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システムエンジニアと迷いし少女の物語  作者: 書との契約者
第2部 二つの世界の交響詩
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第8話:交わらない食卓

リュナの宣言によって、決裂寸前だった二つの世界の邂逅は、かろうじて最悪の事態を免れた。

 だが残ったのは、重く凍りついた沈黙と、解けぬ不信感だけだった。


(どうする……? このままでは何も進まない)


 必要なのは互いを理解する時間、そして落ち着いて向き合える「場」だ。

 その瞬間、かつて会社で厄介なプロジェクトを収めるために使った常套手段が脳裏に浮かんだ。


――そうだ、会食だ。


「――オオトモ大佐」

 俺は低い声で進言する。

「この膠着を打開するため、食事会を提案します。彼らの文化を尊重した料理を用意し、対話の場を整えるんです」


 大佐は驚きを見せず、ただ俺の目を真っ直ぐに見据えた。

 やがて一つ頷くと、堂々とゲオルグ団長とエリザベス嬢の前へ進み出る。


「ゲオルグ騎士団長、そしてエリザベス殿。我々は貴殿らと良き協力関係を築きたい。まずは腹を探るよりも、腹を満たすのが先だろう。今宵、我が陣でささやかな晩餐を催したい」


 唐突な提案に、王国側は目を見開いた。

 エリザベスが冷ややかに言い放つ。


「食事、ですって? 魔力なき者の施しを受けろと? 冗談でしょう」


「施しではない。相互理解への第一歩だ」

 大佐は即座に切り返す。

「それに、腹が減っていては良い話し合いにならん。我が世界では理に適った戦術の一つだ。……そちらでは違うのか?」


 その皮肉めいた言葉に、エリザベスが息を詰める。

 だが意外にも、助け舟を出したのはゲオルグ団長だった。


「……よかろう」

 彼は疲れたように息を吐き、大佐を見据える。

「戦上手は敵を知り、己を知る。貴様らの流儀、とくと拝見させてもらおう。空腹では戦も語れんからな」


 その鶴の一声に、エリザベスは憮然と口をつぐむしかなかった。


 その後のキマイラ隊の動きは迅速だった。

 ゲートの向こうから巨大な六輪車両が進み出ると、王国騎士たちは身構える。


「鉄の荷馬車か!?……でも馬はいないぞ」

「羽も持たぬのに……なんと!ランタンでないが明るい!」


 やがて車両の側面が展開し、内部から眩しい照明と銀色に輝く厨房が現れた。――『モバイル・フィールドキッチン』。

学術研究技術都市が誇る野戦調理用車両だ。

もっぱらイベント用や災害時用での用途が主であるが…


 調理班の手で水や食材が手際よく扱われる。

 水道管から透明な水がとめどなく流れ出し、まずは疲弊しきった王国兵へ惜しみなく配られていった。


 やがて調理が始まる。

 巨大な鉄板の上で肉が弾け、野菜は機械の刃であっという間に刻まれ、巨大なアームが、鍋をリズミカルに振っている。

 香ばしい匂いが野営地へ広がり、空腹の胃を刺激し、ざわめきは次第に期待へと変わっていった。

 調理班が味見をしながら微調整の指示を行っていく。


「愁也さん、メニューの最終確認について牧原さんからです。」

 携帯端末に、地球の牧原から通信が届く。


『リュナ君の情報をもとに、王国の食文化を可能な限り再現した。主食は硬めのパン、主菜は鳥肉と根菜の煮込み。ただし、ただの再現じゃない――』


 牧原が笑みを浮かべる。

『分子ガストロノミーを応用してある。肉は低温調理で極限まで柔らかく、栄養は逃さない。彼らの常識を、味覚から揺さぶってやろう』


「……相変わらず性格が悪い」

苦笑する俺の横で、如月博士が興奮気味に解説を始める。


「うむ! 例えばあの肉、ただ焼いているように見せて、実際は電磁誘導加熱で70℃前後を維持し、旨味を最大化している! 魔法のように見えるが、全て科学の必然だ!」


 やがて長いテーブルに料理が並べられる。

 オオトモ大佐とゲオルグ団長が中央で向かい合い、その周囲に両陣営の要人が警戒を解かぬまま腰を下ろした。


 最初に口をつけたのはゲオルグ団長だった。

 黙って肉を切り、口に含む。そして――わずかに目を見開く。


「……うまい」


 その一言が合図だった。

 次々と騎士が食事を取り、感嘆の声を漏らす。


「煮込みなのに、香ばしさまであるとは……!」

「このパン……外は堅いのに、中は驚くほど柔らかい……」


 疲れ切った身体に、滋養と未知の美味が沁み渡る。

 だが一人、エリザベスだけは頑なに皿へ手を伸ばさなかった。


「エリー、食べないの? すごく美味しいわよ!」

 アンナが屈託なく声をかける。


「……結構です」

エリザベスはきっぱりと言い放った。

「魔力なき者が、神に祈ることもなく生んだ炎で調理した食事など……魂のない料理に過ぎませんわ」


 兵士たちの間に険悪な空気が走る。

 だがそれを和らげたのは、リュナの笑顔だった。


「そっか……残念だな。本当に美味しいのに」

 無理に勧めず、ただ少し寂しそうに微笑む。

 その自然さは、エリザベスの態度をかえって子供っぽく見せる。


 続けて、響がおずおずと言葉を紡いだ。


「あの……エリザベス様。もしお口に合わなければ申し訳ありません。でも、このお料理はリュナさんに教わりながら、私たちの料理人が心を込めて作ったものです。火の神はおりませんが、その代わりに『旅人を癒やしたい心』が込められています。私たちにとっては、それも大切な儀式なのです」


 拙いながらも敬意を払う響の言葉。

 それはエリザベスの頑なさを解きはしなかったが、隣のセレスティアの瞳にわずかな揺らぎを与えた。


 食事会は奇妙な形で続いた。

 やがて宮廷魔術師が重々しく口を開く。


「大佐殿。先ほどの戦いで見られた『呪い』……魂に直接干渉する悪質な精神魔法だ。貴殿らはどう対処するつもりか?」


 如月博士が待ちきれずに前のめりになる。

「ええ! 我々の分析によれば、脳の情報処理プロセスに対する指向性電磁波、あるいは未知粒子による干渉で――」


 翻訳機が意味不明な音列を吐き出し、魔術師は眉をひそめる。


「博士、ストップ」

俺は制すると、リュナと響に目配せした。

「頼む」


 二人は頷き合い、それぞれの立場で通訳を紡ぎ始めた。


「魔術師様」

まず響が柔らかく言葉を置く。

「博士はこう申しています。あなた方の『呪い』を、私たちは『脳が受け取る間違った情報』と考えているのです」


 リュナが続ける。

「魂を惑わすんじゃなく、目や耳からの情報に嘘を混ぜちゃうというか……悪い手紙を本人になりすまして届けるようなもの、だって。

 そしてその対策については……。」


 二人の見事な共同翻訳に、空気がざわめく。

 エリザベスは冷ややかに切り込んだ。


「神聖な魔法を……子供の言葉に喩えるなんて。リュナ、あなたは何を吹き込まれたのです?」


「吹き込まれたんじゃない。私が学んだの」

 リュナは毅然と答えた。

「目的は同じ――皆を守ること。そのために私は『科学』も『魔法』も、どちらも学びたい」


 夕食会は理解を結ぶよりも、むしろ断絶の深さを照らし出して終わろうとしていた。


 ゲオルグ団長は無言で席を立ち、大佐を一瞥して短く告げる。


「……食事、礼を言う。味は、悪くなかった」


 それは彼なりの最大限の賛辞であり、交渉の席に着く意思表示でもあった。


 夜は更けていく。

 テーブルに残された、手付かずのエリザベスの皿を見つめながら、俺は胸に重みを覚えていた――これが二つの世界を揺るがす“始まりの亀裂”なのかもしれない、と。

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