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システムエンジニアと迷いし少女の物語  作者: 書との契約者
第2部 二つの世界の交響詩
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第7話:力の槍と、心の壁

 硝煙が晴れた後に残った静寂は、勝利の安堵よりも、不気味な余韻のほうが戦場全体に沈殿していた。

 キマイラ隊が確保した橋頭堡には、プラズマ兵器が焦がした金属の匂いと、魔獣の体液が蒸発する強烈な臭気とが入り混じり、鼻腔を刺す。


 メディカルチームの許可が出て、俺たちはようやく防護マスクを外した。


「……う、……ぁ……」


 若い兵士が、強化装甲服のヘルメットを脱ぐと同時に、その場に膝をついた。

 嗚咽――精神の糸がぷつりと切れたようなその声に、俺も思わず足を止める。


「モニターには……ちゃんと緑色で『FRIENDLY』って……味方だって表示されてたんだ……なのに……!」


「落ち着いてください」


 響が声をかける。俺もしゃがみ込み、彼女と並んだ。

 学生である彼女を一人だけ対応に立たせるわけにはいかず、思わず身体が動いた。

 本当は、こんな場所に彼女自身がいること自体おかしいのだ。だが――俺の制止を振り切って来てしまった以上、今さら後戻りはできない。


「あなたのせいじゃありません」


 まだ青ざめた顔をしながら、響は必死に言葉を紡いだ。


「今、何が見えましたか? いえ――どんなふうに“感じ”ましたか? その体験が、次に皆を守る一番大切な情報になるんです」


 兵士は、響の言葉にはっと顔を上げた。


 精神干渉魔法――。

 黄昏の旅団の術者が用いるあれは、機械のセンサーを欺くものではない。人間の「認知」そのものに干渉する、ほとんど呪いに近い術だった。


 **


「リュナさん、少しよろしいでしょうか?」


 前線指揮所のテントへ向かおうとしたとき、響がリュナを呼び止めた。

 声色はいつになく真剣だ。


「これから会う『王都の騎士団』って、どういう方たちなんでしょう? お貴族様なのですよね? 話し方で気をつけるべきことはありますか?」


「響さん……」


「私は正式なリエゾンではありませんが、愁也さんを支えるのが役目ですし。それに、リュナさんの故郷の方々に無礼を働きたくないんです」


 リュナは少し考え込み、それから口を開いた。


「彼らは王家と王国に絶対の忠誠を誓う誇り高き戦士たちです。……でも、プライドが高いゆえに、魔力のない者や礼節を欠く者には厳しいかもしれません」


「なるほど……ありがとうございます、リュナさん。肝に銘じます」


 響はメモ帳に走り書きをし、きゅっと唇を結んだ。


 **


 橋頭堡の中央に立てられた即席の指揮所テント。

 ここが異世界間、最初の公式会談の場となる。


 エルドリア王国騎士団長ゲオルグが入ってきたとき、テーブルを見てわずかに眉をひそめた。

 そこには、この周辺の地形情報が「板」に映し出されていたからだ。


『我々は、学術研究技術都市より派遣された部隊である』


 俺がエルドリア語で言葉を発すると、間を置かず響が訳を添える。AIではなく、彼女自身の声で。


『黄昏の旅団は、貴国を脅かすと同時に、我々の世界にも侵攻を行った。共通の敵を前に――』


 俺の言葉を遮ったのは、リュナだった。彼女はゲオルグの前に進み出て、深く頭を下げる。


「エルドリア王国騎士団長、ゲオルグ様。ご報告が遅れて申し訳ありません。王立魔法学院所属、リュナ=ルオフィスと申します」


 声はかすかに震えていた。


「私は魔導書を護衛する任務に就いていました。しかし旅団の襲撃を防げず、魔導書は奪われ、先輩方も……! すべて私の責任です。どんな罰もお受けする覚悟です」


 テント内に重苦しい沈黙が落ちる。

 やがてゲオルグは深いため息を吐き、静かな武人の声音で言った。


「……顔を上げよ、学院の生徒。貴殿が生きて戻っただけでも、良しとせねばなるまい」


 リュナが顔を上げた。その時だった。

 騎士団の側近らしき男がゲオルグに耳打ちをする。

 言葉は聞き取れないが、彼の表情が再び冷ややかに変わり、空気が緊張感を増した。


 俺は騎士たちの鎧を思い返す。

 華やかな意匠の奥に補修跡が目立ち、兵士たちの顔には疲労と諦観の影がにじんでいた。――虚勢だ。戦力の限界も近いのだろう。


「……ゲオルグ騎士団長」


 俺は一歩、前へ出る。


「取引をしよう」


「取引だと? 魔力なき者が、この私と?」


 ゲオルグは鼻で冷笑した。


「そうだ。お前たちは旅団に関する『情報』を持っている。俺たちは、旅団と戦える『火力』を持っている」


 俺の言葉に、隣の響の表情が強張る。すぐに彼女が補足した。


「私たちには、皆様を助けるための特別な『力の槍』があります」


 火力という語を避け、響は言葉を置き換えていた。的確なフォローだ、と内心で思う。


「愁也さん、少し失礼」


 リュナが続ける。


「ゲオルグ様。響さんの言うとおりです。その『力の槍』は暴力ではなく、私の魔法を科学の力で解析し、魔獣が忌むエネルギーを再現したものです。それは、あなた方の聖剣と同じく民を守るための力なのです」


 響とリュナ、二人が俺の言葉を補ってくれる。

 ゲオルグは意外そうに二人を見つめ、再び俺に視線を戻した。


「……続けろ」


「互いに持たぬものを補い合い、共に敵を討つ。対等な取引だ」


 空気が一瞬にして凍りつく。ゲオルグの視線に殺気を感じ取った、その時――


「報告します! 王国軍本体が到着しました!」


 伝令の兵が駆け込み、重苦しい空気が断ち切られた。


 **


 丘の向こうから現れた王国軍本隊。

 鮮やかな旗と金属鎧の整然とした列は壮観で、さきほどの先遣隊の疲れ切った有様が幻に思えるほどだった。

 橋頭堡へ本隊が入るや否や、兵士たちの間で噂話が囁かれる。


「見たか? あの妙な鎧の連中……」

「ゲオルグ様の隊と合流した謎の部隊らしい」

「旅団を追い払ったって話だが……」


 その頃、三人の少女の姿があった。

 学生らしい彼女たちは後方勤務部隊に所属しているらしい。


「謎の軍事組織……?」


 エリザベスという名の少女が眉をひそめ、何かを決意したように歩み出す。その後を友人のアンナとセレスティアが慌てて追っていく。


 三人が人波をかき分けてたどり着いた先にいたのは、キマイラ隊の兵士、そして中央に立つリュナだった。


「リュナ……!? 本当に、リュナなの!?」


 アンナの叫びが響く。

 リュナの瞳から涙が溢れ、彼女は友人たちへ駆けていった。

 俺は一歩離れ、その光景を見守る。


「生きてた……! 本当に生きてたんだね!」


 友人たちがリュナを抱きしめる。涙の雨に、俺の胸も熱くなる。


 やがて、泣き止んだエリザベスが姿勢を正し、俺たちを冷静な目で見つめ直した。

 その態度は、貴族らしい毅然としたものへと戻っていた。


 響はその前に一歩進み、スカートの裾を摘んで丁寧に一礼する。


「初めまして、ローゼンベルク侯爵令嬢殿。天野響と申します。リュナさんとは互いに学友として言葉を教え合った仲です。皆さまとより良い関係を築けることを願っております」


 エリザベスたちが驚きの表情を浮かべる。俺も慌てて片言で頭を下げた。


「……はじめまして。いずみ、しゅうや、です」


「……あなた方、私たちの言葉を?」


「はい。リュナさんから学びました。あなた方の文化に敬意を抱いています」


 エリザベスはすぐに冷静さを取り戻す。


「リュナを保護してくださったこと、その労は認めます。しかし、この娘は我らが国の至宝。今後は異邦人のお力添えは不要です」


 俺は何も言えなかった。

 これが、この世界の「常識」なのだろうか。


 だがその時。


「違う」


 リュナの声が響く。

 彼女は友人たちの手をそっと離し、俺たちの隣に並んだ。その瞳に、もはや涙はない。


「みんなの気持ちは嬉しい。でも私はもう、ただ守られるだけじゃない。愁也さんたちは私を『便利な魔法使い』じゃなく、一人の『リュナ』として見てくれた。この人たちと一緒に戦うのは、私自身の意志なの」


 エリザベスは驚いたまま黙り込む。


「私はどちらかを選ばない。どちらも繋ぐ者になる。……それが、今の私の“魔法”だから」


 俺はそっと、隣に立つリュナの小さな背中を見つめる。

 ――これが、世界と世界を隔てる壁を打ち砕く最初の衝撃なのかもしれない。


 空には二つの月が静かに並び、淡い光を落としていた。まるで新しい関係の始まりを、静かに祝福しているかのように。

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