第12話 第二試合
「本当に死んだ……⁉」
百合がそう呟くのと、
「本当に殺しやがった……!」
草薙がそう吐き捨てるように言うのは、ほぼ同時であった。
予選会場では、少なくとも命を落とした者はいなかった様子である。大怪我を負った者はいても、死に至るまでの致命傷には至らなかったのだろう。
しかし、この本戦第一回戦はまったく別次元の戦いとなった。
「はーい、皆さん♪ 今さらビビったりしてませんよね?」
ニコニコ顔でアリスは赤い絨毯の上を歩いてきて、ステージ上にいる14人の闘士達の前に来ると、腰をくねらせながら、胸の谷間を強調してきた。
なぜわざわざそんな動きをしているのか、と全員が不思議に思って注目していると、不意に、アリスのバニースーツと胸の間から、複数枚のカードがせり上がってきた。それらをアリスは抜き出し、両手で持つと、全員の前でバッと広げて見せた。どうやら、14枚あるようだ。
「二回戦目は、このカードを引いて、組み合わせを決めます♪」
「ちょ、ちょっと待って! 待ってってば!」
早くも次の試合へ移行しようとしているアリスを、慌てて百合は止めた。
「まず、あの大怪我負ったルカスさんをどうにかしなさいよ! アレクセイは無理でも、あっちは助けられるでしょ!」
「最初に言ったはずですよ」
口の端が切れんばかりに、口元を歪ませて、アリスはニィィと残虐な笑みを浮かべた。
「治療は一切しない、って」
「あんた、それでも同じ人間なの⁉」
この場において、まっとうなことを訴えているのは、百合だけだった。
草薙は「よせ」と止めに入ってきた。そのことが信じられない、と言わんばかりに、百合は目を見開く。
「あなたって、そんなこと言う人だった⁉ なんで止めないの⁉」
「それがルールだからだ」
「ルールって……! 法律ってものがあるでしょ!」
「ガキじゃねーんだ。最初から運営はしっかり説明していただろ。命を懸ける戦いだって。このタイミングで文句を言うのは筋違いだ」
「そういう問題じゃないってば!」
いつしか百合の目には涙が浮かんでいた。
草薙としても、彼女の気持ちがわからないわけでもない。アレクセイは予選の場で、百合を助けていた。百合が好印象を抱いていたとしてもおかしくはない。
それに、草薙自身、プロレス観戦自体大好きなので、密かにアレクセイが勝ってほしいと思っていた。けれども、最後に勝利を収めたのは、元軍人であるルカスのほうだった。当然の結末であるかもしれない。ルールは、戦闘不能に追いやること。ただ、それだけなのだから、何でもありの勝負になれば、環境を利用して自在に戦えるルカスが有利であったと言えよう。
「はいはーい、そこのお二人? もう喧嘩は終わり? じゃあ、二回戦目の組み合わせを決めるよ」
アリスはそう言うと、突然、14枚のカードを空中に全部放り投げた。そして、目の前に落下してきたカード2枚を、素早く掴み取る。
「第二試合の組み合わせが決まりました!」
左右の手で、1枚ずつカードを持ち、闘士の名前が書かれている面を、14名の方へと向けてきた。
「ヴィディヤット・シンvsエイタン・ベン・ダヴィッド!」
それまで特に目立たずにいた二人が、名指しされた瞬間、急に存在感を増し、奇しくも二人揃って一番後ろに下がっていたところから、ヌルリと不気味な雰囲気を漂わせて、一番前に出てきた。
ヴィディヤット・シン。インド出身の39歳。少し長めの黒髪を後頭部で結んでおり、短めの口髭をたくわえている。その鋭い目つきは、何者も信じていない心を表している。常に口をへの字に結んでおり、これまで、ひと言も無駄口を発していない。浅黒い肌には、ところどころ傷が刻み込まれており、相当な修羅場をくぐり抜けてきたことが伺える。
一方で、エイタン・ベン・ダヴィッド。イスラエル出身の36歳。こちらは元軍人であり、ヴィディヤットと同じように口髭をたくわえているが、髪型は対照的でほぼ坊主に近い形で刈り上げている。同じく元軍人であったルカスはスーツ姿だったが、エイタンは見るからに軍人とわかる、タクティカル・ギア(戦闘服)を着ている。そして、やはり口数少ない。
「会場はどこでやるの? まさか、引き続きここで、とか言わないわよね?」
覆面のルチャドーラ、レディ・ジャガーが、手を上げて、アリスに質問してきた。
「もちろん、場所は変えます♪ さっそく行きましょう! ついてきてください」
そう言うやいなや、アリスはきびすを返して、フロア中央の階段へと移動し出す。それに続いて、ヴィディヤットとエイタン、そして他12名はゾロゾロと歩き始めた。
途中、何人かは、バーカウンターの側で息も絶え絶えに横たわっているルカスへと目を向けた。
(あそこまで消耗、怪我するのは、避けたほうがいいな)
草薙は横目でルカスの状態を観察しながら、そう考えた。決勝戦も含めて四回戦うことになる。最初の戦闘であんな大怪我を負ったら、戦わずして次の一戦は敗北確定である。
階段を上った後、さらに上へ、上へと進んでいき、ついには外へと出た。波と風の音が聞こえてくる。天空には星々が瞬いており、単なる観光目的でこの豪華客船に乗っているのなら夜空を堪能したいところだが、あいにく全員、そんな余裕はない。
豪華客船だけあって、その造りは豪奢だ。外に出てすぐ目の前に現れたのは、無骨な甲板ではなく、ブルーのライトで底面から照らし出されたプールだった。デッキチェアや、DJブース、バーカウンター等が設置されており、見るからに優雅な光景である。
だが、14名の闘士達は確信していた。
次はここが血まみれの戦場になる、と。
「皆さんは椅子にでも座って、くつろぎながら観戦してください♪ あ、でも、巻き添えには注意してくださいね♪」
プールサイドのバーカウンター前までヴィディヤットとエイタンは移動し、そこで向かい合って、お互いに無言で構えた。
他12名は、間もなく戦いが始まることを察知して、プールを挟んで反対側へと移動する。
どちらも「人を殺す」ということに関してはプロフェッショナルの様子だ。静かな殺意を湛えた眼差しを、お互いに向け合いつつ、少しも動じていない。
「Fight!」
アリスが合図をするのと同時に、エイタンは腰を落とした低い体勢になり、そして――ヴィディヤットは、そんなエイタンよりもさらに低い姿勢となった。ほとんど四つん這いに近い状態。
さながら、獲物に飛びかかる前の、猛虎の如き体勢だ。
ゾクリ、と草薙は背筋に冷たいものを感じた。この二回戦目は、下手すると全試合の中で、最もえげつない展開になるかもしれない。エイタンもヴィディヤットも、あまりにも危険すぎる。
エイタンがプロフェッショナルな軍人としての静的な殺意を体現している一方で、ヴィディヤットは獣じみた動的な殺意を体現している。
どちらかが死に、どちらかが生き残る。それは手に取るようにわかる。
問題は、どっちが勝つか、だ。
百戦錬磨の草薙でも、この先の展開はまるで予想がつかなかった。




