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システムエンジニアと迷いし少女の物語  作者: 書との契約者
第2部 二つの世界の交響詩
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第15話:天翔る竜、届かぬ心

 あの重苦しい会議から数日が過ぎた。

 前線基地では、キマイラ隊と王国騎士団による、限定的な共同訓練が始まっていた。

 言語も、常識も、戦術思想も違う。

 だが、共に戦い、生き残ったという事実は、兵士たちの間に奇妙な絆と、互いへの興味を芽生えさせていた。


「―――大振りすぎる!」

 クラウスの鋭い声と共に、彼の長剣が、佐藤軍曹が振り抜いた電磁ブレードの側面を滑るように受け流す。

 体勢を崩した佐藤の首筋に、クラウスの剣の切っ先がぴたりと当てられた。


「くそっ、また負けか!」

 佐藤は、電磁ブレードを地面に突き立て、悪態をついた。

 彼はヴァンガードのパイロットだが、強化スーツを纏っての近接戦闘訓練も受けている。

 その中でも、この電磁ブレードの扱いは得意なはずだった。


「あんたら、なんでそんな軽々と剣を振れるんだよ。こっちは強化スーツの補助があって、やっとこの重さだっていうのによ」

「マナによる身体強化だ。騎士の基本スキルだな」

 クラウスは、涼しい顔で答える。


「君の剣は、一撃の重さだけなら、並の騎士を遥かに凌駕する。だが、力に頼りすぎだ。もっと流れを読め」

「へっ、言ってくれる」

 佐藤は、不敵に笑った。


「まあ、こいつは最終手段だ。俺の本当の得物は、あっちのでかいのだからな」


 佐藤が親指で示した先には、整備中のヴァンガードが鎮座している。

 クラウスもまた、その鉄の巨人を、どこか面白そうな目で見つめていた。


 その時だった。


 野営地全体に、けたたましい警報音が鳴り響いた。

 対空警戒レーダーが、所属不明の高速飛行物体を多数捉えたのだ。


「敵襲!」

 その声と共に、キマイラ隊の兵士たちが一斉に動き出す。

 携行式の対空ミサイルを構える者、装甲車に備え付けられた対空機銃に駆け寄る者。

 陣地を取り囲むように設置された自動迎撃ファランクスが、重い駆動音を立てて空を睨む。全てが、訓練通りに、システム化された動きだった。


 佐藤のヘルメットのバイザーにも、空域マップと、そこに表示された20の赤いマーカーが点滅している。


「クラウス! 敵だ、身を隠せ!」

 佐藤はクラウスの腕を掴もうとする。だが、彼は、周囲の騎士たちと同じように、慌てるそぶりすら見せず、ただ眩しそうに空を見上げていた。


「おい、聞いてるのか! 敵だって言ってんだろ!」

「騒がしいな」

 クラウスは、眉一つ動かさない。


「……ああ、あれか。こちらに魔法信号が送られてきている。心配ない、あれは竜騎士団だ」


「はあ!? 竜騎士団!? 味方なら、なんでマーカーが赤いんだよ!」

「マーカー……? ああ、君たちの千里眼か。生憎だが、我らの竜は、君たちの絡繰に自らの所属を知らせるような、気の利いた真似はできんのでな」


 その言葉に、佐藤は血の気が引いた。

 このままでは、友軍であるはずの竜騎士団を、味方の対空砲火で蚊の群れのように撃ち落としてしまう。


「くそっ、総員待て! 攻撃中止だ! あれは友軍だ!」

 佐藤は叫びながら、指揮テントに向かって全力で走り出した。

 警報を、今すぐ止めさせなければ!


 その頃、指揮車両の中では、俺はレーダーに表示されたマーカーを見て血の気を失っていた。

(馬鹿な、このタイミングで!? まさか…!)


 騎士団の政治的背景。ゲオルグ騎士団長の苦々しい表情。パズルのピースが、最悪の形で組み上がる。

 でも確証がない。敵の大群の可能性も捨てきれない。


「大佐! 攻撃は……! 竜騎士団の可能性も...」

 俺の叫びと、自動迎撃装置が敵機をロックオンする電子音が重なった。


 <<Target locked. Firing sequence, initiated.>>

 冷たい自動音声が、車両内に響き渡る。

 <<Firing in 3... 2...>>


 まさにその瞬間、車両のハッチが凄まじい勢いで開け放たれた。

「攻撃中止ぃぃぃッ!」

 転がり込んできたのは、息も絶え絶えの佐藤軍曹だった。


「あれは! 友軍のッ、竜騎士団です!」

「わかった!」


 大佐が叫び、緊急停止ボタンを叩き割らんばかりの勢いで殴りつけた。

 カウントダウンが停止し、ファランクスの駆動音が静まる。

 ほんの数秒の出来事が、永遠のように感じられた。


 そんな一触即発の状況だったが何事もなく土煙を上げ、20騎の飛竜は、前線基地の隣に設けられた王国軍の野営地へと、見事な統率で着陸する。

 その光景は、俺たちの科学兵器とは全く異なる、圧倒的な生命力と威厳に満ちていた。


 竜から降り立ったのは、ゲオルグ騎士団長よりも一回り若い、精悍な顔つきの騎士だった。彼が、竜騎士団を率いる団長のようだ。


 ゲオルグ騎士団長が、王国騎士団の主力を率いて出迎える。

 竜騎士団長は、竜の首筋を労うように一度撫でてから、ゲオルグに儀礼的な敬礼をした。

 だが、その言葉には、隠しきれない侮蔑と皮肉が滲んでいた。


「ゲオルグ騎士団長。王からの勅命により、馳せ参じました。……しかし、驚きましたな。辺境のカルト教団ごときに、歴戦の王国騎士団がこれほど手こずっていたとは。我らの出番を待たず、とうに終わっているものと思っておりましたが?」


「……口の減らぬ奴め。貴様らが王都で安穏と茶を啜っている間に、我々はこちらの常識と戦っていたのだ」


 二人のやり取りを遠巻きに見ていた俺は、思わずこめかみを押さえた。

(勘弁してくれよ…。ただでさえ文化の違う相手との調整で手一杯なのに、今度は味方同士の派閥争いか? 俺の胃に穴が開くのが先か、要塞が落ちるのが先か…)


 市長の顔が脳裏をよぎる。

 どんな内部対立があろうと、このプロジェクトを成功に導く。

 それが俺の「仕事」だ。


 ---


 だが、光が強まれば、影もまた濃くなる。

 竜騎士団の華々しい登場は、野営地の隅で一人佇むエリザベスの心を、ますます頑なにさせていた。

(これこそが、王国の真の力。これだけの威容があれば、あの者たちの野蛮な力など借りずとも、我らの騎士道で勝利できるわ)


 リュナが選んだ異質な力に頼る今の状況。その全てが、間違っている。

 自分の信じる「騎士の誇り」こそが、唯一の正しい道なのだと、彼女は確信を強めていた。


 その孤立した心に、影がそっと寄り添う。

 竜騎士団の一人だった。

 彼は、すぐには声をかけなかった。まず、周囲の騎士たちがエリザベスを遠巻きにしていること、彼女が誰とも視線を合わせず、唇を固く結んでいることを、数分かけて慎重に観察していた。

 彼女のプライドと孤立が、今、最も利用しやすい状態にあると確信し、彼は蜂蜜のように甘い声で、その心の隙間に滑り込んだ。


「ローゼンベルク侯爵令嬢とお見受けいたします……心中、お察りします。ゲオルグ殿も、お年を召されたか……。ローゼンベルク侯爵家ほどの高貴な方が、なぜ異邦の蛮族の隣で、あのように小さくなっておられるのですか?」


 その言葉は、エリザベスのささくれ立ったプライドに、心地よく染み渡った。この男は、分かってくれる。


「彼らの鉄の巨人や鉄の蜻蛉が、先の戦で多少の役に立ったことは認めましょう。ですが、それはあくまで物量によるもの。あの娘が弄ぶ奇妙な術は、所詮は借り物の力。我らの血に流れる本物の騎士道こそが、この戦いを勝利に導く鍵のはず。神聖なる戦いを、数で蹂躙するなど、騎士の戦い方ではない」


 その言葉に、エリザベスは暗い光を目に宿した。

「……詳しく、お話を聞かせていただけますか」


 ◆ ◆ ◆


 その頃、俺はゲオルグ騎士団長と共に、竜騎士団長を指揮テントへと案内していた。

「団長殿、こちらが我々の指揮系統の中枢です。そして、こちらが共同作戦を指揮する、オオトモ大佐」


「うむ」

 竜騎士団長は、テント内の無機質な機材の数々を、物珍しそうに、しかし鋭い観察眼で見渡している。


「して、大佐殿。ゲオルグ殿から話は聞いた。貴殿らの『兵員輸送ヘリ』とやらで、我らの兵も運んでくれると。……して、その鉄の蜻蛉とやらは、どのようなものかな?」


「見せた方が早いだろう」

 オオトモ大佐は、ホログラムを操作し、輸送ヘリの映像とスペックを表示した。

 さらに、ヴァンガードや攻撃ドローンの戦闘映像も付け加える。

「これらが、我々の主戦力だ。貴殿らの竜騎士団と、どう連携できるか、意見を聞きたい」


 竜騎士団長は、その映像を食い入るように見つめていた。

 その瞳には、侮蔑ではなく、戦士としての純粋な好奇心と、未知の戦力への警戒が浮かんでいた。


「なるほど。鉄の巨人は一点突破に、鉄の蜻蛉は兵の輸送と上空からの制圧に特化しているのか。面白い。実に合理的だ」

 その言葉とは裏腹に、彼の口元には、まるで性能の良い道具を品定めするような、冷たい笑みが浮かんでいた。


 その反応に、オオトモ大佐の眉が、ほんのわずかに動いた。

(……この男、ゲオルグ騎士団長とは違う)

 前線で剣を振るうだけの、ただの武人ではない。

 市長や財務企画部と同じ、駒を動かし戦場全体を俯瞰する側の人間だ。

 

「……ご理解いただけて何よりだ。話が早そうだ。」


 ---

 少し離れた場所で、リュナはアンナとセレスティアと共に、遠くから竜騎士団の姿を眺めていた。

 平民や地方貴族である彼女たちにとって、竜騎士はおとぎ話の英雄そのものだ。

 その圧倒的な威容に、故郷の偉大さと、自分が今いる場所との途方もない距離を改めて感じ、複雑な表情を浮かべていた。


「すごいね……」

「ええ。まさか、本物を見られる日が来るなんて」


 アンナとセレスティアが、興奮と不安が入り混じった声で相槌を打つ。

 リュナは、何も言わなかった。

 ただ、自らの決断の重さと、すぐそこまで迫っている過酷な運命を、静かに受け止めていた。


 エリザベスが、破滅へと繋がる最初の扉に、自ら手をかけたことを、まだ誰も知らない。

 物語は、不穏な空気をはらんだまま、決戦の時を待っていた。

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