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安楽椅子探偵はスパチャで謎を解く ~住所特定班と挑む心霊事件簿~  作者: 伊達ジン


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第20話 氷の女帝の休日

 秋の深まりを感じる、日曜日の午後1時。

 私は東京・銀座の裏通りにある、クラシックな純喫茶のベルベットの椅子に深く沈み込んでいた。


「……で。なぜ僕が休日に、君の『スーツの仕立て直し』の付き添いをしなければならないんだ」


 私は冷めたダージリンティーのカップを置き、目の前に座る女性をジロリと睨んだ。

 原田深美。警視庁捜査一課の「氷の女刑事」は、今日は珍しくパンツスーツではなく、淡いグレーのトレンチコートに、上品なボルドーのタートルネックを合わせていた。

 そのプラチナブロンドの髪と、透き通るようなアイスブルーの瞳は、薄暗い喫茶店の中でも発光しているかのように美しい。

 

「か、勘違いするな金子! これは……そう、捜査の一環だ!」


 深美は顔を真っ赤にして、メニュー表で口元を隠しながら早口で弁明した。


「お前のそのプロファイリング能力と観察眼で、被疑者に舐められない『威圧感のあるスーツ』を見立ててもらおうと思っただけだ! 断じて、その、個人的な外出ではない!」


「誰もデートだなんて言っていないが。……だいたい、君のその顔面とオーラだけで、常人は震え上がる。これ以上威圧感を出してどうする気だ」


「なっ……! 褒めているのか貶しているのかどっちだ!」


 深美が柳眉を吊り上げる。

 全く、面倒くさい女だ。昨日の夜、急に「明日、銀座のテーラーに同行しろ。断れば違法電波傍受の件で家宅捜索に入る」と脅され、私は愛するチャイを隣人のエレナに預けて、泣く泣くこのコンクリートジャングルへと引っ張り出されたのだ。


「まあいい。テーラーの予約時間は14時だったな。それまでここで……」


 私が言いかけた時、手元に置いていたタブレットから『ポーン!』という威勢の良い通知音が鳴った。

 岡本純のチャンネルが、ライブ配信を開始した合図だ。


「おい、純たちが配信を始めたぞ。しかも場所は……ここからすぐ近くの銀座のメインストリートだ」


「なんだと? 嫌な予感がするな」


 深美が身を乗り出して画面を覗き込む。彼女の甘い香水の匂いが微かに漂った。


 画面に映し出されたのは、いつも以上に気合の入ったメイクの純と、カメラマンの中野月子。

 そして――。


『えー、みんなこんにちは! JUN様です! 今日はなんと、私たちの頼れるチームの盾、セシリア先生の休日に密着しちゃいまーす!』


 純のハイテンションな紹介と共に、カメラが横にパンした。

 そこに立っていたのは、英国出身の国際弁護士、セシリア・クロスだった。


 彼女は、完璧に仕立てられた純白のセットアップスーツに身を包み、肩には最高級のカシミヤコートをふわりと羽織っていた。手には、彼女のトレードマークとも言える、細身で美しいフォルムの特注アンブレラが握られている。

 銀座の街並みを背景にした彼女は、まるで映画のワンシーンのように圧倒的な「格」を放っていた。


『ふふっ。私のプライベートにどれほどの価値があるのかしらね。まあ、スポンサー集めのためのブランディングだと思えば、悪くないわ』


 セシリアがカメラに向かって優雅に微笑むと、コメント欄は瞬時に沸き立った。


『女帝キター!』

『美しすぎる』

『オーラが違うわ』

『赤スパ(10,000円):セシリア様、今日も踏んでください』


「……相変わらず、カオスなコメント欄だな」


 私はため息をついた。


『さて、まずは時計でも見に行きましょうか。最近、ビジネス用に少しクラシックなモデルが欲しかったの』


 セシリアの先導で、純と月子は銀座の一等地に構える超高級時計店『グラン・ルミエール』へと足を踏み入れた。

 店内は貸し切り状態で、恭しい態度の店長がセシリアをVIPルームへと案内する。


『こちら、パテック・フィリップのヴィンテージモデルになります。お値段は……1,200万円でございます』


『……ゲッ』


 純の素のリアクションがマイクに拾われる。


『そうね、悪くないわ。文字盤の細工が美しいわね。……これ、いただくわ。一括で』


 セシリアはブラックカードをサラリと提示した。


『ええええええええ!?』

『即決!?』

『一千万をスーパーの感覚で買う女』

『これが女帝の財力……』


 コメント欄も純も月子も、完全にドン引きされている。


「……金子。あの女、本当に弁護士か? どこかの国の王族じゃないのか?」


 深美が呆れたようにコーヒーを啜る。


「僕たちのスパチャ収益から20%をピンハネしている結果だよ。……だがまあ、彼女のリーガルディフェンスにはそれだけの価値がある」


 私たちがそんな軽口を叩いていた、その時だった。


 配信の画面外――VIPルームの扉の向こう、つまり1階の売り場の方から、凄まじい破壊音と怒声が響き渡った。


『ガシャアアアアアン!!』

『キャアアアアッ!』

『動くな!! 強盗だ!! 手を挙げろ!!』


「なっ……!?」


 喫茶店にいる私と深美が、同時に息を呑んだ。


 月子のジンバルカメラが瞬時に反応し、VIPルームのガラス越しに1階の様子を映し出す。

 フルフェイスのヘルメットを被った3人組の男たちが、バールと大型のハンマーを振り回し、ショーケースを次々と叩き割っていた。

 最近、都内で頻発している「トケタイ」だ。


『おい! 奥の部屋にも客がいるぞ! 逃がすな!』


 強盗の一人が、純たちに気づいてVIPルームに突進してくる。


『ひぃぃぃっ! 月子! 武器は!?』

『今日は銀座だから木刀持ってきてません!』


 純と月子がパニックに陥る。


「おい、深美! 君の出番だぞ!」


 私はタブレットを深美に突きつけた。


「言われるまでもない! 現場はここから二区画先だ。走れば2分で着く!」


 深美はトレンチコートを翻し、喫茶店の扉を蹴破るような勢いで飛び出していった。

 私はインカムをオンにし、即座に「探偵モード」へと切り替わった。


「特定班、聞こえるか! 銀座4丁目の時計店『グラン・ルミエール』だ。犯人が乗ってきた逃走用の車両が、必ず店の前に停まっているはずだ。周辺のライブカメラをハックして、ナンバーと車種を特定しろ!」


『了解!』

『交差点のカメラ映像抜いた! 白のハイエース、品川ナンバーだ!』

『運転手らしき奴がもう一人乗ってる!』


「よし。……純、月子、聞こえるか! 深美がそっちに向かった。あと2分、時間を稼げ!」


『ムリよQちゃん! あいつらバール持ってるのよ!』


 純の悲鳴が鼓膜を打つ。


 VIPルームの扉が蹴り破られ、ハンマーを持った強盗が乱入してきた。


『おい、お前ら! 持ってる金とスマホを全部出せ! そのカメラもぶっ壊してやる!』


 男が、月子の構えるカメラに向かってハンマーを振り上げた。

 絶体絶命。

 だが、その時。


『……月子、カメラを止めないで。そのまま、私を画角の中央に収めなさい』


 静かで、しかし絶対的な冷気を伴った声が、VIPルームに響いた。


 セシリア・クロスだった。

 彼女は先ほど買ったばかりの1,200万円の時計を左腕にはめ、右手には例の『特注アンブレラ』を携えて、強盗の前に立ちはだかった。


『あ? なんだこの女、死にてえのか!』


 強盗がセシリアに向かってハンマーを振り下ろす。

 その瞬間。


『……品のない殿方ね。私の優雅な休日を台無しにするなんて、万死に値するわ』


 セシリアの身体が、スッとブレた。

 ヒールを履いているとは思えない滑らかなステップ。

 そして、フェンシングのエペの構えから放たれた、目にも留まらぬ速さの一撃。


 ガンッ!!


 カーボンの芯材とチタン製の石突きで作られた特注の傘が、強盗のハンマーを握る右手首の急所を正確に、そして冷酷に貫いた。


『ぎゃあああっ!?』


 骨に響く痛みに、男がハンマーを取り落とす。

 セシリアは流れるような動作で傘を手元に引き戻し、今度はバネ仕掛けのボタンを押した。


 バサッ!!


 黒い傘が、男の目の前で勢いよく開く。

 一瞬の目眩まし。

 男が怯んだ隙を突き、セシリアは閉じた傘の柄の部分で、男の鳩尾を強かに打ち据えた。


『ぐはっ……!』


 巨体の男が、白目を剥いて崩れ落ちる。

 一瞬の出来事だった。


『な、なんだと!? お前ら、このアマやっちまえ!』


 奥から、残りの二人が怒り狂って突っ込んでくる。

 だが、セシリアの顔に焦りはない。彼女のブルーの瞳は、獲物を前にした氷の肉食獣のそれだった。


『フェンシングにおいて、距離のコントロールは命よ。……あなたたち、間合いが甘いわ』


 シュッ、シュッ!

 風を斬る音。

 セシリアの傘が、まるで生き物のように空間を舞う。

 一人目の男の膝の皿を的確に打ち抜き、体勢を崩したところを喉元への鋭い突きで沈める。

 最後の一人がヤケクソになってバールを振り回すが、セシリアは華麗なターンでそれを躱し、男の背後に回り込んだ。

 そして、傘のハンドル部分を男の足首に引っ掛け、鮮やかに転倒させる。


『うわっ!』


 床に倒れ込んだ男の背中に、セシリアはコツン、とピンヒールを乗せた。


『ジミー・チュウのヒールを、あなたたちのような下等な人間の血で汚すわけにはいかないわ。……大人しく寝ていなさい』


 完全制圧。

 VIPルームには、唸り声を上げる3人の強盗と、息一つ乱していない優雅なセシリアだけが立っていた。


『す、すげえ……! リアル・キングスマンだ……!』


 月子がカメラを回しながら震える声で言う。


『セ、セシリアさん……かっこよすぎる……!』


 純が床にへたり込んだまま、目を輝かせた。


 配信のコメント欄は、先程以上の爆発的な盛り上がりを見せていた。


『女帝無双』

『傘強すぎワロタ』

『惚れた』

『SPいらねえじゃん』

『赤スパ(50,000円):最高のショーをありがとう』


「……なるほど。英国淑女の嗜みというやつか。恐ろしい女だ」


 私はタブレットを見つめながら、思わず苦笑した。


 その時、店の入り口から、聞き慣れた凛々しい声が響き渡った。


『警視庁だ!! 武器を捨てて……っ!?』


 息を切らせて駆け込んできた深美は、VIPルームの惨状――ボコボコにされて床に転がる強盗団と、優雅に傘を畳むセシリアの姿を見て、絶句した。


『あら、原田刑事。随分と遅かったのね。……ゴミの掃除なら、もう終わったわよ』


 セシリアが、勝者の余裕で微笑む。


『お、お前……これを一人で……?』


 深美が信じられないという顔でセシリアを見る。


「……お疲れ様、デカ美」


 私はインカム越しに深美に通信を入れた。


「店内の制圧は完了した。ちなみに、店の前に停まっていた逃走用の白のハイエースは、特定班の通報により、先ほど所轄のパトカーが包囲したそうだ」


『……私が走ってきた意味は、あったのか?』


 深美の虚無を含んだ声が、インカムから聞こえてきた。


「あるさ。事後処理という立派な仕事がね。……さあ、僕は冷めた紅茶でも飲み直して、君の帰りを待つとするよ」


『……お前ら、本当にいい加減にしろよ!!』


 深美の怒号が銀座の高級時計店に響き渡り、このカオスな「氷の女帝の休日配信」は、伝説の神回としてネットに刻まれることとなった。


 その日の夕方。

 事後処理を終えた深美が、疲れ果てた顔で私の待つ純喫茶へと戻ってきた。

 私は新しく注文したコーヒーを彼女の前に押しやった。


「お疲れ。強盗団は?」


「……全員、パトカーに押し込んできた。セシリア・クロスには『正当防衛』を完璧に主張され、手出しはできなかったよ」


 深美はドカッと椅子に座り、コーヒーを一気に飲み干した。


「宣伝効果は抜群だったな。彼女の事務所には、今頃護身術の問い合わせが殺到しているだろう」


「笑い事じゃない。……せっかくの非番が、またお前たちのせいで潰れた」


 深美が恨めしそうに私を睨む。

 私は肩をすくめた。


「だから言っただろう。外の世界は危険に満ちていると。やはり、家が一番だ」


「……あ、ああ。そうだな」


 深美はふいっと視線を逸らし、窓の外の夕暮れを見つめた。

 少しだけ、彼女の横顔が赤く見えたのは、夕日のせいだろうか。


「……次は、絶対に事件の起きない、静かな場所を選ぶからな。覚悟しておけ」


 彼女の小さな呟きに、私は思わず頭を抱えた。

 どうやら、私の平穏な引きこもり生活を脅かす「お出かけの誘い」は、まだ続くらしい。

 早く帰って、チャイの柔らかいお腹に顔を埋めなければ。私のHPはもう限界だ。


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