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安楽椅子探偵はスパチャで謎を解く ~住所特定班と挑む心霊事件簿~  作者: 伊達ジン


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第14話 温泉旅行は殺意の香り(後編)

 翌日の午前11時。

 H県の超高級温泉旅館『紅葉館』。その広々とした厨房には、香ばしいトウモロコシの匂いと、複雑なスパイスの香りが充満していた。


「……マサの加水率は完璧だ」


 私はトルティーヤ・プレスで生地を均等な厚さに伸ばし、熱した鉄板の上に落とした。

 数秒後、生地がぷくっと膨らみ、美しい焼き目がつく。本場メキシコの屋台にも引けを取らない、自家製コーントルティーヤの完成だ。

 本日のランチは『特選ブランド豚の本格タコス』。

 厨房の冷蔵庫に眠っていた極上の豚肩ロースのブロック肉をセシリアの権力で接収し、スパイスと柑橘類の果汁でじっくりと煮込んだ後、オーブンで表面をカリッと焼き上げた。中はホロホロと崩れるほど柔らかく、濃厚な脂の甘みがスパイスと見事に調和している。

 これをたっぷりとほぐし、トルティーヤに乗せる。

 トッピングは、トマト、玉ねぎ、青唐辛子をライム果汁で和えたフレッシュな『サルサ・メヒカーナ』。そして、完熟アボカドをなめらかにすり潰した『ワカモレ』をたっぷりと。

 最後に、コリアンダーの葉を散らし、ライムを絞る。


 そして、この強烈なスパイスと肉の脂を迎え撃つペアリングは、メキシコのビールではない。


 『タイ・アイスティー』だ。


 強めに発酵させた茶葉に、スターアニスやカルダモンを加えて濃く煮出し、砕いた氷をたっぷりと入れたグラスに注ぐ。そこに、コンデンスミルクとエバミルクを層になるように回し入れる。

 鮮やかなオレンジ色と白のグラデーションが美しく、濃厚な甘みとスパイスの香りが、タコスの辛味を見事に中和し、次の一口へと誘う魔の飲料である。


「よし、完成だ。……運んでくれ」


「はーい! 店長、めちゃくちゃいい匂いします!」


 中野月子が、山積みのタコスが乗った大皿を軽々と持ち上げ、宴会場へと向かっていく。

 私の足元では、柴犬のチャイが「おこぼれ」を期待して短い尻尾を振っていたが、スパイスまみれの肉を与えるわけにはいかない。私は持参した無添加のササミジャーキーを一本与え、チャイを抱き上げて宴会場へと向かった。


 二百畳はあろうかという大宴会場に、チームQのフルメンバーが集結していた。

 昨夜、死体が発見された直後、私は東京からこのメンバーを召喚したのだ。


「うまっ! なにこれ、お肉とろける! サルサの酸味が最高!」


 岡本純がタコスにかぶりつき、タイ・アイスティーをごくごくと飲んでいる。

 彼女の隣では、月子がブラックホールのような胃袋へ次々とタコスを吸い込み、エレナ・ヴァルゴヴァが「スロバキアにはない味ね」と器用にタコスを頬張っている。


「それにしても、セシリア。君のやり方には恐れ入るよ」


 私がチャイを撫でながら声をかけると、上座で優雅にタコスをナイフとフォークで切り分けているセシリア・クロスが、ふわりと微笑んだ。


「当然でしょ? 殺人事件の現場に一般客がウロウロしていたら、捜査の邪魔だもの」


 昨夜、死体発見によって旅館は大パニックに陥った。

 地元警察が駆けつけ、規制線が張られたが、深夜に到着したセシリアは、旅館のオーナーに対して「風評被害の損害を補填する」という名目で、札束で顔を叩くような交渉を行った。

 結果、他のお客様には多額の迷惑料と近隣の系列高級ホテルへのスイートルーム移動を手配し、この『紅葉館』を丸ごと一軒、私たちの貸し切りにしてしまったのだ。


「だが、地元警察もいい顔はしていないぞ。勝手に部外者がうろついているんだからな」


 原田深美が、腕を組みながら不機嫌そうに呟く。

 彼女は警視庁の管轄外であるH県警に対し、警察庁のキャリア組のコネクションをフル活用して「合同捜査」という名目で強引に現場に入り込んでいた。


「あら、デカ美ちゃん。警察の初動が遅いから、私たちが手伝ってあげてるんじゃない」


 DJのナオミ・セント・ジェームズが、タコスを片手にノートパソコンのキーボードを叩いている。


「Q、特定班からの情報網羅したわ。……この旅館、やっぱり真っ黒よ」


 ナオミが宴会場のプロジェクターに資料を映し出した。


「過去10年間で、この旅館の周辺で失踪した人物は3人。全員、地元の不動産開発や、旅館の経営トラブルに関わっていた人物よ。そして昨夜上がった死体……まだ身元は警察発表されてないけど、特定班の顔認証解析で、5年前に失踪した『前支配人の右腕』だった男だと判明したわ」


「5年前の死体が、なぜ今になって露天風呂に?」


 純が首を傾げる。


「温泉の湧出量が最近変化したらしい。地殻変動か何かで、地下の源泉近くに沈められていた死体が、お湯と一緒に押し流されて浮かんできたんだろう」


 私が推測を述べると、宴会場の襖がスパーン!と威勢よく開いた。


「お待たせ! 最高のアペリティフを持ってきたわよ!」


 白衣姿のソフィア・アンゲロプロスが、目をキラキラさせて入ってきた。

 彼女の手には、デジタルカメラと数枚のメモが握られている。


「ソフィア先生。遺体の検視はできたのか?」


「ええ、完璧よ!」


 昨夜引き上げられた遺体は、県警の検視官が到着するまでの間、本館の冷暗所に一時安置され、地元警察の若い巡査が見張りに立っていた。

 そこへ、ソフィアが向かったのだ。


「どうやって警察の目を盗んだんですか?」


 月子がタコスを頬張りながら聞く。


「簡単なことよ。見張りの巡査の前で『ああっ、強酸性の温泉に当たって、めまいが……! 呼吸が苦しいわ!』って言って、胸元をはだけて倒れ込んだの。若いお巡りさん、真っ赤になって大慌てで救急箱を取りに走ったわ。その隙に5分だけ、ご遺体と二人きりのデートを楽しませてもらったってわけ」


 ……恐ろしい女だ。手段を選ばないマッドサイエンティストである。


「で、所見は?」


 深美が身を乗り出す。


「お巡りさんたちは『温泉で溺死して、長年岩場に引っかかっていた』と思ってるみたいだけど、大間違い。眼瞼結膜の溢血点はなし。気道に温泉水も詰まっていなかったわ。……死因は、首の後ろに打たれた筋弛緩剤による呼吸不全よ。注射痕が微かに残っていたわ」


「他殺か。しかも、医療知識のある人間の犯行……」


 深美の顔が険しくなる。


「それだけじゃないわ」


 ソフィアはプロジェクターの画面を切り替え、遺体の腕の接写写真を映し出した。


「ご遺体の爪の間に、微量の『赤い繊維』が挟まっていたの。ピンセットで採取しておいたわ」


「赤い繊維……」


 私はその写真を見て、記憶の糸をたぐり寄せた。

 旅館に到着した時の光景。エントランス。出迎えた人間。

 

「……純、月子。カメラを回せ。配信を開始する」


「えっ、今から!?」


「ああ。犯人は今、この旅館の中にいる。……しかも、焦って証拠隠滅を図ろうとしているはずだ」


 10分後。

 純のチャンネル『JUN様チャンネル』で、突発のライブ配信がスタートした。

 同接は一瞬で5万人を突破。銀の盾効果は絶大だ。


『えー、みんなこんにちは。JUN様です。今日は温泉旅館からなんだけど……実は昨夜、露天風呂でご遺体が見つかりました』


『ファッ!?』

『また死体かよ!』

『引き寄せの法則すぎるだろ』

『で、Qちゃんの推理ショーが始まるわけね』


 コメント欄が爆速で流れる。


「……特定班、よく聞け」


 私は音声のみで配信に介入した。


「容疑者は、この『紅葉館』の現支配人、黒田だ。……だが、奴が5年前の殺人の実行犯であるという決定的な証拠がない。奴は今、警察の事情聴取を受けているが、しらばっくれているはずだ」


 私はソフィアが採取した「赤い繊維」の写真を画面に表示した。


「被害者の爪に残っていた、この繊維。特殊な織り方をしている。……これと同じ素材の衣服を着ている人間が、過去の旅館のパンフレット、あるいはSNSの写真に写っていないか洗え」


『了解!』

『任せろ!』

『総員、検索開始!』


 数万人のリスナーが、AIのごとき処理能力でネット上の画像データを精査していく。


 その間、私は旅館の図面をハッキングして呼び出していた。

 

「エレナ、君が本館の図書室で調べた過去の増改築記録、もう一度教えてくれ」


「ええ。5年前に、ボイラー室の配管工事を行っているわ。ちょうど被害者が失踪した時期と重なるわね」


「ビンゴだ。……奴は被害者を筋弛緩剤で殺害した後、ボイラー室から続く地下の源泉パイプの中に死体を隠したんだ。だが、地殻変動でパイプが破損し、お湯と一緒に露天風呂へ逆流してしまった」


 その時、コメント欄に決定的な画像が貼られた。


『Qちゃん! これ見て! 5年前の旅館のパンフレット画像!』


 画面に映し出されたのは、当時副支配人だった黒田の写真だ。

 彼は、紅葉館の特注品である「赤いベルベット生地の法被」を着ていた。

 その繊維の織り目は、ソフィアが死体の爪から採取したものと完全に一致している。


「被害者は殺される直前、必死に抵抗して、黒田の法被を掴んだんだ。……その繊維が、5年間、真空パックのような温泉成分の中で奇跡的に保存されていた」


「よし、これで状況証拠は揃ったな」


 深美が立ち上がり、腰の警棒を確かめた。


「金子、黒田は今どこにいる?」


「……警察の事情聴取を『トイレに行く』と言って抜け出し、今、本館のボイラー室に向かっている。恐らく、残っている証拠を隠滅するつもりだろう」


「行かせるか!」


 深美が疾風のように宴会場を飛び出していく。

 月子がカメラを持ってその後を追う。


 数分後。

 配信画面には、薄暗いボイラー室で、慌てて床下の隠し収納を探っている黒田の姿が映し出された。

 

『おい、そこで何をしている』


 深美の冷ややかな声が響く。


『ひっ!? な、なぜ警察がここに……!』


『往生際が悪いぞ。お前が5年前に着ていた法被の繊維が、被害者の爪から見つかっている。……同行願おうか』


 黒田がパニックになり、近くにあったレンチを振り上げて深美に襲いかかろうとした。

 だが、氷の女刑事の敵ではない。

 深美は鮮やかな体捌きでレンチを避け、黒田の腕を捻り上げて床に押さえつけた。


『公務執行妨害も追加だ。……大人しくしろ!』


 鮮やかな逮捕劇。

 コメント欄は『デカ美かっこいい!』『神回!』と大いに沸き立った。


 午後3時。

 事件は無事に解決し、地元警察に黒田の身柄と証拠品を引き渡した。

 

 私たちは、規制線が解かれた離れの露天風呂にいた。


 ……もちろん、私は足湯だけだが。


「いやー、一時はどうなるかと思ったけど、最高の温泉旅行になったわね!」


 純が、今度こそ心からリラックスした表情で湯船に浸かっている。

 月子、エレナ、そして事件解決を見届けてから合流したセシリア、深美、ナオミ、ソフィアも、全員が広い露天風呂で思い思いにくつろいでいた。

 まさに、絶景の極みである。


「それにしても、店長の作ったタコス、最高でした! あんな美味しいもの食べられるなら、毎回死体が上がってもいいです!」


「月子、冗談でもそういう物騒なことを言うな」


 私が足湯の縁に腰掛けながらたしなめると、足元でチャイが「ワフッ!」と吠えた。

 彼も犬用の小さなタライで、特製のぬるま湯温泉を楽しんでいる。

 私がチャイの頭に小さな手ぬぐいを乗せてやると、彼は気持ちよさそうに目を細めた。


「ふふっ。チームの結束も深まったし、チャンネルの同接も新記録。……私の投資以上のリターンはあったわね」


 セシリアが、お湯の中でシャンパングラスを傾ける。


「全くだ。これ以上、私の管轄外で事件を起こさないでほしいがな」


 深美がため息をつきながらも、どこか楽しそうに笑っている。


 湯煙に包まれた大自然の中で、美しい女たちと、一匹の柴犬。

 私の安息の地は完全に崩壊したが、まあ、こういう非日常も、たまには悪くない。


「さあ、お湯から上がったら、昨夜お預けになった最高級の松阪牛ですき焼きだ。……月子、肉を余らせるなよ」


「任せてください! 一人で3キロはいけます!」


 秋の空に、女たちの笑い声が吸い込まれていく。

 チームQの温泉旅行は、こうして賑やかに、そしてカオスに幕を閉じたのだった。


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