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安楽椅子探偵はスパチャで謎を解く ~住所特定班と挑む心霊事件簿~  作者: 伊達ジン


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第18話 刑事だって恋をする

 午後1時。

 私は銀座のメインストリートを見下ろす、五つ星ホテルの最上階フレンチレストランにいた。

 大きなガラス窓から降り注ぐ秋の陽光が、私の瞳を容赦なく焼いている。引きこもりにとって、これほど過酷で致死的な環境はない。


「……ため息ばかりね。せっかくの最高級フレンチが台無しよ」


 目の前で、オーダーメイドのタイトな白のワンピースを着こなしたイギリス出身の国際弁護士、セシリア・クロスが優雅にシャンパングラスを傾けていた。

 絹糸のようなブロンドヘアが陽光を弾き、周囲の客たちの視線を釘付けにしている。


「僕の意思でここに来たわけじゃない。君が『今後のチームのマネタイズに関する極秘ミーティング』だと言って、無理やり引っ張り出したんだろう」


「ええ。でも、たまには太陽の光を浴びないと、本当に吸血鬼になってしまうわよ? ……それに、ただの『デート』だと言ったら、あなたは絶対に来ないでしょうから」


 セシリアは悪戯っぽく微笑み、鮮やかな手つきでナイフとフォークを操った。

 テーブルの上には、『黒毛和牛フィレ肉のロッシーニ風』が鎮座している。完璧な火入れのフィレ肉に、濃厚なフォアグラのソテーと、黒トリュフをふんだんに使ったペリグーソース。

 私は一口大に切り分け、口に運んだ。


 ……悔しいが、味は超一流だ。肉の旨味とフォアグラの脂が溶け合い、赤ワインがそれを完璧にまとめ上げる。


「……悪くない」


「でしょ? スパチャ収益の一部を、たまにはこういう自己投資に使わないとね」


 優雅なビジネスランチが続くかと思われた、その時だった。


 ブーッ、ブーッ。


 私の内ポケットに入っていた、仕事用のスマートフォンが震えた。

 画面を見ると、『原田深美』の文字。

 私は怪訝に思いながら、ノイズキャンセリング・イヤホンを耳に装着し、通話ボタンを押した。


「……なんだ。今、非常に重要な『ビジネス』の最中なんだが」


『……助けてくれ』


 耳に飛び込んできたのは、いつもの威圧的な声ではなく、消え入るような、そして切羽詰まった声だった。


「どうした。撃たれたか?」


『撃たれていない! ……今、お前のいるホテルの一階にあるカフェラウンジにいる。囮捜査中なんだ』


「囮捜査?」


『ああ。マッチングアプリを使った、被害総額数億円規模の結婚詐欺師だ。私が「親の遺産を相続した世間知らずの令嬢」になりすまして接触しているんだが……』


「……だが?」


『ターゲットが、帰りたそうにしている。このままでは投資詐欺の契約書を出させる前に逃げられる! だから、その……男を惹きつける「会話のコツ」というやつを、インカムで指示してくれ……!』


 私は頭痛を覚え、こめかみを押さえた。


「……君、ハニートラップの才能が絶望的に無いな」


 数分後。

 私はレストランのテーブルでタブレットを開き、純の裏チャンネルのURLにアクセスした。

 実はこの囮捜査、警察の公式なものではなく、深美が単独で追っている案件らしい。そのため、純と月子が近くの席に客を装って座り、隠しカメラでこっそりと配信を行っていたのだ。


『えー、特定班のみんな。今日はデカ美さんのガチお見合い配信よ!』

『純先輩、声大きいです! バレますよ!』


 純と月子の小声の実況と共に、画面には一階のラウンジの様子が映し出された。

 そこには、いつもとは違うフェミニンな淡いピンクのワンピースを着た、信じられないほど美しい深美が座っていた。

 向かいには、いかにもなハイブランドのスーツを着た、ホスト風の男がいる。


 しかし、深美の顔は「親の仇」を見るように険しく、背筋は定規を入れたようにピンと伸びていた。


「……あれはダメね」


 私の横から画面を覗き込んだセシリアが、呆れたように溜息をついた。


「完全に『取調室の容疑者』を見る目よ。あんな目で見つめられたら、詐欺師じゃなくても逃げ出すわ」


「同感だ。……深美、聞こえるか。今から僕とセシリアが指示を出す。一言一句、間違えずに復唱しろ」


『わ、わかった……!』


 深美がイヤホン越しに小さく頷く。


「まずは相手を褒めろ。警戒心を解くんだ。『そのネクタイ、とても素敵ですね』だ。言え」


 深美はこくりと頷き、男に向かって口を開いた。


「……そのネクタイ、非常に合理的で機能的なデザインだな。耐久性もありそうだ」


『違うわよ!!』


 純が裏回線で突っ込む。


「……お前、自分の言葉でアレンジするな。ロボットのように復唱しろと言っただろう」


『す、すまない。つい……』


「金子さん、男の転がし方が分かっていないわね。ここはもっと感情に訴えかけるのよ」


 セシリアが私のイヤホンのマイクに口を近づけた。彼女の甘い香水が鼻をくすぐる。


「原田刑事。こう言いなさい。『そのネクタイの色、私、すごく好きです』って。少し上目遣いで、恥ずかしそうにね」


 深美は数秒沈黙し、意を決したように男を見つめた。


「そ、そのネクタイ……っ、私、の……好きな、色、です!!」


 声がでかい。しかも目が血走っている。

 男はビクッと肩を震わせ、「あ、ありがとうございます……」と引きつった笑いを浮かべた。


「……ダメだ、こいつ」


 私は天を仰いだ。


 男は咳払いをして、話題を変えようとした。


「ええっと、深美さんは、休日はどんなことをして過ごされているんですか?」


「よし深美、ここは無難に『カフェ巡り』か『映画鑑賞』と答えろ」


 深美が口を開く。


「……逮捕術の型の反復練習と、刑法判例の暗記だ」


『だからアレンジするなと言ってるだろうが!!』


 私の怒号がイヤホンに響く。


「た、逮捕術……? 判例……?」


 男の顔に明確な不審が浮かぶ。


「あ、いや、その! 違う! これは……私の亡き父の趣味で……!」


 深美が慌てて誤魔化すが、完全にボロが出ている。


「セシリア。このままでは男が逃げる。強行突破するしかない」


「そうね。相手の『欲』を刺激するのよ。……原田刑事。バッグから財布を落としなさい。その時に、中に入っている『ブラックカード』をわざと見せるの」


『なっ……!? そんなみみっちい芝居ができるか!』


「いいからやりなさい。相手は数億円を騙し取るプロよ。本物の『金脈』を見せれば、どんな違和感も無視して食いつくわ」


 深美は渋々、テーブルの上のバッグを肘で押し出し、床に落とした。

 中から財布が転がり出し、セシリアが事前に用意させていた偽造のブラックカードが顔を出した。


「あ、すみません……」


 男が拾おうとして、そのカードに気づく。

 瞬間、男の目の色が変わった。

 詐欺師特有の、獲物を狙う肉食獣の目に。


「いえ、大丈夫ですよ。……深美さん、実は僕、あなたにだけ特別に教えておきたい『プロジェクト』があるんです」


 男の態度が、一気に滑らかになった。


『かかったわね』


 セシリアが私の隣で冷ややかに笑う。


 男はアタッシュケースから、美しいパンフレットとタブレット端末を取り出した。

 それは、東南アジアの架空のリゾート開発事業の投資資料だった。


「今、ここにサインをしていただければ、特別枠で……」


「……特定班、出番だ」


 私は純の裏チャンネルのコメント欄に向け、指令を出した。


「画面に映っているパンフレットの画像を解析しろ。リゾート地の写真、企業名、代表者の名前、全てだ」


 限定公開とはいえ、数千人の精鋭が集まるコメント欄が瞬時に動き出す。

 そして、わずか1分後。


『パンフの海、モルディブのフリー素材を反転させたものだ』

『建物のパース図、別の建築事務所のポートフォリオからの盗用』

『企業名の「サン・オーシャン・リゾート」、先週設立されたペーパーカンパニー。登記上の住所は新宿のバーチャルオフィス』

『代表者名、過去に別の投資詐欺で捕まった奴の偽名と一致』


「……ビンゴだ」


 私はイヤホン越しに深美に告げた。


「深美、裏は取れた。完全に真っ黒な詐欺案件だ。……あとは、相手に『契約』を迫らせて、詐欺未遂の構成要件を満たすだけだ」


『了解した』


 深美の声が、先程までの怯えた令嬢のものから、いつもの「氷の女刑事」のものへと変わった。


「ここに、サインとご印鑑を……」


 男が契約書とペンを差し出す。


 深美はそれを受け取らず、冷ややかな視線で男を射抜いた。


「……この契約書は、架空の事業を名目とした出資法違反、および詐欺罪の構成要件を完全に満たしているな」


「え……?」


 男がポカンとする。


「パンフレットの画像は盗用、企業はペーパーカンパニー。……お前たちの手口は、すでに警視庁捜査二課が把握している」


「な、何を言って……お前、令嬢じゃ……!」


 男が血相を変えて立ち上がろうとした、その瞬間。


「動くな!!」


 深美がテーブル越しに男の腕を掴み、流れるような動作で関節を極め、男の顔面をテーブルに叩きつけた。

 ガシャンッ! とコーヒーカップが床に落ちて割れる。


「痛っ! 離せ! なんだお前は!」


「警視庁の原田だ! 詐欺未遂、および……公務執行妨害で現行犯逮捕する!」


 まだ何も抵抗していないのに、問答無用で公務執行妨害を追加するあたり、彼女のストレスが限界に達していたことが窺える。


「お取り込み中失礼しまァァァす!!」


 そこに、隣の席から月子が弾丸のように飛び出してきた。

 彼女はジンバルカメラを構え、男の惨めな顔と、深美の凛々しい制圧姿を完璧な画角で捉える。


「はい、証拠映像ゲットー! 警察でーす、皆さん安心してくださいねー!」


 純も立ち上がり、周囲の客を安心させるように叫んだ。


 鮮やかな逮捕劇。

 ホテルのラウンジは一時騒然となったが、すぐに所轄の警察官たちが駆けつけ、男は連行されていった。


 30分後。

 一階での騒動を終え、私服のままの深美と、純、月子の三人が、最上階のフレンチレストランにある私たちのテーブルへとやってきた。


「……お疲れ様。見事な一本背負いだったわね」


 セシリアが、追加で注文したシャンパンを深美に差し出す。


「……うるさい。もう二度と、あんな真似はしない。私の経歴に泥を塗る行為だ」


 深美は顔を真っ赤にして、シャンパンを一気に飲み干した。

 その顔は怒っているのか、恥ずかしがっているのか分からないが、ワンピース姿の彼女は確かに美しかった。


「店長! 私、お腹空きました! このお店のステーキ食べていいですか!?」


 月子がメニューを見て目を輝かせる。


「……君たちの分はセシリアの経費で落ちる。好きにしろ」


「やったー!」

「さすが女帝、太っ腹!」


 純と月子が歓声を上げ、隣のテーブルに陣取った。

 私はため息をつき、残っていた赤ワインを飲み干した。


「君には恋愛は100年早いな、深美」


「ふ、ふん。私は国家と結婚しているんだ。男など必要ない」


 深美はそっぽを向いた。


「フフッ。でも面白かったわ。最高のショーだった。……ねえ金子さん、たまにはこうやって、外で『デート』するのも悪くないでしょう?」


 セシリアが、テーブルの下で私の足にヒールを当ててきた。


「……冗談じゃない。二度とご免だ」


 私はそそくさと立ち上がった。

 太陽の光と、騒がしい女たち。

 私のHPはすでにゼロだ。早く帰って、チャイの柔らかいお腹に顔を埋めなければ。


「お先に失礼する。……支払いはよろしく頼むよ、顧問弁護士」


「あら、逃げるの? 仕方ないわね」


 セシリアの余裕の笑い声と、純たちの賑やかな声に背を向け、私は足早にレストランを後にした。

 刑事も恋をするかもしれないが、安楽椅子探偵は絶対に、引きこもり生活を愛してやまないのだ。


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