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――管理者報告書No.10――

【記録種別】技術観察/概念の再評価

【提出者】管理者X

【提出時刻】オーバーアーズ実用化以降


最近、映画技術の進化を見てふと思った。

私が子供の頃は、白黒映像でゴジラが暴れているだけで大騒ぎだったものだ。

それが今では、無能力者が空を飛び、火を操る時代になっている――画面の中だけで、だが。


だがそれは同時に、こう言えるのではないか?

**「能力とは、結局は表現手段のひとつに過ぎない」**のではないかと。


たとえば手から火を出す能力があったとして、

マッチやチャッカマンがあれば、結果は同じだ。

飛べる能力者がいても、飛行機やワイヤーがあれば空は飛べる。

要するに――技術と知恵があれば、能力は模倣できる。


そもそも、能力を使うのが「人間」である必要性すらない。

以前の実験で、人間に◾️◾️の遺伝子を組み込み、能力を移植する試みはすでに成功している。

ならばその先として、機械に能力を持たせることはできないだろうか?


……ただの気分転換のつもりだったが、これは案外、重要な着想かもしれない。


さっそく試してみよう。


(了)

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