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安楽椅子探偵はスパチャで謎を解く ~住所特定班と挑む心霊事件簿~  作者: 伊達ジン


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第23話 偽Q現る

 午後1時。

 私の安息の地であるマンションの最上階リビングは、アフリカ大陸の情熱的な香りに支配されていた。


「……焦げ目と香りのバランス。完璧だ」


 私はオーブンの扉を開け、熱気とともに噴き出すスパイシーな煙を胸いっぱいに吸い込んだ。

 天板の上でパチパチと音を立てているのは、本日のメインディッシュ『特製ピリピリチキン』だ。

 ポルトガル発祥、アフリカ南部で独自の進化を遂げたこのローストチキンは、マリネ液が命である。

 アフリカ産の猛烈な辛味を持つ唐辛子「バードアイチリ」をベースに、たっぷりのニンニク、フレッシュなレモン果汁、スモークパプリカパウダー、オレガノ、そして上質なオリーブオイル。これらをミキサーにかけて真っ赤なペースト状の「ピリピリソース」を作る。

 そこに、骨付きの国産鶏もも肉を丸一日漬け込み、オーブンで皮がパリッとするまで高温で焼き上げるのだ。

 レモンの酸味と、唐辛子の暴力的な辛さ。それが鶏肉の脂と混ざり合い、強烈な食欲を刺激する。


 そして、この業火のような辛さを迎え撃つためのペアリングは、冷たいビールでも甘い紅茶でもない。


 『スイカのフルーツポンチ』だ。


 よく冷やした小玉スイカを半分に切り、中身をディッシャーで丸くくり抜く。空になったスイカの皮を器に見立て、くり抜いたスイカの果肉、ブルーベリー、キウイ、パイナップルを山盛りにする。

 そこにフレッシュミントの葉を散らし、強炭酸水と少量のライムシロップを注ぎ込む。

 シュワシュワと弾ける気泡と、フルーツの鮮やかな色彩。ピリピリチキンの熱と辛さを、スイカの瑞々しい甘さと炭酸が瞬時に鎮火し、無限のループを生み出す至高の組み合わせだ。


「よし、ランチの準備は整った」


 私がダイニングテーブルに料理を並べ終えた、まさにそのタイミングで、いつものようにロックを解除して上がり込んできた二人がいた。


「うわぁぁぁ! 何このいい匂い! しかもスイカ丸ごと! 店長、夏先取りですね!」


 中野月子が、前回の山林捜索の疲れなど微塵も感じさせない元気な声でキッチンに突撃してきた。


「ちょっとツッキー、押さないでよ! ……あー、でも本当に美味しそう。今日のQちゃんのご飯、映えるわね」


 岡本純もスマホを構えながら続く。

 私の足元では、生後3ヶ月を迎えた柴犬のチャイが「僕も! 食べたい!」と短い尻尾をちぎれんばかりに振りながら、私のスリッパに前足をかけて背伸びをしていた。


「お前たちには毒だ。……チャイ、お前には冷やしたヤギミルクと茹でたササミだ」


 私がチャイ専用の皿を用意してやると、チャイは「ハフッ、チャプチャプ」と嬉しそうな音を立てて食事を始めた。


「さあ、食え。冷めないうちにな」


「「いただきます!」」


 純と月子がピリピリチキンに齧り付く。


「んんんっ! 辛っ! でも美味い! なにこれ、レモンの酸味が絶妙!」

「お肉がホロホロです! 辛い! スイカのポンチがオアシスです!」


 二人が汗をかきながらチキンとスイカを交互に貪る姿を見ながら、私も優雅にフォークを動かしていた。

 平穏な休日。美味しい食事。

 このまま何も起きなければ、最高の一日になるはずだった。


 ピコン。


 純のスマホが、通知音を鳴らした。

 チキンを食べていた純が、何気なく画面に目を落とす。


「……ん? 何これ。特定班のリスナーからDMがいっぱい来てる……」


 純は眉をひそめ、スマホの画面をスワイプした。

 次の瞬間、彼女の顔からサッと血の気が引いた。


「Qちゃん……あんた、私たちに黙って、別のアカウントで『投資配信』なんてやってるの!?」


「……は?」


 私はフォークを止め、怪訝な顔をした。

 純が私の目の前にスマホを突き出す。


 画面には、YouTubeのライブ配信が映し出されていた。

 タイトルは『安楽椅子探偵Qの裏の顔。確実な資産形成メソッドを特別公開』。

 同接数はすでに3000人を超えている。

 画面には、私が普段使っている「椅子に座った黒いシルエット」と全く同じアバターが表示され、ボイスチェンジャーを通した低い声が流れていた。


『……ふむ。リスナー諸君。僕の頭脳を使えば、月利30%は確実だ。謎解きなどという小銭稼ぎではなく、ハッキング技術を用いた暗号資産のアービトラージで、君たちに真の富をもたらそう』


 低く、気だるげな喋り方。

 確かに私の配信スタイルを模倣している。


「店長、いつの間に詐欺師になったんですか!?」


 月子が驚いた顔をする。


「僕がそんな面倒くさいことをするはずがないだろう。……これは僕を騙る偽物だ」


 私はため息をつき、スイカのポンチを一口飲んだ。


「でもQちゃん! コメント欄見てよ! 私たちのリスナーが何人か騙されて、赤いスパチャ投げちゃってるわよ!」


『Q様が言うなら間違いない』

『コンサル料払います!』

『情報商材のリンクどこですか?』


 純の言う通り、私のブランドを盲信している一部のリスナーが、まんまと騙されているようだ。

 

「すぐセシリアに連絡して、配信を停止させないと!」


 純が慌てて電話をかけようとする。


「待て、純」


 私は純の手を制した。


「そんな手続きを踏む時間はもったいない。……それに、僕の知能を騙り、僕のリスナーから金を巻き上げようとする愚か者は、法で裁くよりも前に、僕自身が直接『教育』してやる必要がある」


 私は自身のハイスペックPCを起動し、デュアルモニターに偽物の配信画面と、解析ツールを立ち上げた。


「純、お前の本チャンネルで緊急配信を始めろ。タイトルは『偽物Q、公開処刑のお知らせ』だ。……今から僕が、そいつの配信に直接凸を仕掛ける」


 10分後。

 純の緊急配信がスタートし、瞬く間に数万人の『本物の特定班』が集結した。


『えー、みんな聞いて! 今、別枠でやってる投資配信のQちゃんは、真っ赤な偽物です! これから本物のQちゃんが、あいつをボコボコにします!』


 純の宣言と共に、私は偽物の配信のコメント欄に「本物」として降臨し、通話リンクを送りつけた。

 偽物は一瞬戸惑ったようだが、逆に私を「偽物」として晒し上げようと考えたのか、通話を繋いできた。


『……ふむ。僕の偽物が現れたと聞いて通話を繋いだが。君、僕のカリスマ性に嫉妬してこんなイタズラをしているのか?』


 偽Qが、私の真似をした気だるげな声で煽ってくる。


『草』

『どっちが本物?』

『声は似てるな』


 両方の配信を見ているリスナーたちがざわつく。


「……ふっ」


 私は自室の最高級コンデンサーマイクに向かって、冷ややかに笑いかけた。

 設定の甘いボイスチェンジャーと、私がナオミ・セント・ジェームズに叩き込まれた「完璧なイコライジング」を経た声。その音質の差は歴然だった。


「僕のカリスマ性に嫉妬、か。……笑わせるなよ、三流。君のその貧困な語彙力と破綻した論理を聞いていると、僕の脳細胞が腐りそうになる」


『な、なんだと!? 僕を誰だと思っている! 天才ハッカーのQだぞ!』


「なら、その天才的な頭脳にいくつか質問してやろう。……君は先ほど『ハッキングで暗号資産のブロックチェーンを書き換えて利益を得る』と言ったな?」


『あ、ああ、そうだ! 僕の技術なら造作もない!』


 私は嘲笑した。


「ブロックチェーンの改ざんには、ネットワーク全体の計算能力の過半数を支配する『51%攻撃』が必要だ。一個人のハッカーのPCで可能な計算量じゃない。国家規模のスーパーコンピューターでも不可能に近い。……そんな基本的な知識も欠落しているのか?」


『う、うるさい! それは君のような凡人には理解できない、特別なアービトラージのプログラムで……!』


「アービトラージにハッキングは関係ない。取引所間の価格差を利用するだけの単純なアルゴリズムだ。……専門用語を並べれば素人を騙せると思ったか? 底が浅すぎる」


 偽物の言葉に焦りが混じり始める。


『……チッ、屁理屈を! どっちが本物かは、結果が証明する!』


「結果? ああ、そうだな。……なら、探偵らしく、君の『正体』をここで証明してやろう」


 私はキーボードを弾き、ナオミの真似事ではあるが、偽物の配信から流れる「環境音」の周波数を抽出し、増幅させた。


「君は僕を騙るために、僕と同じように『防音の効いた高級マンションの最上階』にいる設定だろう? だが、君の配信にはノイズが多すぎる」


『な、何を言っている! ここは完全防音の……』


「まず第一に。……君がさっきからカチカチと鳴らしているそのタイピング音。それはメンブレン方式の安物のキーボードだ。本物の僕は、長時間のコーディングに耐えうる静電容量無接点方式しか使わない」


『……っ!』


「第二に。……君の配信の裏で、微かに『夕焼け小焼け』の防災無線チャイムが聞こえた。だが、僕の住む都心部ではそのメロディは流れない。その音階と、鳴ったタイミングから推測するに……君がいるのは、埼玉県〇〇市の住宅街だ」


『えっ……?』


 純と月子が息を呑む。

 特定班のコメント欄も爆発的に加速する。


『埼玉www』

『特定早すぎワロタ』

『公開処刑の始まりだ』


「第三に。……君の部屋は、防音マンションどころか、木造アパートか実家の一室だな。時折、下の階から引き戸を乱暴に閉める音が、建物の骨組みを伝ってマイクに拾われている」


『や、やめろ……!』


 偽Qのボイスチェンジャーが、焦りでハウリングを起こし始めた。


「そして極めつけは……これだ。特定班、今の音声をノイズ除去して聞いてみろ」


 私が特定の周波数をブーストすると、偽物のマイクが拾ってしまった「致命的な音声」が、数万人のリスナーの耳に届けられた。


『タカシぃー! ご飯できたわよー! いつまでパソコンに向かってんの! 早く降りてきなさい!』


 ……初老の女性の、よく通る声だった。


 数秒の静寂。

 そして。


『タカシwwwww』

『お母さんwwww』

『実家の子ども部屋wwww』

『投資家(子ども部屋おじさん)』

タカシ

『腹痛いwwww』


 両方の配信のコメント欄が、草の弾幕で埋め尽くされた。


「……お母さんが呼んでいるぞ、タカシ君」


 私が冷酷にトドメを刺すと、偽物は完全にパニックに陥った。


『あ、あ、ああああっ!! チクショオオオオオッ!!』


 ブツッ!

 偽Qの配信が、強制終了された。

 逃亡だ。


「……ゲームセットね。相変わらず、容赦ないわねQちゃん」


 純が呆れ半分、感心半分で溜息をつく。


「当然だ。僕の知能を騙り、僕の平和な日常の資金源に手を出すなど、万死に値する」


 私がタブレットを閉じると、すでに特定班の手によって「埼玉県〇〇市に住むタカシ」の実家住所や本名が特定され始めていた。


「純、この詐欺未遂の証拠データと、特定班の調査結果をまとめて、原田刑事に送っておけ。……タカシ君には、お母さんの手料理の代わりに、警察の取調室のカツ丼でも食べてもらうとしよう」


「了解! デカ美さん、また仕事増えて怒りそうだけどね!」


 純が楽しそうにスマホを操作する。


「店長、あの偽物、完全にロジックハラスメントでボコボコにされてましたね。ちょっと可哀想なくらいでした」


 月子がスイカのポンチをおかわりしながら笑う。


「僕を騙るなら、もう少し賢くなってから来いという話だ」


 私は冷めたピリピリチキンを口に運んだ。

 冷めてもなお、スパイスの奥深い香りと辛さは失われていない。


「ワフッ! ワフッ!」


 足元では、チャイが「僕ももっと食べたい!」と短い足で飛び跳ねていた。


「……お前は本物だからな。特別にササミをもう一つだけ茹でてやろう」


 私がそう言うと、チャイは嬉しそうに私の足元でゴロンと転がり、無防備なヘソ天ポーズを見せた。


 偽物の詐欺師がどんなに言葉を飾ろうと、この本物の愛らしさには勝てない。

 ネットの海にはびこる悪意を、スパイスと論理で焼き尽くし、私は再び安息のティータイムへと戻るのだった。



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