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安楽椅子探偵はスパチャで謎を解く ~住所特定班と挑む心霊事件簿~  作者: 伊達ジン


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第46話 クライマックス:配信越しの説得

 東京タワー地下、特別高圧変電施設跡。

 巨大なサーバー群が発していた重低音のハムノイズは完全に消え去り、そこには耳鳴りがするほどの静寂が降りていた。

 インフラ破壊用マルウェアの起動プロセスは、文字通り「沈黙」をもってその終焉を告げている。


「……はぁっ」


 純が、自撮り棒を握りしめたまま、極度の緊張から解放されたように大きく息を吐き出した。

 月子も木刀の切先をゆっくりと下げ、深美とPMCのオペレーターたちは、無力化された武装兵たちを横目に、部屋の中央へ油断なく銃口を向けている。


 無数のLEDが消え、暗く冷たくなったサーバー群の中心。

 車椅子の男――『神の眼』の支配者が、信じられないというように力なく項垂れていた。

 顔の半分を覆う金属プレートが、非常灯の赤い光を鈍く反射している。


『……馬鹿な。私が……あんな引きこもりの探偵と、素人の集まりに負けただと……!?』


「当たり前でしょ。こっちには世界一の頭脳と、数万人の仲間がついてるのよ。あんたの悪ふざけはこれで終わり」


 純が、真っ直ぐに男を睨みつけて言い放った。

 その声に反応するように、男はゆっくりと顔を上げた。


『……悪ふざけ、だと?』


 男の声は、先ほどまでの激昂とは打って変わり、不気味なほど低く、ひび割れていた。


『システムを一時的に止めたくらいで、勝利したつもりか。これは救済だ。君たちのような愚かな大衆は、自由を与えられれば互いに傷つけ合い、欺き合い、秩序を乱す。だから、絶対的な監視者である「神の眼」が必要だったのだ。私の監視と統制がなければ、この世界は腐敗し、自滅する運命にある』


「ふざけるな」


 深美が鋭い声で一喝した。


「それは独裁者の妄言だ。他人のプライバシーを暴き、インフラを人質に取ることが救済だと? 己の犯罪を正当化するな」


『凡人には理解できないだろうね。大義のための犠牲というものが。私は、この愚かな世界を正す「神」として……』


「大義だと? 笑わせるな」


 男の言葉を遮ったのは、冷ややかな声だった。

 声の主は純でも深美でもない。

 純が差し込んだドングルを経由して、敵の『メインコンソールのスピーカー』から、システムを掌握した私の声が直接響き渡ったのだ。


 私は今、安楽椅子に座っているわけではない。

 芝公園のヘリポート。着陸したばかりのヘリコプターの真横で、秋の冷たい夜風に吹かれながら、ボンネットの上に置いたノートPCの画面を睨みつけていた。

 強烈なローターの風圧の余韻と、都心の排気ガスの匂いが鼻を突く。外界の過酷な環境に晒されながらも、事前に胃に叩き込んだ高濃度カフェインとスパイスの劇薬が、私の意識を極限までクリアに保っていた。


「お前が高尚な思想だと思っているものは、単なる個人的なルサンチマンと、肥大化した承認欲求の成れの果てに過ぎない」


『……なんだと?』


 コンソールの向こうで、男の目が険しくなるのが、純のカメラ映像越しに見て取れた。


「お前が構築した『神の眼』のソースコード。そしてインフラを破壊しようとしたマルウェア。どれも確かに天才的な技術だ。……だが、お前の書くコードには、ある致命的な『癖』がある」


 私は冷風で悴みそうになる指先を正確に動かし、男のプログラムの解析結果を突きつけた。


「必ず『製作者の存在を誇示するシグネチャ』が、過剰なまでに組み込まれていることだ。本気で完全な監視システムを作りたいのなら、そんな自己顕示のコードはノイズでしかない。邪魔なだけだ」


『……っ!』


「本当のテロリストなら、完全に身を隠す。だがお前は、わざわざ純たちの映像をトップページにさらし、僕を名指しで挑発した。自分の技術の凄さを、誰かに見せつけずにはいられなかったからだ」


 私は無慈悲に言葉を叩きつける。


「お前は、神になりたかったわけじゃない。世界中に『俺はここにいる、俺の頭脳を見ろ』と叫びたかっただけだ。……過去に社会から見捨てられ、評価されなかった『ただの孤独な男』の、惨めな自己顕示欲だよ」


 男の顔から、「超越者」としての余裕が完全に剥がれ落ちた。

 金属プレートで覆われた顔の半分が、怒りと屈辱でピクピクと引き攣っている。


「その火傷の痕。過去に何らかの事故で社会から断絶されたのか? 理由は知らないが、お前がやっていることは、注目されたくて他人の迷惑動画をネットに上げる素人と同じだ。スケールが大きくなっただけの話だ」


『黙れ……! 黙れ黙れ黙れ!!』


 男が車椅子の上で激しく身を捩った。


『私の知能を、私の神聖な目的を、お前のような引きこもりのクズや、そこらの愚民どもと同列に語るなァッ!!』


「分かるさ。僕も同じ『引きこもり』だからな」


 私はヘリポートの冷たい空気を肺に吸い込み、淡々と答えた。


「だが、僕は自分の欲求に忠実なだけだ。美味しいものを食べ、静かに暮らし、愛犬を撫でる。そのために探偵をやっている。……お前のように、コンプレックスを大義名分で取り繕ったりはしない」


「そうですよ!」


 地下の映像の中で、月子が木刀を握り直し、大きく通る声で言った。


「美味しいお肉を食べたいとか、そういう素直な理由で動いてる人の方が、ずっと信用できます! あんたの理屈は、お腹が空いてないのに無理やりご飯を口に突っ込んでくるみたいで気持ち悪いです!」


 月子のその言葉を聞いて、私はヘリの横で思わず微かに口角を上げた。


 彼女の行動原理は極めてシンプルで、強靭だ。

 人間は、プログラムされた通りに動くシステムの部品ではない。自らの欲求と意志で動くからこそ、時に予測不可能な力を発揮する。独善的な論理で世界を縛ろうとする男の妄言など、彼女の圧倒的な生命力の前では紙切れ同然だった。


「あんたの身勝手な自己満足で、これ以上関係ない人たちを巻き込まないでよ。……あんたの負けよ」


 純も深く頷き、男を真っ直ぐに指差した。


『……ッ!!』


 男の喉から、獣のような低い唸り声が漏れた。

 論理を突き崩され、自己を正当化できなくなった人間の、最後の足掻き。


『私を……否定するな……! 私の世界を、壊させるものか……!』


 男の右手が、車椅子の肘掛けの裏側に素早く伸びた。

 何らかの隠しスイッチか、あるいは物理的な起爆装置。


「動くな!!」


 深美が鋭く叫び、即座に銃口を男の額にピタリと合わせた。

 PMCのオペレーターたちも一斉に安全装置を外し、射撃体勢に入る。

 圧倒的な殺気が、地下室の空気をピンと張り詰めさせた。


『せめてお前たちだけでも、私の最後の「作品」の巻き添えにしてやる……!』


 男の震える指に力がこもる。

 深美の指が、迷いなく引き金にかかった。


「……やめろ」


 静かに、しかし絶対的な冷気を伴った私の声が、コンソールのスピーカーから地下室を支配した。


「お前がそのスイッチを押せば、僕が仕込んだプログラムが連動して、世界中のダークウェブの掲示板にお前の『過去のカルテ』と『本名』、そしてお前がかつて書き込んでいた『ポエムのような日記』を一斉送信する仕組みになっている。お前の崇高な神の偶像は、明日の朝にはネットの嘲笑の的だ」


『なっ……!?』


「スイッチから手を離せ。みっともない真似はするな」


 男の手が、空中でピタリと止まった。

 その顔に浮かんでいた狂気は、自らのすべてが「丸裸」にされるという究極の恐怖によって、完全に塗りつぶされていた。

 彼はゆっくりと、本当にゆっくりと、肘掛けの裏から手を離し、力なく膝の上に落とした。


 カチャリ、と深美が手錠を外し、男の背後に回る。

 抵抗の意志すら見せない男の両手に、冷たい金属の輪が嵌められた。


 私はノートPCをパタンと閉じ、ふう、と長く、深く息を吐き出した。

 ヘリポートの強い風が、私の火照った体を冷ましていく。

 見上げれば、東京タワーの赤と白のライトアップが、夜空に向かって誇り高く輝いていた。

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