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ーー管理人報告書No35ーー

【記録種別】能力と技術進化の関係性について

【提出者】管理者


 能力というものは、世代を跨ぐたびに強力になっている。


これは特別なことではない。

人間の身体能力、知能、才能が子供へ受け継がれるのと同じように、能力もまた遺伝によって引き継がれ、少しずつ強くなっていく。


だが最近、研究者の間ではそれとは別の理由が指摘されている。


それが――


**「能力の理解手段が増えた」**という説だ。


少し例を出そう。


火を生み出す能力者がいるとする。

その能力者は火を出す際、ライターをイメージすることで能力を安定して使える。


空を飛ぶ能力者は鳥の羽ばたきを思い浮かべ、

物を動かす能力者はゲームのコントローラーを想像する。


能力とは多くの場合、

何か既存の仕組みをイメージすることで制御される。


では逆に考えてみよう。


もしそのイメージする対象が存在しなかった時代ならどうなるか。


ライターもコントローラーも存在しない時代、

能力者はおそらく

•マッチ

•焚き火

•棒で突く


といった原始的なイメージを使って能力を操作していたのだろう。


つまり――


能力そのものが強くなったのではなく

能力を扱う“想像力の道具”が増えたのだ。



技術が進化すれば、それだけ能力の応用も広がる。


焚き火はマッチになり、

マッチはライターになった。


馬車は車になり、

車は未来では空を飛ぶかもしれない。


もしそうなった時、

車をイメージして能力を使う者は、

空を飛ぶ能力を自然に扱うようになるかもしれない。


漫画、小説、映画――

これらも同じだ。


空想の能力、奇妙な力、異様な世界観。

そういったものが能力のイメージの材料になる。


日本に奇妙な能力者が多いと言われるのも、

おそらく娯楽文化が豊富だからだろう。


能力をイメージする媒体が多ければ多いほど、

能力の可能性も広がる。


つまり――


能力の進化は、遺伝だけではなく技術によっても促進される。



侮辱するつもりはないが、

電気も存在しない未開部族の社会では、強力な能力者はほとんど存在しない。


だがもし彼らに

•電気

•機械

•情報

•娯楽


といった技術を与えれば、

能力の強さもまた変わるだろう。


能力とは、

知識と想像力によって拡張される力なのだから。



今、外の世界では能力規制が議論されている。


だが真に能力を規制したいのであれば、

止めるべきなのは能力ではない。


技術の進化だ。


電車は永遠に電車のままで、

リニアにはならない。


車は永遠に地面を走り、

空を飛ぶことはない。


いや、いっそ馬車の時代に戻れば、

能力そのものも弱体化するかもしれない。


そこまでやって初めて、

能力の進化は止まる。


もっとも――


そんなことは絶対に不可能だ。


だから能力規制などというものは、

所詮その場しのぎの幻想に過ぎない。


数年は効果があるかもしれないが、

技術の進化にはすぐ追い越されるだろう。


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