第13.5話 包帯巻きの軍人
「いきなり銃声聞こえたら私がびっくりするから、とりあえずもう行くから頭冷やしてて」
「……冷やすのはそこのでか……」
「もういいから、頭冷やして!!」
そう言い残し、ライリーは猿渡の手を引き、地下室から出ていった。
静けさが残るデータスペース。パソコンのファンが回る音だけが響き渡る。
ラフェットは苛立ちを押し殺しきれず、そばにあった椅子を蹴飛ばした。金属の脚が硬い床を鳴らして跳ね、遠くまで転がっていく。
「……何なのよ…まるで私が悪いみたいじゃない……」
彼女は自分に言い聞かせるようにそう呟いた。
私は事実を述べただけ、悪いのはちゃんと調べなかったあの女だ。そう脳内で何度も言い聞かせながらゆっくりと崩れるように椅子に座り一呼吸置く。
「……ふう…にしても大丈夫かなライリー……」
ため息をつく。そしてゆっくりと目の前のパソコンの電源を入れ直すと、来場者記録のログが自動で表示された。
画面に表示された名前の中に猿渡 彩香の名前が記録されていた。
この街のデータベースには、住人の個人情報が記録されている。来場者記録は、そのデータを参照して自動で記載される。
もちろん住人でない者は、そもそもデータベースに存在しないため、来場者記録に記載されることはない。
「……この街の住人じゃないあいつの名前が記録されている……」
指先が震える。
「……つまりこれって…そう言うことよね……」
ありえる可能性は2つ。
1つ目は猿渡本人が気づいていないだけで死亡しており、だから記録された。
2つ目は死んではいないが管理人に素性が割れて、データに記録されたか。
「……それで本来起こるはずのない停電に…この音楽…そう言うことよね……」
ラフェットの脳内に一瞬嫌なことがよぎると同時に異質な気配を感じ取った。
カタカタカタ 天井から何かが這い回るような音が聞こえラフェットは振り返り天井に向けて懐中電灯を向ける。
「……誰?……」
照らされた光の中、一瞬だけ黒い影のようなものが横切った。
その瞬間、ラフェットの背筋が氷のように冷たくなり、心臓の鼓動が何倍にも早くなる。
右手に持っていた懐中電灯を左手に持ち替え、ライリーからもらった拳銃を右手に持ち強く握りしめる。
「………………」
恐怖からか自然と体が息を止め、ラフェットが意識しないまま、後ろ後ろへと下がって行く。
カタカタと言う天井の音は止み、辺りは静寂に包まれていた――それ以上に**“他者の気配”が完全に消えていた**。
気のせいか、いや、だとしてもあの時見た何かは一体、そう思った矢先、背中に何か柔らかく、生暖かいものが触れた。
「……っ!!……」
反射的に振り返ると同時に、何の躊躇いもなく引き金を引いた。
発射された銃弾は、背後に立っていた何かに命中した。確かな手応えだけがあった、だが結果がなかった。
鈍い衝撃音とともに弾が肉を抉る。しかし、“それ”は微動だにしなかった。呻き声もなく、痛がる様子もない。
「……はぁ、はぁ、はぁ……」
ただ続く沈黙の中、“それ”はラフェットの手から拳銃を取り上げ、無造作に遠くへと放り投げた。
「いい選択をしたな」
体を震わせながら手に持つ懐中電灯を上にあげる、そこには全身に包帯を巻きその上に軍服を着た謎の存在がいた。
左手に持った銃やナイフなどが大量に入った鞄をゆっくりと地面に置く。
その異様な姿にラフェットは口を開く。
「……く、クローシス警備主任……」
警備主任その肩書きだけで、この街の空気が変わり、ラフェットは呼んだ瞬間、喉の奥がひゅっと冷えるような感覚に襲われる。
「久しいなラフェット、彼奴等と一緒に行動しなかったのは懸命だったな」
声だけで、逃げ道が塞がれた気がし、ラフェットは諦めの境地に達したのか頭が冷え冷静になる。
「……貴方の狙いはピンク頭ですか……」
「ああ、そうだ。部下のロッキングクルーが取り逃したせいで私がこうして動く羽目になった」
「……貴方のような方があんな三流とつるむのですね……」
「馬鹿とハサミは使いようと言うだろう、私の仕事は下に仕事を流すことだ」
「……それならなぜ貴方がここに……」
「重要書類の運搬をホームレスに任せるか?重要な仕事ほど信頼できる者に任せるが、私にはそれほど信用できる者が居なくてな」
クローシスは地面に転がった椅子を元に戻すと静かに腰掛けた。
まるで、ただの雑談を始めるような気安さで。
「そうなれば必然的に私が動くしかないだろう、厄介な事だが…仕方あるまい」
「……にしては随分と手が込んでますね。あなたなら、わざわざこんな演出をせずとも仕留められたはずなのに……」
「あまり人前に出たくないんだ、こうして罠をはるのが性に合う、それに彼奴の目的が少し気になったからな」
「……わかるまで泳がせていたんですか……」
「そんな所だ、しかし…うんまぁ 親探しとは何で無駄な事を」
「……それは同感ね。私も無駄に時間を使わされたわ……」
「ご苦労様だったな。両親なぞ見つかるわけがないのに、無駄な人生だったな」
クローシスの声に、冷たい嘲笑が混じる。
ラフェットは一呼吸置き、ゆっくりと問う。
「……その物言い。つまり、彼女の両親はまだ生きていると……」
「知らんな」
クローシスは、わざとらしく肩をすくめる。
「興味もないし、知る必要もない。私の仕事は侵入者を排除することだけだ」
「……排除…ですか……」
「案ずるな、彼奴がもう2度とこの街に足を踏み入れる事はないだろう」
そう言うとゆっくりと立ち上がる。
「……貴方の仕事にライリーは入ってないわよね……」
「それは彼女次第だ、まぁ…ただ案ずることはない、どのような選択を取ろうが…彼女と言う存在が街から消える事はないだろう」




