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安楽椅子探偵はスパチャで謎を解く ~住所特定班と挑む心霊事件簿~  作者: 伊達ジン


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第53話 幽霊列車の乗客たち

 初夏の気配を感じる、深夜0時。

 私のマンションの最上階キッチンでは、強烈な火力と中華鍋が織りなす激しい打楽器のセッションが繰り広げられていた。


 本日の深夜飯は、炭水化物と脂質の暴力、『極上・特製炒飯と羽根つき餃子』だ。

 十分に熱した鉄鍋にラードを溶かし入れ、溶き卵を流し込む。卵がふわりと膨らんだ瞬間に、あらかじめ硬めに炊いておいた米を投入し、お玉の背で素早く叩くようにほぐしていく。具材は、自家製の豚バラチャーシューの角切りと、白ネギのみ。強火で一気に煽り、米粒一つ一つをラードと卵の膜でコーティングする。鍋肌から特製の焦がし醤油を回し入れ、香ばしさを極限まで立たせたら完成だ。


 隣のフライパンでは、手包みの餃子が良い音を立てている。

 豚挽き肉にたっぷりのキャベツとニラ、生姜を練り込んだ餡。熱湯を注いで蒸し焼きにし、水分が飛んだ絶妙なタイミングで水溶き片栗粉を流し込む。パチパチと音が変わり、周囲に美しい網目状の「羽根」が形成されていく。


 これに合わせるのは、すりおろしたレンコンでとろみをつけ、さらに薄切りのレンコンを加えてシャキシャキとした食感のコントラストを持たせた味噌汁。箸休めには、秋田名物の燻り沢庵だ。

 そしてペアリングの飲料は、凍る直前まで冷やした強炭酸水に、黒烏龍茶の濃縮エキスと少量の花椒シロップを加えた『特製スパイシー烏龍ソーダ』。花椒の痺れるような香りが、中華の油を鮮やかに切り裂き、深夜の脳をクリアに覚醒させてくれる。


 完璧な深夜の町中華セットをダイニングテーブルに並べ、私は椅子に腰を下ろした。

 足元では、チャイがラードと肉の焼ける匂いに釣られて、私のスリッパの横でお座りをしている。


 「僕のご飯は?」と言わんばかりに首を傾げ、濡れた鼻をヒクヒクさせている。


「……お前には、味付けなしの豚赤身肉のボイルだ」


 私が専用の器に肉を入れると、チャイはハフッ! と勢いよく食らいついた。最近は食べるスピードが一段と増し、あっという間に平らげては、口の周りをペロリと舐めている。


 私も炒飯をレンゲですくい、口に運んだ。

 パラパラとした米粒が口の中でほどけ、チャーシューの濃厚な旨味が広がる。すかさず羽根つき餃子を黒酢でいただき、スパイシーな烏龍ソーダを流し込む。

 この誰にも邪魔されない時間こそが、私の求める真の平穏なのだ。


 ブーッ、ブーッ。


 テーブルの上に置いていたスマートフォンのバイブレーションが、静寂を無情にも破壊した。

 着信画面には純の文字。

 私はレンゲを置き、深いため息をつきながら通話ボタンを押した。


「……こんな深夜に何の用だ。僕は今、完璧な町中華の余韻に浸っているんだが」


『Qちゃん! たすけて! 電車が止まらないの!』


 スピーカーから飛び込んできた純の悲痛な叫び声と、ガタンゴトンという激しい走行音に、私は眉をひそめた。


「電車が止まらない? どういうことだ。今はもう終電の時間は過ぎているはずだが」


『郊外の廃村ロケが長引いて、駅に着いたら改札が閉まりかけてたの! でも、ホームの端に古い車両が停まってて、ドアが半開きになってたから、てっきり遅れてる臨時終電かと思ってツッキーと飛び乗ったんだけど……』


 純の声は焦燥で震えている。


『車内に私たち以外誰もいないの! しかも、さっきから途中の駅をものすごいスピードで通過してて……アナウンスも何もないし! これ、またタナトスの残党か何かの罠じゃないの!? どこかのヤバい施設に拉致されるわ!』


「落ち着け。まだテロだと決まったわけじゃない」


 私はPCを立ち上げ、デュアルモニターに切り替えた。


「月子、カメラを回して車内を映せ。裏回線で配信を繋ぐぞ」


『了解ッス!』


 月子の頼もしい声と共に、私のモニターに薄暗い車内の映像が送られてきた。

 確かに、蛍光灯は薄暗く点滅しており、シートは色褪せている。

 私はすぐさま限定公開の枠を開き、深夜に活動している特定班のリスナーたちを招集した。


「特定班。純たちが乗った列車の現在地と、路線の特定を頼む」


 深夜にもかかわらず、コメント欄は瞬時に活気づいた。


『拉致!? ガチでヤバいんじゃねえの?』

『窓の外、真っ暗だぞ。トンネルの中か?』

『またデカ美の出番か』


「ナオミ、起きているか」


 私は別回線で、ナオミに連絡を入れた。


『ちょうど新しいトラックの編集中よ。……何、この耳障りなノイズは?』


 ヘッドフォン越しに、ナオミが怪訝そうな声を出す。


「純たちが乗っている列車の走行音だ。解析してくれ」


『ちょっと待ってね……。低音域をブーストして、ノイズキャンセリングをかけるわ』


 数秒後、ナオミの鋭い声が響いた。


『Q、この音おかしいわ。モーターの音がすごく古臭いのよ。最近の電車の音じゃない。それに、走ってる時のガタンゴトンってリズムが変に短くて不規則だわ。ちゃんとした線路を走ってる音とは思えない』


「古いモーター音に、不規則で短いジョイント音……。保線状態の悪い、本線以外のレールか」


 私はキーボードを弾き、関東近郊の鉄道路線のデータベースと、車両運用情報をスクレイピングで片っ端から検索し始めた。

 コメント欄の特定班たちからも、情報が上がり始める。


『ん? 今の窓の反射……一瞬だけど、壁のタイルの模様が見えた!』

『コントラスト弄ってみた。このタイルの貼り方、旧・帝都急行線の古い規格の地下トンネルじゃね?』

『でもあの車両、シートの柄からして7000系の廃車モデルだぞ。とっくに引退してるはず』


「……見えてきたぞ」


 私は複数の情報を頭の中で統合し、一つの結論を導き出した。


「純、月子。君たちが乗っているのは罠じゃない。……深夜に行われている、廃車予定の車両を牽引して解体ヤードへ運ぶ『回送列車』だ」


『えっ……?』


 純がポカンとする。


「たまたま清掃か点検のためにドアが半開きになっていた廃車予定の車両に、君たちが終電と勘違いして勝手に乗り込んでしまったんだ。先頭に連結された保線用の無人モーターカーが、自動制御でこの車両を牽引しているはずだ」


『じゃ、じゃあ、拉致じゃないのね……』


「ああ。郊外の地下にある、古い車両の解体ヤードへ向かっているだけだ。だが、問題はある」


 私はモニターに、地下の路線図を展開した。


「解体ヤードへの引き込み線は、普段使われていない古いレールだ。このままの速度で進めば、ヤードの終端にある車止めに激突するか、最悪の場合、脱線する可能性がある」


『う、嘘でしょ!? Qちゃん、止めてよ!!』


 純が半狂乱になって叫ぶ。


「今、交通局の運行管理システムに侵入して停止信号を送ろうとしているが、古いアナログシステムだ。外部からの直接介入が弾かれている」


 私は舌打ちをした。サイバー空間からのアプローチに時間がかかりすぎる。


「物理で止めるしかない。月子、先頭車両へ向かえ! 運転台へのドアをこじ開けろ!」


『了解ッス! 先輩、走りますよ!』


 月子が純の手を引き、揺れる車内を猛ダッシュで進んでいく。

 最後尾から先頭車両まで、ジンバルカメラの映像が激しく揺れる。

 やがて、運転台へと続くドアの前にたどり着いた。


『店長! ドア、鍵がかかってます!』


「構うな、木刀でガラスを割って内鍵を開けろ!」


『物理で失礼しまァァァす!!』


 月子が木刀の柄で、ドアの強化ガラスを渾身の力で叩き割る。ガシャァァン!という音と共にガラスが砕け散り、彼女は手を突っ込んで内側のロックを解除した。


 運転台に飛び込むと、私の予想通り、そこには運転手の姿はなかった。

 窓の外には、暗く果てしないトンネルが続いている。


「月子! 計器盤の上に、赤いキノコ型のボタンがあるはずだ。緊急停止ボタンだ。それを押せ!」


『これですね! ……って、カバーにアクリル板が被さってて南京錠がかかってます!』


「ええい、面倒くさい! それも叩き割れ!」


『ラジャッス!』


 ガンッ! と木刀がアクリル板を粉砕する。

 月子は迷うことなく、その下にあった赤いボタンを強く押し込んだ。


 キィィィィィィィィン!!


 車内に、鼓膜を破るような激しいスキール音が響き渡った。

 車輪とレールが摩擦で火花を散らし、猛烈なGが二人を襲う。


『キャアアアアアアッ!!』


 純の絶叫がマイクを突き抜ける。


 ガシャン、ゴトッ、シューーー……。

 長い制動距離を経て、列車は完全に停止した。


『……と、止まった……』


 純が床にへたり込み、荒い息を吐いている。


「怪我はないか」


『はい、なんとか……。店長、ここどこですか?』


 月子がカメラを窓の外に向ける。

 そこは、埃まみれの薄暗い巨大な地下空間だった。錆びた線路が何本も並んでいる。


「……GPSの座標を確認した。奥多摩方面へ抜ける、旧第4地下車両基地の端だ。車止めまであと数十メートルだったな。間一髪だ」


 私は深く息を吐き、キーボードから手を離した。


「朝になれば職員が点検に来る。それまでそこで大人しくしていろ。……不法侵入で大目玉を食らうだろうが、命があるだけマシだと思え」


『うぅ……もう絶対に、終電ギリギリの電車には乗らない……』


 純が泣きべそをかきながら呟いた。


 コメント欄は『お疲れ様』『神回避』『ツッキーの物理突破強すぎ』と、安堵の言葉で溢れかえっていた。


「……ナオミ、特定班。深夜のサポート感謝する」


 私はインカムを切り、冷めきった炒飯の皿を引き寄せた。


 ラードは少し固まりかけていたが、米粒のパラパラ感は失われておらず、自家製チャーシューの旨味はしっかりと主張していた。餃子も冷めてはいたが、羽根のパリッとした食感は健在だ。レンコンの味噌汁を一口飲むと、根菜の優しい甘みが疲れた胃袋に染み渡った。


「……ワフ」


 足元を見ると、チャイはすでにお腹いっぱいになったのか、自分のベッドで丸くなり、小さなイビキをかいて熟睡していた。


 私は誰もいないリビングで静かに食事を進めながら、スパイシー烏龍ソーダの残りを一気に飲み干した。

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