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ドラゴン・レイジ  作者: 逢巳花堂


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第16話 立体機動

「よおおし! 来い! かかって来い!」


 帝釈鵬は、パァン! と派手に諸手を叩き、力士特有の腰を落とした戦闘態勢に移った。角界を追われた身であり、髷は結っていないものの、その衣装はまわしを締めた力士としての姿。かつての横綱の貫禄は十分にある。


 が、オリヴィエは挑発には乗らない。逆に、手近なところにあるテスラ車の上に腰かけて、優雅な仕草で、クイクイと手招きをした。


 普通ならば、こんな見え透いた誘いには乗らない。帝釈鵬は、クレバーなところのある闘士なので、相手に勝算があるから自身の土俵へと招き入れようとしているのだろう、と予測する。


 そう、土俵だ。


 角界を追い出されるまで、帝釈鵬は土俵の上でばかり戦っていた。職を失ってからは、ヤクザのボディガードや、違法クラブのバウンサーをやったりして生計を立てていたが、基本は広々とした平らな環境での戦いを得意としている。


 ここは、自分の土俵ではない。


「おやおや、怯えてしまっているのかい。かわいそうだね。体の大きさはカバ並みでも、ハートは子猫ちゃんといったところか」


 オリヴィエの馬鹿にしたような物言いは、フランス語なので帝釈鵬には通じない。しかし、最後に見せたフッという嘲笑の表情だけは、世界共通言語、さすがの帝釈鵬も我慢ならなかった。


「いいだろう。力士の恐ろしさをその身に叩き込んでやる!」


 車と車の間は狭いので、戦いにならない。幸い、オリヴィエは今、車の上に乗っている。ならば自分もそこへ上がるまでだ。


 テスラ車のフロントに足をかけ、よっこらせと乗っかる。たちまち、ボンネットがベコンと帝釈鵬の重量で凹んだ。そのまま、車の屋根に腰かけているオリヴィエのほうへと近寄っていく。


「あはは! そうそう、その調子だよ、子猫ちゃん! 僕を追いかけてごらん!」


 いきなりオリヴィエは立ち上がると、今いるテスラ車の一台後ろの車へと飛び移った。


 もう少しで手が届く、というところだった帝釈鵬は、ぐぬぬ! と唸り、足音も荒く、オリヴィエのことを追いかける。あまりにも力が入りすぎて、踏まれた車の屋根がベコベコに凹んでしまったくらいだ。


「おいおい、凡試合じゃねーかよ!」


 ミャンマーの闘士、アウン・コー・ミンがやかましく騒いだ。あまりの声量から来るうるささに、周りの者達が顔をしかめて耳を塞いだ。そんな周囲の様子には構わず、アウンは、アリスに詰め寄り、物申す。


「あんなんアリかよ! あの女男、無駄に逃げ回ってやがる! 決着なんてつくのかよ!」

「別に、逃げることを禁じてませんから」


 眼前に傷だらけの厳めしい顔を近付けられても、アリスは動じることなく、ニッコリと微笑んだ。


「時間制限とかねーのか!」

「ありません」

「ハァ⁉ じゃあ、逃げ放題じゃねえか!」

「まあまあ、ちゃんと見ててください。オリヴィエ・ベルナールの全てを、あなたはまだ何も理解出来ていないのですから」


 そう言ってアリスが指さしたのは、まさに帝釈鵬とオリヴィエが追いかけっこをしている方向。


 どうせ見る価値のない凡試合が展開されてるんだろ――とうんざりした表情でアウンが振り返ると、ちょうど、異変が起きていたところだった。


 宙を舞うようにして跳び上がったオリヴィエのバックソバットが、帝釈鵬の背後から、綺麗にこめかみに叩きつけられていた。


「な――んだァ⁉」


 いつの間にか、車列のど真ん中まで、帝釈鵬とオリヴィエは移動していた。それはわかるが、いったい、どういう展開になれば、帝釈鵬の「背後」をオリヴィエが取る、などという事態になるのだろうか。


 アウンは他の闘士達に聞こうと思ったが、みんな言葉が通じないので、質問しようがない。


 チッ! と舌打ちし、アウンは渋々、試合観戦へと集中することにした。


(こいつは……⁉)


 そう心の中で唸ったのは、帝釈鵬。背後を取られたとはいえ、オリヴィエのキック一発で倒れるほど、やわな鍛え方はしていない。


 だが、問題はそんなことではない。帝釈鵬が振り返りざまに張り手を放った、その時には、すでにオリヴィエの姿が消えてしまっていた、ということだ。


(どこだ⁉ 次はどこから出てきてやがる!)


 カーデッキに納められている車は、セダンタイプの乗用車だけではない。ワゴンや、ジープなど、多種多様な車種が並んでいる。そのため、高低差も生まれており、いくらでも隠れ場所はある。


 右側のワゴン車の方から、音が聞こえた。


「そっちだな!」


 帝釈鵬が振り向くのと同時に、ワゴン車の屋根に、オリヴィエが向こう側から飛び乗ってきた。そのままの勢いで、オリヴィエは屋根から跳躍し、帝釈鵬に飛びかかってくる。


「捉えたぞ!」


 帝釈鵬は上体のバネを弾かせるように動かし、渾身の一撃、空を断裂させんばかりの勢いで、豪快な張り手を放った。


 が、オリヴィエはその張り手の腕を空中でキャッチすると、体を丸めて回転しながら、帝釈鵬の頭の上を飛び越えた。そして、隣のジープに一旦着地すると、すかさず身を翻して、帝釈鵬の延髄に向かって飛び蹴りを叩き込んだ。


「がっ⁉ 貴様ァ!」


 帝釈鵬は振り返り、剛腕によるパンチを放った。


 その腕の下をオリヴィエはかいくぐり、帝釈鵬の丸太のような脚に向かって、足払いの蹴りを叩きつける。この程度で帝釈鵬が撃沈するとは、もちろんオリヴィエは思ってもいないが、それでも、少しずつでもダメージを蓄積させることに意味がある。


「ちょこまかと、羽虫のような動きをしおって!」


 憤怒の帝釈鵬は、足元にいるオリヴィエに向かって、ストンピングを放つ。だが、その踏みつけ攻撃も、車のフロントガラスを踏み砕いただけで終わってしまった。


 いつの間にかオリヴィエはまた姿を消していた。


 さっきから彼は、細身の体を生かして、車の下に潜り込んでは、また屋根に上がって、のトリッキーな動きを繰り返している。


 再び姿を現したオリヴィエは、まったく同じ流れで、帝釈鵬を翻弄しながら少しばかりでもダメージを与える。まったく効果が無いわけではなく、攻撃を受けた帝釈鵬の肉体の部位は、赤く腫れ上がっている。


 目まぐるしく神出鬼没に出たり入ったりを繰り返して、縦横無尽に攻撃を仕掛けるオリヴィエに対し、帝釈鵬は狭い足場の上で、ただなす術もなく攻められ続けているだけだ。


「あの動きはもしかして……パルクール⁉」


 参加闘士の素性を全て知っているアリス以外で、そのことに最初に気が付いたのは、百合だった。


「パルクール、ってなんだ?」


 草薙に尋ねられた百合は、試合の状況から目を離さないまま、答えを返す。


「元々は、フランス軍で採用されていた身体訓練法で、どのような環境下でも機動性を確保出来るように、ということで考えられたものなの。今は、どっちかって言うと、街の中で障害物とか高低差とか関係なしに自由自在に動き回る、一種のパフォーマンスみたいなものになってるけど……オリヴィエのあの動きは、どっちかって言うと、戦闘用に仕込まれたものね」

「すげえな。あんな複雑な環境で、自分の庭みたいに飛び回ってるぜ」

「ああいうのを立体機動って言うのかしら……あそこまで激しいのは、初めて見た」

「お前の跳躍力も大概すげーけどな」

「そりゃそうよ。私もやってたもの。パルクール」


 草薙は目を見開いた。その情報は初耳だった。高校拳法部の頃から、百合は他の部員とは一線を画す驚異的な機動力を見せていたが、その裏には、実はパルクールの技術があったのか。


「お前、いつの間に……」

「しっ! 今、いいとこなの! 帝釈鵬が動くわよ!」


 百合の言う通りだった。


 やられてばかりだった帝釈鵬が、突然、大声でガッハッハッと豪快に笑い出した。


「いやはや! 世界は広い! 面白い! せせこましい角界を追い出されてまで好きなように暴れた甲斐があったわい!」


 日本語が通じる草薙と百合は、帝釈鵬の言葉を聞いて、思わず互いに顔を見合わせた。あまりにもなす術もなく攻撃を喰らい続けて、気でもおかしくなったか、と思ったのだ。


 突然、帝釈鵬は車列の隙間に飛び降りた。彼の体の幅では下まで完全に下りきれず、車と車の間に挟まって、宙ぶらりんの体勢になる。


 が、構わず、帝釈鵬は目の前のジープを押し始めた。


「ぬううううんん!」


 約2トンはあるだろうラングラーの車体が、ズリズリとタイヤを削られる音を響かせながら、奥へと押しやられる。さらに奥の車にぶつかり、そこで止まった――かと思いきや、二台分の重量になっても構わず、帝釈鵬はどんどん押し込んでいく。次の三台目にぶつかっても動きは止まらない。信じがたい膂力だ。


 あっという間に、動きやすいスペースが出来上がった。


 しかし、それだけでは帝釈鵬は満足せず、さらに三方向の車を押して、力任せにどかしていく。


 オリヴィエはジープの上に姿を現した。これまで優勢だった彼の表情が、どんどん曇ってくる。


 気が付けば、相撲の土俵と同じくらいの広さのスペースが、車列に囲まれた空間の中に誕生していた。


「どすこいっ!」


 帝釈鵬はこれ見よがしに四股を踏むと、パァンッ! と諸手を胸の前で叩き合わせた。そして、ニヤリと自信たっぷりに笑う。


「男なら、かかってこんかい」


 その日本語を、オリヴィエは理解出来なかったが、言わんとしていることは伝わった。


 緊張の面持ちで、オリヴィエはジープから下りると、間合いを離した状態で、ファイティングスタンスを取る。こうなったら、彼に残された道は二つ。逃げ回り続けるか、帝釈鵬が用意したステージで戦うか。


 オリヴィエとて、一人の闘士である。逃げ回るのは本意では無かった。


 彼が戦闘態勢に入ったのを見て、帝釈鵬は満足げに頷いた。


「その意気やよし! 存分に死合おうぞ!」

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