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システムエンジニアと迷いし少女の物語  作者: 書との契約者
第2部 二つの世界の交響詩
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第17話:金剛石の意思、そして夜のお散歩

 異世界の乾いた風が、三つの異なる軍旗を無遠慮にはためかせていた。

 科学の合理性を象徴するキマイラ隊の隊旗、古き騎士の誇りを掲げるエルドリア王国騎士団の紋章旗、そして、天翔る竜をかたどった竜騎士団の豪奢な軍旗。

 それらの遥か上空には、物理法則を嘲笑うかのように巨大な浮遊要塞が鎮座し、その影が、前線基地に不吉な圧力を投げかけていた。


 その日の朝、俺は一つの重い任務を遂行するために、リュナさんを人気のない場所に呼び出していた。

 大佐から命じられた、非情な「業務連絡」。


「……というわけで、リュナさん。しばらくの間、竜騎士団の人間とは、俺か響さんが同席しない限り、会話を控えてほしい」

 俺は、努めて事務的な口調で告げた。彼女の目を、まともに見ることができない。


「……うん、わかった」

 リュナさんは、素直に頷いた。だが、彼女は続ける。


「愁也さん、大丈夫? 昨日から、ずっと苦しそうな顔、してるよ」

 真っ直ぐな瞳が、俺の心の壁をすり抜けてくる。彼女は、俺が何かを隠し、一人で苦しんでいることを見抜いているのだ。


「……大丈夫だ。ちょっと、考えることが多くてな」

 俺は、嘘の笑顔を顔に貼り付けた。

 仲間を「リスク」として管理する。その行為が、会社員時代の澱んだ記憶を呼び覚まし、俺の心を蝕んでいた。


 その日、野営地の片隅にある訓練場は、奇妙な緊張感に包まれていた。


 両軍の連携を深めるためという名目で開かれた、小規模な技術交流会。

 ……最も竜騎士団と王国騎士団としてみれば主導権の取り合い合戦のようだ。


 キマイラ隊からは佐藤軍曹、王国騎士団からは若きエースのクラウス、竜騎士団からは壮年の竜騎士団、そして王立魔法学院からは首席としてエリザベスが、それぞれの部隊を代表して参加していた。


 見守るのは、俺、響、ゲオルグ騎士団長、そして腕を組み、値踏みするように戦況を見つめるヴァレリウス団長など、ごく一部の関係者のみだ。


 最初の模擬戦は、クラウスとエリザベスの対人戦だった

 。エリザベスの華麗な風の魔法は、しかしクラウスの堅実な剣技とマナ障壁に阻まれ、決定打を与えられない。


「……あなたの魔法には焦りが見える。勝ちを急ぐあまり、マナの消費が荒い。それでは、本当の戦場では命取りになる」


 尊敬する若き英雄からの冷静な指摘。

 続く対重装甲ドローン訓練では、彼女の魔法は通用せず、佐藤軍曹のヴァンガードがプラズマライフルの一撃で目標を破壊した。


「嬢ちゃん、悪いが、あんたの魔法はあの手の『硬い』奴には通用しねえ。戦場じゃ、使えるもんは何でも使う。綺麗事だけじゃ、死ぬだけだ」


 嘲笑や憐れみではない。

 プロフェッショナルからの、あまりに率直で、悪意のない「事実」。


 エリザベスは、唇を噛みしめる。助けを求めるように視線を向けた親友たちからも、返ってきたのは同情ではなく「困惑」の色だった。


「あなたたちまで、あの野蛮人たちの味方をするのね…」

 絶望的な呟きと共に、彼女の心は固く閉ざされた。


 訓練後、結果を巡ってゲオルグとヴァレリウスが険悪な雰囲気で言い争いを始めた。

 そこに俺がリエゾンとして割って入る。何で別の軍隊の調整までしなきゃダメなんだ…。


「大佐、両団長の『言い分』は理解できます。ですが、このままでは作戦に支障が出ます。そこで一つご提案が。制空権の確保は竜騎士団、地上部隊の指揮は王国騎士団。これが現戦力における最も効率的な役割分担かと」


 俺は、双方の顔を立てるための合理的な役割分担(当たり前のこと)を提示する。

 しかし……


「ほう、地上のもぐらに指揮される竜など、前代未聞ですな」

「我らこそが王国の主軍! なぜ空の蜥蜴などに甘んじねばならん!」

 二人の「プライド」という非論理的な壁の前で、俺の交渉術は完膚なきまでに粉砕された。


 その光景を、エリザベスは一人、唇を噛みしめて見つめていた。

 絶対的な孤独感に、悪魔が囁く。


「―――心中、お察りします、エリザベス様」

 いつの間にか、蜂蜜色の髪を持つ竜騎士が、彼女の隣に立っていた。


 彼は、偽造したキマイラ隊の報告書を見せ、言葉巧みにエリザベスのプライドとリュナへの友情を刺激した。


「ご覧ください。報告書によれば、あなたの友人のあの方はもはやご自分の意志で戦うことすら許されない。ただの魔法を使う道具として管理されています。彼女を真の騎士の道に引き戻せるのは、学友の貴女様しかいないのです」


「このままでは、彼らの『道具』にされてしまう。あなた様だけが、彼女を救い出せるのです。……黄昏の旅団の小規模な補給部隊の情報を掴みました。我らだけで奇襲をかければ、大手柄となる。そうすれば、皆の目も覚めるでしょう」


(リュナ……大丈夫、わたくしが目を覚まさせてあげますわ)


 歪んだ使命感が、彼女の冷静な判断力を完全に麻痺させた。

 その夜、エリザベスは誰にも告げず、一人、野営地を抜け出した。


 翌朝、エリザベスの失踪が発覚し、前線基地は混乱に陥った。

 アンナとセレスティアの悲痛な報告を受け、ゲオルグはヴァレリウスの天幕に怒鳴り込む。

 竜騎士団がこそこそ動いていたのはこのために違いない


「ヴァレリウス! ローゼンベルク嬢はどこへやった! 貴様の差し金か!」

「おやおや、ゲオルグ殿。騒がしい…ご自分の監督不行き届きを、我々のせいになさるか。見苦しいですな」


 ヴァレリウスの侮辱に満ちた態度に、両騎士団の関係は修復不可能にまで決裂した。

 プライドというちっぽけだが大事なもののために、軍としての指揮系統は、完全に機能不全に陥っていた。


「私の、せい……」

 リュナは、エリザベスが消えてしまったことに、魂が抜け落ちた人形のようになって、ただ自分を責め続けていた。

 皆がパニックに陥る中、響だけが冷静だった。


「愁也さん、こういう時、人の記憶は感情に左右されて、当てになりません。もっと客観的で、改ざんできない記録…そういうものは、ありませんか?」

 その言葉に、俺ははっとした。記録…ログだ!


「大佐、念のため、昨夜の監視ドローンの映像を確認させてください」


 映像は、すぐに司令部のメインモニターに映し出された。

 そこには、エリザベスが一人の竜騎士と、親しげに話している姿が、遠目に記録されていた。


「……こいつだ。この映像を、地球の解析班へ。読唇術で、会話内容を解析してください。最優先で」


 数十分後。解析結果が、俺の端末に届いた。

【解析結果:対象A(竜騎士)の発話内容より、『補給部隊』『奇襲』『二人だけの秘密』等のキーワードを検出】


「……穏やかな愛の逃避行じゃ無さそうですね」

 掠れた声で呟いた俺の目に映ったのは、苦々しく唇を噛みしめるオオトモ大佐の横顔だった。


 その頃、エリザベスは、竜騎士に案内された霧深い谷で、待ち受けていた黄昏の旅団の本隊に、完全に包囲されていた。


「ようこそ、ローゼンベルクの姫君。我らは、あなたを歓迎する」

 闇の中から、旅団の導師が、純白のローブをまとって姿を現す。


「何より素晴らしいのは、その魂の在り方よ。嫉妬、憎悪、そして満たされぬプライド。これぞ、我らが聖なる魔導書の力を受け入れるにふさわしい、最高の『器』。―――儀式の準備を急がせよ。新たなる『闇の騎士』の誕生を、世界に知らしめるのだ」

 エリザベスは、自分がまんまと罠にはめられたことを悟り、絶望に顔を歪ませていた。



 それからしばらくたち、司令部の重い沈黙を破ったのは、オオトモ大佐の厳しい声だった。

「―――いずれにせよ、公式の捜索部隊は出せん」


 その非情な宣告に、アンナとセレスティアが息をのむ。

 王国騎士団と竜騎士団という2つの暴力装置が、それぞれ勝手な意思を持っているなかで、学術研究技術都市側も下手に動けば、内乱が起きかねず、そこをつかれたら敵の陽動に乗ることにもなる。

 指揮官としてあまりに正しく、そして残酷な判断だった。


 リュナが、震える声で俺に訴えかける。


「愁也さん……エリーが……」

 俺は、彼女の肩にそっと手を置いた。そして、決意を固め、大佐に向き直る。


「大佐……有給取得を申請します。リエゾンではありますが、元所属の時空間物理学部門の人間としての申請です。」

 俺の言葉に、テントにいた全員の視線が集まった。

「これは、『友人』を助け出すための、非正規の計画です。軍の指揮系統からは完全に独立した、最小限の部隊で、エリザベス様を捜索します。……自由に動ける人間として、この膠着した状況は、俺が解消します」

 オオトモ大佐は、俺の目を数秒間じっと見つめた後、深くため息をついた。


「……万一のことがあっても、都市防衛軍は一切関知しない。我々は、君たちの存在すら認めん。それでも、やるか?」

「はい」

 俺は、迷わず頷いた。


 その夜、アンナとセレスティアは、一人で剣の手入れをしていたクラウスの前に、震える膝で立っていた。

「お願いします、クラウス様! このままでは、エリーが……!」

 クラウスは、やがてゆっくりと立ち上がると、鞘に収めた剣を腰に差した。

「……分かった。騎士の名誉にかけて、必ず姫君を救い出そう」


 俺は、最後の駒を進めるために、佐藤軍曹の元へ向かった。

「馬鹿か、あんた。自殺行為だ。車の貸し出しなんて無茶だ。」

 俺の話を聞いた佐藤は、予想通り、吐き捨てるように言った。


「これは、最悪の事態を避けるための……つじつまあわせです。。このままじゃ、あのお嬢様方は勝手に行きます。そうなれば、作戦はさらに混乱する。俺が行って管理した方が、結果的に被害は最小限で済みます……。俺は休暇中ですので。」


 俺の会社員的な理屈に、佐藤は鼻で笑った。だが、彼の視線は、俺の後ろで固唾をのんで成り行きを見守るリュナたちの、必死の形相を捉えていた。

「……チッ。休暇で車を貸せるか。っつ!ちょっと待ってろ。」


 佐藤は、大きく舌打ちすると、ガシガシと頭を掻きながら鳴り出した端末を操作する。

 そして端末をから目をあげるとしかめっ面でこちらをみてくる。

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「……わかったよ。俺は、お前らみたいな若い奴らが、無為に死んでいくのを見るのは、もう御免だからな。それだけだ。」


 夜の帳が、三つの軍旗がもたらした偽りの共闘を覆い隠す頃。

 俺、リュナ、アンナ、セレスティア、クラウス、そして佐藤軍曹の六名は、誰にも気づかれぬよう、夜陰に紛れて高機動装甲車に乗り込んだ。

 そして指揮車両のオペレーター席には、後方支援を担う響が座っていた。

 建前としては休暇中の俺の代わりで計器を確認している。


「愁也さん、聞こえますか? こちら響。作戦司令室から、皆さんの目となり、耳となります。私の持てる全ての知識で、皆さんをサポートします」


 彼女は、戦えない。だが、彼女の戦場はここにある。

 俺は、自分がとんでもないことに足を踏み入れてしまったという自覚と共に、固く唇を結んだ。


(休暇申請を出したとは言え、正規の作戦から言えば無断での部隊出撃。軍法会議ものだろうなぁ。でも、このままではエリザベス様を見捨てられず、アンナさんたちが単独で行動し、最悪の事態を招く可能性が極めて高い。両方のリスクを天秤にかければ、こちらが最も損害の少ない選択だ。軍人なら躊躇うだろう。騎士なら無策に突っ込むかもしれない。だが、俺は……。リスクがあっても必要なら受容してプロジェクトを完遂させる。

 ……この行動の論理的正当性をまとめた報告書は、既に大佐と牧原先輩に転送済みだ。たとえ罰せられようと、これが俺の、最適解だ)


 俺は、インカムに答える。

「ああ、頼む、響。―――これから夜のお散歩作戦を開始する」

 それは、闇に消えた一人の少女を、夜明け前に取り戻すための、俺たちの戦いの始まりだった。

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