


 それぞれ1枚ずつ取っていく。


(お願い……! あの帝釈鵬に勝てる気はしないから……次の試合だけはやめて!)


 百合は天に祈る。


「Open!」


 アリスが合図を出した。


 全員、カードを表面へとひっくり返す。


「よしっ」


 軍用のベレー帽を被った傭兵風の戦闘服を着た、禿頭の、サングラスをかけた浅黒い肌の男が、喜びの声を上げるのと同時に、自分のカードをみんなに見せてきた。


 ジョーカーの絵柄が描かれている。


 彼は、レオニード・カシモフ。ウズベキスタン出身のコマンド・サンボ使い。エントリーナンバーは一桁台の6番。トーナメントに進出した16名中、3名しかいない一桁台の内の一人だ。残り2名は、ナンバー3のイヴと、ナンバー4のレザ・プラタマ。


「で⁉ 俺の相手をしてくれるのはどいつだい⁉」


 レオニードは、引き締まった筋肉を誇示しながら、ニカッと邪悪な笑みを浮かべた。圧倒的自身。たった今、残虐なまでの勝利を見せた帝釈鵬ですらエントリーナンバーは74番だった。それよりも遙かに格上の彼としては、もう、自分が勝ち上がることは想定の範囲内なのだろう。


「お、お……」


 急に、震え声が聞こえてきた。


 金髪ロングの気弱そうな青年が、後方から進み出てくる。さっきまでは無表情でいたのが、いまや、すっかり怯えた子犬のようになっている。


「お、俺、です」


 青年はカードの表面を見せてきた。ジョーカーが書かれている。


 エントリーナンバー27番。アイルランド出身、シェーン・オコナー。


 この場にいる誰もが面食らっていた。ナンバーが高い上に、たしか、闘士紹介ではテロリストと言われていたはずだ。命のやり取りは十分に知っているはずのシェーンが、すっかりビビり散らかしている。


「シェーン! おお、マイ・シェーン! 俺は傭兵で、お前はテロリスト、立場は違えど、似たようなもんだ!」


 レオニードはわざとらしく親密な態度を見せると、怯えて動けなくなっているシェーンに近付き、ガシッ! と熱い抱擁をしてきた。バンバン! と強くシェーンの背中を叩いてくる。あまりの力の入れ具合に、シェーンは「かはっ」と咳き込んだ。


「いい試合を期待してるぜ!」


 ニィィ、とレオニードは笑みを浮かべる。頬に刻まれたタトゥーが限界まで変形した。


 それから、レオニードは、シェーンの耳元に囁いた。


「ひと噛みくらいはしてくれよ。最期を迎える前に、一発くらいは、な」


 この言葉を聞いた途端、シェーンのお腹がグルグルと鳴り始めた。急に、猛烈な便意に襲われたのである。


「ちょ、ちょっと……!」


 シェーンは見るからに気弱そうな青年だ。のっぺりた平凡な容姿からは覇気が感じ取れない。なぜ、この本戦まで生き残ってきたのかがわからないくらいに、素人然としている。


 そのシェーンが、手を上げて、「トイレ! トイレ!」と騒いでいるのを見て、この場にいる他の闘士達は呆れた表情を見せた。レオニードだけが侮蔑の笑みを浮かべている。


「はーい♪ じゃあ、皆さんはしばらく、ここで待っててくださいね♡ 私が、この子をトイレに連れていきますから♪」


 アリスはシェーンの手を引き、移動し始めた。


 この子、と若いアリスに言われるくらい、シェーンはトーナメント出場者の中で一番年下だ。まだ20歳である。


 複雑な船内を移動し、空いている客室へと辿り着いたところで、シェーンは我慢できずにトイレへと駆け込んだ。恐怖心で腹を下してしまったようだ。


「無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ」


 排泄物を流した後、トイレの便座に座ったまま、シェーンは頭を抱えて、ずっとネガティブな言葉を発し続けている。


 実のところ、予選での記憶は無い。


 そもそも、自分がテロリストと紹介されて、「はっ⁉」と素っ頓狂な声を上げたくらいである。そんなことをしていた記憶は無い。


 いや……厳密に言えば、一定の周期でシェーンは記憶を失っている。病院にもかかっているが、なかなか、その原因がハッキリしていない。


「俺は……ただの、ミュージシャンなのに……」


 ネックレスの先についている、銅製の小さな蛇をつまみ上げて、悲しげな目でその蛇を見つめた。


 銅の蛇には、バンド名のロゴもくっついている。


 「|Crom Cruachクロウ・クルーアッハ


 アイルランドに伝わる蛇神の名前だ。その名を付けたのは、シェーン自身。何となく、ではあった。


 Crom Cruachはシェーンがボーカル兼リードギター。他にバンドには3名いる。全員メンズで固めた。ギラギラの衣装に、悪魔的なメイクを施した、王道のデスメタルスタイル。蛇神クロウ・クルーアッハは、キリスト教圏からすれば邪神、すなわち悪魔である。だからこそ、バンド名にふさわしい、とシェーンは思っていた。


 ちなみに、ライブで演奏している間も、記憶は無い。


 一種のトランス状態になっているのだとシェーンは思っているが、結局のところ、自分がどんな風に歌っているのか、どんなパフォーマンスをしているのか、わかっていない。後でビデオで見て、ああ、こんな風に演奏していたのか、と知らされる感じである。


「もしもーし? ちょっと長くなーい?」


 コンコン、とドアが叩かれた。


 慌ててシェーンがトイレから出ると、アリスが外で待っていた。


 客室の狭い通路上で、自然と密着するような形になり、ドギマギしてシェーンは目を逸らした。アリスの衣装はバニーガール姿。まともに見るのは恥ずかしい。


 すると、不意に、アリスはシェーンの顔を掴み、無理やり自分のほうを向かせてきた。


「だーめ。ちゃんと、私のことを、見て♡」


 目と目が合う。


 アリスは緑色の澄んだ瞳を持っている。髪色は黒いが、出身はどこなのだろうか。異国同士の混血なのだろうか。肌は白く、顔立ちは東洋人風にも見えるが、鼻は高い。


 思わず見とれて、目が離せなくなってしまう。


 と、アリスは突然、顔を寄せてきた。


 唇と唇が重なる。


 軽いキスを終えた後、「ふぅ」と艶やかな吐息を、アリスは洩らした。


「私、日系アイルランド人なの」

「え?」


 さっきから唐突が過ぎる。情報量のキャパシティを超えそうになり、シェーンはだんだん頭の中が真っ白になりつつあった。


「あなたのバンド、Crom Cruachのライブも、よく遊びに行ったわ。実はね、ファンなの」


 そう言って、アリスは燕尾ジャケットの内ポケットから、シェーンが持っているのと全く同じネックレスを取り出した。Crom Cruachのライブ会場でしか販売していないファンアイテム。それを持っているということは、本物のファンだ。


「だから、シェーン・オコナー。私はあなたのことを応援している。アイルランド人こそが『かの島』を支配すべき民族であり、そのための解放戦線を『指導』している、テロリストとしてのあなたも、大好き」


 もう一度、アリスは口づけを交わした。今度は舌を絡めて、ゆっくり、時間をかけて味わうように。


 唇を離してから、アリスは妖艶に微笑む。


「でも、やっぱり一番好きなのは、デスメタルのカリスマとしてのあなた……Crom Cruachは、バンド名だけではない、あなた自身を象徴する名前」


 シェーンは、自分の意識が薄れていくのを感じていた。


 代わりに、何かどす黒いものが、胸の奥から湧き起こってくるのを感じる。


「目覚めなさい、クロウ・クルーアッハ。次はあなたの出番よ」


 そう言って、アリスは後ろ手に持っていた籠を、シェーンに向かって差し出した。


 その籠の中には、多種多様なメイク道具が押し込まれていた。




 ※ ※ ※




 「遅いぞ、あいつら。何やってるんだ」


 勝ったばかりの帝釈鵬は、手についた血を拭うことも出来ないまま、放置され続けて、かなり苛立っている。


 次の試合を控えているレオニードは、軽いストレッチをしながら、あくびを放ったり、ヘラヘラ笑っていたり、かなり呑気なものだ。


 第二試合を勝ち残ったヴィディヤットに至っては、体を整備するのにも飽きたか、ついにはあぐらをかいて座禅のようなことまで始めた。


 他の闘士達はざわつき始めた。たぶん、30分は経っているだろう。


「ヤッてるんじゃないの?」


 百合の口からストレートな発言が出て、思わず草薙はギョッとした。


「お前なあ、もう少し言い方ってもんがあるだろ。でも、なんで、そう思う?」

「女の勘。あのアリスって奴、シェーンをトイレへ連れていく時、わざわざ手を握って、引っ張るように連れていったでしょ。あの動きを見たら、何となく、アリスはシェーンに好意を抱いているんじゃないかって思ったわけ」

「だとしたら、不正じゃねーか。主催者側が、特定のファイターに特別な感情を抱くとか、あってはならねーだろ」

「さあ。こんな闇のトーナメントで、そんなお行儀のいいことを言っても、しょうがないでしょ」

「……お前、なんか、機嫌悪くなってないか?」

「別に」


 百合がそっけなく言い捨てた、その時だった。


 カーデッキから船内へと通じる扉が開き、アリスが姿を現した。


「おい! いつまで待たせる気だ!」


 さっそく文句の怒鳴り声を上げた帝釈鵬だったが、アリスの後から現れた人物の姿を見て、「んおお⁉」と素っ頓狂な声を発した。


 ストレッチをしていたレオニードが、何事かと、アリスのほうを見る。


 たちまち、レオニードはポカンとした表情になり、何を言えばいいのかと迷った様子で、パクパクと口を金魚のように開けたり閉じたりしている。


 アリスの背後から、カーデッキの中に入ってきたその男は、バサア! と背中に羽織った漆黒のマントを派手に翻した。


「フハハハハハハハ!」


 大音声で悪魔的な笑い声を上げる。


 男は、顔面を白いドーランで塗っており、目元や口元に黒い化粧を施している。コープス・ペイント、と呼ばれる、メタルシーンにおいてはど定番のメイクだ。


 さらには、漆黒のマント、金色と赤色で禍々しい紋様が描かれた黒いボディスーツ、棘のついたブーツ、指先が露出している真っ黒なグローブを着用しており、禍々しさと場違い感は、問答無用で全闘士の中ではトップクラスと言える。


 長い金髪のおかげで、ようやく、みんなは彼が何者か、察することが出来た。


「シェ、シェーン・オコナー⁉」


 ブラジリアン柔術の使い手、イザベラ・サントスが裏返った声で、その名を呼ぶと、悪魔風の場違い男は、ビシッ! とイザベラに向かって指を突きつけてきた。


「貴様ァ! 我輩の名前を間違えるとは、何事だァ!」

「え⁉ えええ⁉」


 一応はスペイン語だけでなく英語も理解しているイザベラは、悪魔男の言葉も聞き取れた。聞き取れたが、それゆえに、余計に混乱が増してくる。


 シェーンでないのなら、こいつは何なのだ?


「我輩は邪神クロウ・クルーアッハ! 貴様ら血に飢えた人間どものため、魔界からわざわざ降臨してやったのだ! 憶えておけい! 愚かな人間どもよ!」


 誰も、何も答えない。


 全員ドン引きしているのである。


 ただアリスだけが、目からハートが飛びそうな勢いで、キャー♡ と黄色い声を上げながら、パチパチと手を叩いていた。

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