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システムエンジニアと迷いし少女の物語  作者: 書との契約者
第2部 二つの世界の交響詩
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第16話:仮面の騎士たち

 竜騎士団が合流してから、野営地の空気は一変した。

 これまでの、どこかぎこちなく、互いに距離を測り合っていた王国騎士団とキマイラ隊の関係とは違い、竜騎士たちは驚くほど友好的だった。

陽光を反射して白銀に輝く、華美な装飾が施された彼らの鎧は、ゲオルグ騎士団長たちが纏う、無数の傷が刻まれた実戦用のそれとは明らかに異質だった。


 一見、活気に満ちた融和ムードが漂い始めている。

兵士たちの間には、確かに安堵の色が広がっていた。

 だが、俺は、その光景を横目で見ながら、会社員時代に骨身に染みた、ある種の警報が頭の中で鳴り響くのを感じていた。


 おかしい。何かが、根本的に出来すぎている。

 彼らの笑顔は完璧だ。だが、その目は笑っていない。


俺たちの兵士と談笑しているように見えて、その視線は兵士の顔ではなく、彼らが持つプラズマライフル「ジャベリン」の構造を、まるで査定でもするかのように冷たく観察している。鎧は、まるで新品のように美しい。

戦場にいるというのに、誰一人として、泥や血の汚れどころか、まともな傷一つ見当たらない。

 ……王都から飛んできたとはいえ、その前の傷とかあるのではと思うが。


「あなたが、和泉愁也殿ですな」


 各部隊との調整に奔走していると、背後から涼やかな声がかけられた。

 振り返ると、蜂蜜色の髪を風になびかせた壮年の竜騎士が、人当たりの良い笑みを浮かべて立っていた。

 その優美な顔立ちは、まるで物語の挿絵から抜け出してきた貴公子のようだ。

 年齢を全く感じさせないようだ。


「お噂はかねがね。我らが王国の学院生を『保護』してくださっているとか。感謝いたします。……して、彼女の魔法を見て、我らの力の何をご理解いただけましたかな?」


 丁寧な物腰。だが、その瞳の奥は、値踏みするように細められている。

 

 ああ……知っている。

 

 俺はこの目を、この笑顔を知っている。

 こちらの技術や予算を根こそぎ奪おうとしてくる、他社の営業担当者が見せる笑顔だ。


 俺は、顔の筋肉を引きつらせて、当たり障りのない笑みを顔に貼り付けた。

 クライアントの時代遅れのシステムを前に、決して本音を言わずに褒め殺す時と、まったく同じ要領だ。


「いえ、俺は専門家ではないので。ただ、リュナさんの魔法からは、皆さんが信じる大いなる神の偉大さのようなものを感じました。俺たちの科学では、到底及ばない力です」


 その回答に、竜騎士は満足げに口元を綻ばせた。


「ほう、ご理解が早い。そう、我らの力は神より賜りしもの。特に、我ら竜騎士団は、そのほとんどが高位貴族の血筋で構成されている。選ばれた者なのです。……いずれ、お分かりになるでしょう」

 そう言うと、彼は優雅に一礼し、仲間たちの輪へと戻っていった。


「選ばれた者」その言葉の響きに、俺は言い知れぬ寒気を覚えた。


(……情報収集、か)

 リエゾンとして、この違和感の正体を探る必要がある。

 俺は、まず響の元へと急いだ。彼女の専門知識が必要だ。


「響さん、ちょっといいかな。竜騎士団について、君の見解を聞きたい」

 俺が事の経緯と、会社員時代に感じた「目が笑っていない」という感覚を伝えると、響は腕を組んでうなずいた。


「なるほど……。愁也さんの感じたこと、言語学的に説明できるかもしれません。彼らが使っているのは、おそらくですが、宮廷敬語や外交儀礼に近い言葉遣いです。

 これは、相手との間に意図的に壁を作り、本心を見せないための技術でもあるんです。特に、自分たちより文化的に下だと見なした相手に対して、わかりやすく敬意を払っているように見せかけながら、観察・査定する時によく使われる言語パターンが、地球の歴史にもありました。」


「つまり、俺たちは試されている、と?」

「その可能性は高いです。……アンナさんやセレスティアさんに、実際の貴族社会での彼らの評判を聞いて、この仮説が正しいか検証してみませんか?」


 俺たちは、連れ立ってアンナたちがいる場所へ向かった。

 テントの前で、リュナがアンナ、セレスティアと一緒にいるのが見えたのだ。

 エリザベスとの一件以来、塞ぎ込みがちだった彼女が、友人たちと談笑している。

 

 その光景に安堵すると同時に、あの竜騎士たちの笑顔の裏にある冷たさが、彼女たちに向けられるのではないかという、漠然とした不安が胸をよぎった。


 俺は、三人に近づくと、まずはアンナとセレスティアに改めて向き直った。

「ちゃんとご挨拶できていませんでしたね」と前置きし、俺は懐から一枚のカードケースを取り出す。


 この数か月すっかり忘れていた、会社員時代の名刺交換だ。

「学術研究技術都市、時空間物理学部門所属、連絡役の、和泉愁也です。ご挨拶が遅くなってしまい申し訳ありませんが、以後、お見知りおきを。」


 アンナとセレスティアは、差し出された「名刺」という紙片を、興味深そうに受け取る。

 そこには、俺の名前と所属が、美しい書体で印刷されていた。


「まあ、面白い! これが、あなたの国の挨拶の仕方なのね!」

 アンナが、目を輝かせる。


 セレスティアは、眼鏡の奥の瞳で、静かに俺を見つめていた。

 原始的ではあるが、彼らにも礼節を重んじる、確かな『文明』があるのかもしれない、と内心で評価を少し改めているようだった。


 場の空気が和んだところで、俺は本題を切り出した。

 

「少し、皆さんの世界のことを教えてほしいんです。特に、『貴族』について。ゲオルグ騎士団長率いる王国騎士団と、昨日来られた竜騎士団では、少し雰囲気が違うように感じたのですが……」


 その質問に、三人の表情からすっと笑みが消えた。

 アンナとセレスティアは顔を見合わせ、気まずそうに唇をきゅっと結ぶ。


「……ゲオルグ様たちは、地方貴族や、実力でのし上がった人が多いから、ちょっと武骨だけど裏表はないわ。でも……」


 アンナは、少し躊躇うように言葉を切ると、意を決したように続けた。


「前に一度、王都のパーティーで竜騎士団の人に会ったことがあるの。ずーっと笑顔で私のことを褒めてくれるんだけど、目が全然笑ってなくて……なんだか、すごく怖かったのを覚えてる」


「彼らにとって、戦いは『義務』であると同時に、自らの血統の優秀さを示すための『舞台』でもあります」

 セレスティアが、冷静な、しかしどこか棘のある声で引き取った。


「彼らは、私たち地方の貴族を、心の中では『田舎者』と見下しています。父も、王都の会議で、彼らのそういう態度に何度も嫌な思いをさせられたと、苦々しく語っていました」

 リュナが、静かにそう補足した。その声には、彼女自身が学院で味わってきたであろう、見えない壁の存在が滲んでいた。


「笑顔で握手をしながら、心の中では相手の価値を決めている。それが、あの人たちの世界なんです」


 俺たちがそんな話をしていると、噂をすれば影、とでも言うように、一人の竜騎士がこちらへ近づいてくるのが見えた。

 蜂蜜色の髪を風になびかせた、あの貴公子然とした男だ。彼は俺たちを認めると、優雅な笑みを浮かべて歩み寄ってきた。


「これは、愁也殿。それに、学院の皆様もご一緒でしたか」

 彼は、まずアンナとセレスティアに完璧な貴族の一礼をしてみせると、次にリュナに視線を移した。

 そして、その顔を見た瞬間、彼の完璧な笑顔が、ほんの一瞬だけ凍り付いた。


「アイリス様……?」


 ぽつりと、ほとんど無意識に漏れたような呟きだった。

 その場にいた全員が、彼の言葉の意味を理解できずに、きょとんとする。


「え……?」

 一番戸惑っていたのは、リュナ本人だった。彼女は、自分のことかと、不思議そうに首を傾げた。

 竜騎士は、はっと我に返ると、慌てて咳払いをした。


「……いや、これは大変失礼いたしました。あまりに面影が似ていたもので、つい。人違いのようです」

 彼はそう言って再び完璧な笑顔を貼り付けたが、その瞳の奥には、まだ消えない動揺の色が浮かんでいた。


 壮年の竜騎士のたわいのない会話が終わり、その背中を見送りながら、俺は言いようのない違和感を覚えていた。


「……今の、すごく変でした」

 ぽつりと呟いたのは、響だった。彼女は、困惑した表情で首を傾げている。

「何が?」


「言葉遣いです。あの竜騎士の方、最初、リュナさんに『アイリス様』って言いましたよね。あの『様』の使い方は、単なる敬称じゃないはずなんです。心からの敬意や、時には信仰心すら含む、特別な響きがあります。でも、その直後、リュナちゃんを『リュナ=ルオフィス殿』と呼んだ時の口調は、ただの『査問対象』に対する、冷たい事務的なものでした。一人の人間に対する呼び方が、あんなに極端に変わるのは、言語学的に見て非常に不自然です。まるで、別人格みたいで……」


 響の指摘に、その場にいた全員がはっとした。彼女が感じたのは、ただの人違いではない。もっと根深い、何かだ。


「『様』付け……?」

 セレスティアが、響の言葉を受けて、記憶の糸をたぐり寄せるように呟いた。

「平民のリュナに、竜騎士団の方が、そんな呼び方をするはずが……ないわね。アイリス……アイリス……う~ん。……あの年齢の方でアイリス様っていうんだったらアルジェント公爵家の?」

 彼女の言葉に、アンナが息をのむ。


「アルジェント公爵家って…… 確か、名前に花の名前を付けるんだっけ?アイリス様っていうと…。」

 そこでようやく、セレスティアが思い出したように顔を上げた。


「ええ。王宮でも指折りの美貌と、特殊魔法の使い手として有名だったけれど、20年前に近くも前に病で亡くなられたと聞いたことがあるわね。まああの竜騎士様の年齢からすれば、入団したタイミングで見たこととかあるとか?」


「へえ……」

 リュナは、他人事のように相槌を打った。


「私、その人のこと、全然知らないなあ。でも、びっくりした。竜騎士団の団員様から、いきなり『様』付けで呼ばれるなんて。なんだか、すごく偉い人になったみたいで、ちょっとだけ面白かったです」


 そう言って、彼女は無邪気に笑った。

 その笑顔を見ながら、俺は先ほどの竜騎士の、一瞬だけ見せた素の動揺を思い出していた。あれは、ただの人違いにしては、あまりに……。


 その日の午後、俺の懸念は、最悪の形で現実のものとなった。

 如月博士の研究テントから、やけに弾んだ声が聞こえてくる。気になってそっと中を覗くと、俺は思わず天を仰いだ。


「―――おお、素晴らしい! この『モニター』という板は、遠くの者の姿まで映し出すとか! 我らの『遠見の魔法』に似ていますが、一体どのような原理なのですか?」

 そこにいたのは、竜騎士団長であるヴァレリウス本人だった。如月博士の耳には、小型のAI翻訳機からヴァレリウスの言葉が、流暢な日本語に変換されて届いている。

 その完璧なまでの「知りたい」というオーラを前に、如月博士は完全にガードを下げきっていた。


「ええ、ええ! よくぞ聞いてくださいました! これはですね……」


(博士、ダメだ! そいつは……!)

 俺がテントの陰から見守る中、ヴァレリウスの巧みな話術が展開される。

「なんと! 『でんき』の力で、光の色を自在に操ると!? 我らの魔法とは全く異なることわり……実に興味深い! ぜひ、ご教示願いたい!」

 その言葉は、科学者にとって最高の賛辞であり、そして最悪の麻薬だった。


「もちろんですとも!」

 如月博士は、すっかり気を良くし、俺の制止の視線にも気づかず、子供のように目を輝かせて専門的な内容まで嬉々として説明し始めてしまった。


(くそっ……うますぎる!)

 俺は、かつて会社のコンペで出会った、伝説的な営業マンのことを思い出していた。

 相手に一切「売り込まれている」と感じさせることなく、相手自身の口から「ぜひ、あなたのところの製品について、もっと詳しく教えてほしい」と言わせてしまう、あの悪魔的な話術。

 ヴァレリウスがやっているのは、まさしくそれだった。


 そして、もう一つ。俺は、彼らの会話に、別の種類の違和感を覚えていた。

(……奇妙な話し方だ…)

 ゲオルグ騎士団長と話す時は、比喩や騎士独特の言い回しが多く、響の補足がなければ、フローラが何度も意味を取り違えた。

 だが、このヴァレリウスという男の言葉は、まるで初めから翻訳されることを前提にしているかのように、淀みなく、正確に博士に届いている。感情的な修飾語がほとんどない。主語と述語が明確で、短く、断定的だ。

 響の言っていた宮廷言葉というよりももっとわかりやすいようにしているのも意図的か?


 俺が割って入ろうとしても、ヴァレリウスが絶妙なタイミングで「して、その『信号』とは?」などと、さらに博士の知的好奇心をくすぐる、シンプルで分かりやすい質問を挟んでくるため、会話の主導権を全く奪えない。


 結局、俺はただ、無力に立ち尽くすことしかできなかった。

 研究テントから漏れ聞こえる博士の楽しげな声を聞きながら、俺は新たな、そして最も厄介な頭痛の種を抱え込むことになったのだった。


 その夜、俺と如月博士、そして響は、オオトモ大佐に指揮車両へと呼び出された。


「いやあ、素晴らしい! 竜騎士団長は、非常に話の分かるお方です! 我々の科学にも深い理解を示しておられました! これは、異世界との本格的な技術交流の、輝かしい第一歩になるやもしれません!」


 興奮気味に報告する博士とは対照的に、俺は、昼間の出来事をそのまま大佐に伝えた。


「俺も団員の方と話をしましたが、少し気になります。彼らの笑顔は鎧であり、その好意は武器のように感じました。友好的すぎるのが、逆に不自然です」


 俺の報告に、オオトモ大佐は静かに頷くと、呆れるほどに楽観的な博士に冷ややかな視線を向けた。


「博士、君の純粋な探求心は美点だが、少々脇が甘いようだ。都市に戻ったら、機密保持に関する研修を再受講するよう、上に伝えておこう」


 そして、今度は俺に向き直る。

「和泉連絡将校の、その会社員的な勘の良さは、ここでは美徳だな。君の直感は正しい」


 大佐はそう言うと、一つの音声データを再生した。

「これは、今日の午後、王国軍の野営地の上空を『迷子になって』飛んでいた、小型の偵察ドローンが拾った音声だ」


 スピーカーから、ノイズ混じりの、しかし明瞭な音声が流れ始めた。

 それは、如月博士が希望の光だと感じた、ヴァレリウスその人の声だった。


『団長、あの異邦人ども、意外とちょろいですな』

『ああ。赤子に玩具を与えるように少し褒めてやれば、面白いように機密を話す。……しかし、惜しいな。彼らが神の恩寵たるマナを持たぬばかりに、これほどの技術を持ちながら、我らのように真の世界の理を理解できぬとは』

『威嚇のマナを放っても、何も感じぬ様子でしたな。憐れなものです』

『だが、持っている技術は大したものだ。我ら、神の血筋を引く選ばれた民が、正しく導いてやらねばなるまい。いずれ、な』


 如月博士の顔からさっと血の気が引き、その場で崩れ落ちそうになるのを、俺は咄嗟に支えた。

 彼の純粋な科学者としての誇りが、嘲笑によって粉々に砕かれる音が聞こえた気がした。隣で聞いていた響は、顔を青ざめさせながら、震える声で呟いた。

 

「……嘘……。これ、講義で習った、古い植民地時代の支配者層の話し方と、そっくり……。『我々は、彼らの未熟な文化を、より優れた我々が正しく導く義務がある』……。こういう言葉遣いで、自分たちの侵略を正当化するんです。教科書の中の、遠い過去の話だと思ってました。……まさか、本物の、生きた人間の声で聞くなんて……」

 

 響は、学問が現実になったことへの恐怖で、自分の腕を抱きしめていた。

 俺は、腹の底に鉛の塊が沈んでいくのを感じながら、固く拳を握りしめた。やはりか。


「……ゲオルグ騎士団長は、良くも悪くも武人だ。感情は分かりやすい」

 大佐は、静かにオーディオを切ると、続けた。


「一度戦場を共にし、食事もした仲だ。少なくとも、腹に一物抱えて、こちらを陥れるような真似はすまい。だが、こいつらは違う。笑顔の仮面を被り、友好的な態度を取りながら、腹の中では我々を『導くべき劣等種』と見下している。……一筋縄ではいかん」

 大佐は、厳しい表情で結論を下した。


「これ以上の接触は、我々現場の判断だけでは危険だ。ただちに本国へ、正式な交渉権を持つ『使節団』の派遣を、最優先で要請する。政治と外交のプロが必要だ」

 そして、俺に最後の指示を出す。


「……とはいえ、彼らとも共同作戦を続けねばならん。今後の作戦会議には、必ずゲオルグ騎士団長にも同席してもらう。最低限の保険だ。それから、こちらのメンバーにも、改めて都市に関する情報統制を徹底させる。……連絡役。君が保護を担当している彼女にも、だ。この状況を、君の言葉でしっかり伝えろ。……そこから漏洩したら、たまったものではないからな」


 俺は、黙って頷くことしかできなかった。

 目の前の軍事作戦だけでなく、水面下で始まった腹の探り合いと情報戦。

  連絡役としての俺の仕事は、より複雑で、陰湿で、そして、遥かに残酷なものへと、その姿を変えた。

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