第22話 ようこそ本物の街へ
私はライリー。
死者の街の亡霊で、生前の記憶がない。
そして今、初めて“生者の街”に立っている。
ビルの光と車のライトで輝く街には、人々の足音や話し声、電車や車の音が溢れていた。数えきれない音が複雑に絡み合って、街全体でひとつの騒がしい音色を刻んでいるみたいだった。
初めて見る景色に初めて嗅ぐ独特な匂いに、頭が一瞬クランってなって、体がよろめいた。
「ちょっと大丈夫」
よろめいた体を猿渡さんが優しく掴む。
「だ、大丈夫です、それよりここって」
「ええ私の故郷、ライリー目線なら生者の街かな、どう感想は」
「え、えーっと…少しうるさいのと人が多いかな」
街並みはD-タウンとは似ているようでまるで違う、なんであの人達はあんなに人と人の距離が近いんだろう。
みんな他人…だよね、流石にあれ全員が知り合いのわけがないもんね。
信号待ちをしている人も駅に向かう人も全員が他人、そのはずなのにまるで知人みたいに距離が近い。
何であんなに…近いんだろう、殺されてもおかしくない距離なのに
「……ライリー?」
「………あ、はい、ど、どうしました」
突然猿渡さんが私の手を握った。
どうしたんだろういきなり。何で手を握ったんだろう。そう思った。でも、猿渡さんの声と視線で初めて自分がちゃんと立てていないことに気づいた。
「あ…あれ」
「ちょっと疲れてる?」
「そう…ですねごめんなさい、きっと図書館で能力を使いすぎたんです」
「だといいけど…その、さっき目がガン開きだったよ、血管が見えるぐらい」
「そ、そんなに開いてましたか」
「うん、女の子がしちゃいけない顔になってた、なんか気になるもん…しかないか」
「ごめんなさい。その…いつもこんな感じなんですか」
「こんな感じって?」
「人の量というか…その…人と人の距離って」
「まぁ名古屋だし皆んな帰る時間だから人が多いのもあるけど…まあわりかしこんな感じ」
「そう…ですか」
この世界ではこれが普通で当たり前の光景…なのかな、私には異質な光景にしか見えない。
この世界の住人は死の先を知らないはず、それなのに何で他人とあそこまで距離を近づけれるんだろう。
いつでも殺せる距離まで、どうして他人を近づけれるんだろう。まるでパーソナルスペースがないみたいだ。
「………」
「まあ名古屋駅前だしね、あの人混みがそんなに珍しい、街並みとかじゃなくて」
「………うん、あの人達は逃げるときどうするんでしょうか」
「に、逃げる?」
「だって人を殺そうと思えば誰でも殺せますよ、自分が殺されないと思っているみたいに隙だらけ」
「…………」
「私があそこに居たら20人は殺せてます、能力者じゃなくても、ガソリンを巻いて大爆発を起こせる。そんな事が起こったらどうやって逃げるんですか、逃げようとしたらドミノ倒しですよね」
猿渡さんの顔から、さっきまでの軽い調子が一瞬消え、わかりやすい作り笑顔を浮かべた。
「そう…だね、貴方の言うとおりかも、みんな慣れてるの人に襲われない生活に」
「そう…ですか……」
「言われてみれば私あの街で人混みとか見たことなかったな、街が広いと言うか人が少ないと言うか…」
「うん」
「今思うとアニメの背景みたいね、あなたの街」
「…………」
「…………」
「……ごめん」
「………」
何でだろう、この街に来たからか、それとも図書館の余韻かな…さっきから体の震えが止まらない。それに背中が…寒い。
何でだろう、私は何を恐れてるの、何が嫌なの、何が怖いの…私は……
「…………はぁ…はぁ…はぁ…」
自分でも考えがまとまらない、呼吸が荒れて頭が真っ白になる、何秒か意識というか記憶が飛ぶ、何かおかしい…何がおかしい、自分でも分からない。
手の甲にポトリポトリと水滴の冷たさが伝わる、一瞬雨かと思った。だけど雨は降っていない。
そこで私はさっきから目がずっと開いたままだったことに気づいた。たぶん瞼を閉じることすら忘れていたんだ。
「ライリー…」
「……ハハ……ハハハ…」
何で笑ってるんだろう、何が面白いんだろう、何で泣いてるんだろう、そもそもなんでここに居るんだっけ。
だめだ、記憶が安定しない、記憶も頭も真っ白で思い出せないしなにも考えられない。
落ち着け…落ち着くんだ私、落ち着いて深呼吸を…
「……はぁ…あ……あ…はぁ」
……あれ、うまくできない。
呼吸がうまくできない。勝手に早まって、涙が溢れて、深呼吸ができない。
視界が揺れる、勝手に目が動く、身体中が寒い、身体中が震える、視界も体も記憶も意識も安定しない。
どうしよう…どうすれば。そう思っていると体中を謎の暖かさが包んだ、その暖かさでさっきまであったはずの震えが、少しだけ弱まっている気がした。
「……はぁ…はぁ…はぁ」
温もりが冷たかったはずの体中に広がり、呼吸が徐々に落ち着いていく、曖昧だった意識が鮮明なものになっていく。
記憶が安定する、心が落ち着く。視界が揺れない。
肩のあたりに、重さがある。
背中に、柔らかい何かが触れ、呼吸に合わせて、その温もりがゆっくり動く。
「……猿渡、さん?」
頬の涙をハンカチで拭き取り、上を向くと猿渡さんと目があった。
「……落ち着いた?」
気が動転していて気づかなかったけど、私は猿渡さんに後ろから、抱きしめられていた。
「はい」
暖かくて心地いい。恥ずかしいけど、もう少しこのまま……
「…ごめん」
「え?」
「ライリーを巻き込んでこの街に来させた」
「………」
抱きしめてくれていた腕が、思っていたよりずっと強くて、少しだけ震えていた
「私のせいだ」
私はそっとその手を握りながら満面の笑みを見せつける。
「違うよ、ここには私の意思で来たの、猿渡さんは関係ないよ」
「そ、そう」
「うん」
「……無理してない」
「してるかも、だけど後悔は…ないよ、ないようにしていく、だから手伝って猿渡さん、いい…よね」
そう言うと猿渡さんは静かに笑い表情が緩んだ。
「断るわけないじゃん、一緒に過去を見つけよライリー」
「うん」




