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第14話 窓

 真っ暗な図書館に、まったく似つかわしくない陽気な音楽が流れてる中。私と猿渡さんは、そんなカオス空間の中をゆっくり歩いていた。


 さっきのラフェットさんとの喧嘩のせいで、猿渡さんの雰囲気は明らかにピリついている。顔も声もトゲトゲしててピリピリしてる。なんか怖い。


「……あの、猿渡さん」


「なに?」


「そろそろ……落ち着きましたか?」


「私は極めて冷静よ」


 どこが。とりあえず“冷静”の意味を辞書で調べてみてほしい。


「ラフェットさんも、悪気があったわけじゃないんだよ。その…あの子、人付き合いが苦手なだけで……」


「余計にタチが悪いじゃない」


「そ、その……ほら、親って呼べる人もいないし、博物館でも一人で過ごすことが多くて。話す相手も"管理人さん"くらいしか……」


 その言葉に、猿渡さんの反応がほんの少しだけ変わる。肩の力が抜けたように気軽なトーンで、すぐに質問が返ってきた。


「管理人? 支配人じゃなくて」


「え、えーっと色々呼び名があるんだ、私もどれが正しい呼び名かわからない」


「その管理人って…この街の神様なのよね。そういえば、どんな奴なの? 一応“神様”なんでしょ?」


「神様……うーん、まあ、死者の街の管理者だし、そうなるのかな……」


 本当に全然神様感がないんだよね、神様というより、“運営”って感じが凄いする。


「なによその歯切れの悪さ」


「だって全然神様っぽくないんだよ。いつもスーツ着てるし」


「……は?スーツ?」


「ほんとだよ。ぴっちりスーツに変な動物の仮面かぶって、常にタブレット持ち歩いてて……」


 猿渡さんの足がほんの少しだけ止まった。


「………仮面?」


「じょ…冗談じゃないよ」


「いやどんな冗談よ、神様がスーツ着てるって」


「だから“神様感”ないって言ったじゃん。時々会うけど、ありがたみとか神々しさとか全然ないし」


「……変な街ね、やっぱここ」


 管理人さんから興味がなくなったのか、すぐさま話題を変えてきた。まぁ私も管理人さんの事そんなに知らないからいいけど…もう少し興味持ってくれてもいいじゃん。


「そ、そうかな…逆に、猿渡さんの街ってどんなところ?」


「どんなって……普通よ、普通」


「私にとっては、この街が“普通”なんだけど」


「そっか」


「…………」


「…………」


「えーっと……路上駐車が異様に多くて、23号線と302号線はバカみたいに混むし……」


「初手悪口?」


「人が多すぎるのよ。どこ行ってもギュウギュウ。思い返すだけで蕁麻疹出てきそう、もう地獄よ、あれは」


「そんなに混むんだ……なんか気になってきた」


「じゃあこの街を出るとき、ついでに見に来れば? 言ってる意味がわかるから」


「行きたいけど……無理かな。私はこの街に住む、ただの亡霊だから」


「それもそうね……」


 猿渡さんは「ふふ」と少し笑ったかと思うと、すぐにその笑顔をしまい込んだ。


「……どうしたの?」


「ううん。ちょっと……頭が冷えただけ」


「ワタワタの帽子でも作ろうか」


「そういう意味じゃないのよ。って、作らなくていいから! あーもうあーー!」


 私はふわふわの毛糸で帽子を作って、猿渡さんの頭にそっと乗せた。可愛い猫耳付きのやつ。


「……ねえ、帽子はいいけどさ。遊園地でよく見る耳はいらないでしょ……」


「可愛いじゃん」


「いや、可愛いけど……これ、1人でかぶるタイプじゃないでしょ」


「じゃあ、私の分も作ろうか?」


「いいって! ……っていうか“頭が冷えた”って、寒いとかそういう意味じゃなくて、“冷静になった”って意味よ」


 あー、そっちの“冷えた”か。


「……その…色々言い過ぎたわね」


「私に言われても……」


「そうね。今度、また会えたら謝らないと」


「うん……きっと喜ぶよ」


 よかった、猿渡さんが落ち着いたみたいだ。そろそろラフェットさんも冷静になってるといいけど……

 

 いや、あの子の性格的に、まだ少し根に持ってそう。


 ポケットからスマホを取り出して、LINEを開く。

 今夜はもう無理そうだから、明日にでも仲直りしよう。「明日、喫茶店に来て」と送信した。


 また喧嘩にならないと良いけど、まぁ…大丈夫でしょ。多分。


「それにしても……」


 猿渡さんが、ため息まじりにスピーカーを見上げる。


『Down came the rain, and〜』


「ずっと同じ曲が流れてるわね」


「たぶん5周目くらいかな。ていうか、何て言ってるの?」


「小学生レベルの単語ばっかりだから、なんとなくわかるわよ」


「記憶ないし、学校も行ってないから分かんないよ。なら猿渡さんが訳してよ」


「え、えーっと……」


『〜sun, and dried up all the rain』


「小さなクモが排水口を登って、雨で流されて、晴れたらまた登って、また流されて……みたいな歌を無限ループしてるわね」


「へー」


「……なによその反応」


「いや、もっと重要なメッセージでもあるのかと思ったら……びっくりするほどどうでもいい内容だったから」


「陽気な音楽で重要なこと歌ってるわけないでしょ」


「それもそうか」


「ん?」


 猿渡さんの足がぴたりと止まり、私は反応が遅れて後ろからぶつかった。


「ぷへ!? な、なに急に止まって!」


「あれ……なんだと思う?」


 猿渡さんは少し高い位置の窓に懐中電灯を向けた。


 そこには虹色に光り輝く何かがあった。ここからだと遠くて何が光っているのか分からない、だけどわかるのは何かが虹色に輝いていることだね。


「……なにあれ」


「ゲーミング窓?」


「7色に光り輝く窓って何よ、なんか窓枠にあるみたい……」


 猿渡さんは軽くジャンプして、ふわりと空中に浮かんだ。


「いいなぁ、飛べて」


 私がそう言うとその場で止まり振り返る。


「言っとくけどこれ飛んでないからね」


「……飛んでるじゃん」


「正確に言うと上に向かって落ちてるだけだから」


「へぇ……だからスカートがめくれて、パンツ丸見えなんだ」


 猿渡さんの顔が一瞬で真っ赤になった。


 スカートを左手で押さえ、右手の懐中電灯を勢いよく投げつけてきた。


「いっつつつっつ!! 思いっきり当たったー!!」


「見んじゃないわよバカ!!」


「別にいいじゃん、女の子同士だし、スパッツ履いてんだし!」


「恥ずかしいもんは恥ずかしいのよ!」


「一緒にお風呂入った仲じゃん」


「あんたが無理やり入れたんでしょ!!」


「だって私、風呂キャン派じゃないから」


「私は風呂キャン派でもなんでもないわよ……!」


 恥ずかしそうにスカートを押さえながら、猿渡さんはふわふわと窓の近くまで浮かんでいく。


 窓の外はもうすっかり暗くなっていて、黒い空に月と星がぽつんと浮かんでいるのが見えた。気のせいかもしれないけど気温が低いと星が綺麗に見える気がする。


 まぁ…多分気のせいかな。


 今日も窓からでもオリオン座がキラキラと輝いている…多分。ぶっちゃけオリオン座以外わかんないから、今見えてるのが本当にオリオン座なのかも怪しい。


 そもそもオリオン座って冬の星座だっけ?夏じゃなかったっけな?

 ※冬の星座です。


 アレガ デネブ アルタイル ベガ って奴が冬の大三角だった気が……ん? いや…なんか違う気がする。

 ※夏の大三角です。


「……にしても、夜の図書館って本来はすごく怖いはずなのに、全然怖くないわね」


「そだね〜」


「この曲……英語の授業でよく聴いた気がする。なんだっけな、曲名……小さな、小さな……」


「蜘蛛がいて」


 突然、窓の向こうからそんな声が聞こえてきた


 機械のように感情のない、無機質な女性の声。


 聞いた瞬間、まるで氷を背中に押しつけられたみたいに、体がゾワリと震えて背筋が伸びた。


「……え?」


 猿渡さんが慌てて窓から離れようとした、その瞬間。


 パリーンッ! 


 ガラスが割れる音とともに、黒い人影が図書館内に飛び込んできた。


「なっ……!?」


 人影はそのままの勢いで猿渡さんにキックを叩き込み、本棚に叩きつけた。


 流れる様に人影は手首から蜘蛛のような粘着質の糸を作り出すと、その糸は猿渡さんの体に絡みついていく。


「あの軍服は……!」


 私が驚く暇もなく、人影は糸を引っ張って猿渡さんを宙に引き寄せ――そのまま空中で踏みつけた。


 そして、新しい糸を両手から作り出し床に貼りつけると、体を軸にして一気に回転しながら猛スピードで落下していく。


 ズドーンと言う音と激しい振動が図書館中に伝わる。


「猿渡さん!!」


 私は慌てて落下地点を懐中電灯で照らす。


 そこに立っていたのは全身に包帯を巻き、その上に軍服を着た、異様な姿の女性だった。


 私はあの人を知ってる、と言うかこの街に住んでいてあの人を知らない人はいない。この街の警備隊のはちゃめちゃに偉い人で管理人の右腕と言われる人物。


 戦場の殺戮魔、血にまみれた包帯女――クィーン・アラクニットこと


「く……クローシスさん……!」

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