第14話 ミッション・インポッシブル
誰もいなくなったダンスフロアの端、バーカウンターに背をもたれて、ゼエゼエと荒い息をつきながら、ルカスはぼんやりと考えている。
もう第二回戦の決着はついたのだろうか。それとも泥仕合になっているのだろうか。
どちらにせよ、勝ち抜いた相手が、自分と同じくらいの大怪我を負っていなければ、次の試合で勝つことは難しい。
アレクセイの遺体はもうここにはない。サブマシンガンで武装した傭兵らしき一団がやって来て、亡骸を回収していった。丁重に棺桶にでも入れるのか、海にでも捨てるのか、その処遇はわからないが、やがて、自分も同じ運命になるだろう、とルカスは読んでいる。
残された時間は少ない。
「ああ……いてて……ちくしょう」
一人で毒づきながら、無理やり身を起こし、バーカウンターへと這い上がる。運がいいことに、折れたのは右脚だけだった。両脚をやられていたら、完全にお手上げだ。でも、片脚なら、まだやりようがある。
カウンターテーブルの上に乗っかってから、ズルリと滑り落ちるように、その内側へと移動した。床に接地した途端、飛び散っているガラス片が腕や背中に刺さり、思わずルカスは苦痛の呻き声を上げた。でも、ここへ移動したかった。
右手には、先ほど拾い上げたワイシャツがある。アレクセイの遺体回収班が、ルカスがそれをいつの間にか握っていることに注意を払わなかったのは、幸運だった。もし見とがめられて、ワイシャツを奪われていたら、打つ手なしになっていた。
アレクセイとの戦いで、バーブースの奥の酒棚へ投げ飛ばされ、棚や瓶がまとめて壊れていた。それらの破片が床に散らばっている。
その内の、棚板を、ルカスは拾い上げた。
ついている。使えそうな棚板の欠片は二枚ある。ルカスは折れている右脚を挟み込むように、棚板を二枚あてがい、ワイシャツで縛った。簡易的な添え木として利用したのである。
ふと見ると、ウォッカのボトルが、丸ごと無事な状態で床に落ちている。
激闘を繰り広げたアレクセイの魂に捧げるつもりで、ボトルの蓋を開け、グイッと一気に仰いだ。喉が焼けるようなアルコールの刺激を感じつつ、それにより気分を高め、骨折した脚の痛みも緩和させる。
「……ふう」
ウォッカのボトルを三分の一ほど空けたところで、ルカスは立ち上がった。
バーカウンターを乗り越え、よろめきながら、右脚の痛みに耐えつつ、フロアの反対側にあるステージへと向かっていく。
歌手のためか、司会者のためか、ステージの上にはマイクとスタンドがある。欲しいのは、スタンドのほうだ。
何とかステージに辿り着いたところで、スタンドを掴む。そのままでは使いづらいので、上下を逆さまにした。設置用の円盤状の板を外す。これで、スチール製の棒部分だけが手に入った。
すなわち、杖代わりになるものを手に入れた、ということである。
スチール棒を右手に杖として持ち、それを支えにして、ゆっくりと歩き出す。さっきよりは遙かに歩きやすい。
ここから先は、時間との勝負だ。
まさにミッション・インポッシブル。
かつて所属していたヤークト・コマンドのボスから出された指令は「闇トーナメントを主催する組織の潜入調査をせよ」の一点だけだった。でも、そこには、様々な意味が込められている。相手組織の正体を探り当てたところで、その情報をルカスが抱え込んだまま死んでしまったら、意味が無い。
たとえ死んでも、情報を祖国へ送り届ける。
もし必要と判断したら、相手組織を壊滅させる。
そこまでやったところで、初めてミッション成功と言える。
幸いなことに、奴らは自分をずっと放置している。どこへ逃げようとも構わない、ということだろう。トーナメントの試合、自分の出番が来たら、強制的に見つけられて、拉致されるに違いない。そして、殺し合いをさせられるのだ。
それが連中の致命的な隙だ。
ルカスが国の密命を受けて、潜入調査に入ってきていることに、気付いているのか、気付いていないのか。知っていて泳がせているのか、本当に何も知らないのか。
何でもいい。余裕をこいているのなら、こちらにとっては好都合だ。
(さーて、まずはどこから調べるかね)
とりあえずこのフロアには何も情報が無さそうだから、移動する。
手すりと杖を使いながら、階段をのぼり、上のフロアへと移ったところで、ひと息つく。神経を研ぎ澄ませるが、気配は何も感じ取れない。
再び動き出す前に、もう一度考えてみる。
傭兵を雇っているということは、この船内に守るべき対象が何かある、ということだ。ただ敗死者の遺体を回収するだけなら、傭兵まで用意する必要は無い。
ルカスの嗅覚が、この船に隠された秘密を探り当てようとしている。
間違いない。船内にVIPがいる。
予選会場はカメラが設置されていて、オンラインで遠隔地から観戦している者達がいた様子だった。この豪華客船でも同じ仕掛けがあるようで、ダンスフロアの天井に三箇所カメラがついているけれども、ここに限っては遠隔地だけとは限らないようだ。
あえて間近で生死を賭けた空気を感じ取りながら、観戦したいという酔狂な者達もいるはず。そういった連中が、VIPとして、この船に乗っている。傭兵は、そういった者達を守るために用意されたのだろう。
(あとは主催者サイドだな)
VIP達だけでなく、もしも主催者連中もいかれた奴らなら、同じ船に乗っていることだろう。
その可能性は、五分五分といったところか。
(傭兵どもやVIPどもは、この闇トーナメントの情報以上のものを持っていないだろうから、出来ることなら主催者サイドを一人くらい尋問できれば、最高なんだが)
とりあえず、ズボンのポケットから、煙草とライターを出す。
ああ、そういや、アレクセイとの勝負でライターを使っても良かったかな……と思いつつ、煙草に火をつけ、一服する。
「ったく、面倒なことに巻き込まれたぜ」
これが人生最後の一服になるかもしれない、と感じながら、噛み締めるように煙草をしみじみと味わっていた。




