第8話 お風呂
「つ、疲れた…」
大きな博物館を巡り、気づけば夜6時、そもそも長旅の猿渡さんの体力の限界が近づき、家に帰ってきた。
ラフェットさんが帰らないでって服を引っ張ってきたけど、別に明日会うんだしそんなに寂しがらなくてもいいのにね。
疲れ果ててる猿渡さんはカーペットが引いてある場所に来るとカーペットに倒れ込む、相当疲れてたんだね。
「ねえねえ、疲れてるのはわかるけどお風呂入ってよぉ」
「やだ…このまま寝る‥」
「ダメだって、お風呂入って……って、そう言えば歩いてここまで来たって言ってたけど……何日ぐらいお風呂入ってないの」
「…数えてないけど1週間は…」
「入ってよ今すぐ!!」
「やだ、疲れた…寝る」
「入って今すぐ、ナウで、お風呂入らないとか人としてどうなの」
「仕方ないじゃん遠かったんだもんここ!! そんなに言うなら無理やり入れれば?」
「そこまで言うなら仕方ないな、もう…そこ動かないで」
「待って何する気」
「……言ったからね? 本気でやるよ?」
「だから何を…」
猿渡の服を削除して情報を整えて競泳水着に改編し、私は少し前の海水浴で着た花柄のセパレート水着に改編する。
「…って///きゃぁぁぁぁぁぁ!!!」
よし、これで大丈夫…と思った矢先、本が勢いよく飛んできて、顔に突き刺さる。痛い。
頭を刺さりながら猿渡さんを見ると、猿渡さんは顔を真っ赤にして、胸と股下を隠しながら私を睨んでくる。
「ちょっと何よこの姿!!」
「だって無理やりにでも入れろって言うから、とりあえず濡れてもいい格好で…」
「なんで競泳水着なのよ」
「…あ、ごめんスク水?だっけそっちの方が良かった、ごめんごめん今作り直すから待ってて。えーっと色って白色だっけ」
「やめて!! と言うかなんでお風呂入れようとして水着にするのよ」
「だって…その……今日会ったばかりで裸でお風呂入るのはちょっと…」
「水着も裸も変わらんだろ!!」
「そう、なら裸にするけど…」
「やらんでいい!!もうこのまんま寝るし」
マジで言ってるのかこの人、流石に冗談だよねと思った矢先ソファーに倒れ込んだ。
この人…何がなんでも寝るつもりだ。ありとあらゆる暖房切ってやろうかな。
「いや、冷房入れてやろ」
「やめて」
とは言え何日も風呂に入ってない人が何時間も寝転がったソファーなんて一生使いたくないし…こうなったら本当に無理やり入れるしかないか。
ソファーで倒れている猿渡さんの腋に手をかける。
「きゃん///ちょっと…」
可愛い子声出すなこの人、まるで私がいけないことしてるみたいじゃんか。
「変な声出さないでよ、ほらお風呂入るよ」
そのまま抱きしめて持ち上げたが、なぜか猿渡さんの手と足がピッタリとソファにくっついて持ち上がらない。
「え?なにこれどうなってるの」
「絶対に私は寝るからな…」
「ネコか!!もうどんだけお風呂に入りたくないの、大人しくはい…」
プニ
「きゃん///」
「今だ」
柔らかいものに手に触れて力が弱まった瞬間に持ち上げてそのまま風呂に連行する。
「……だから…いいよ1人で入れるし」
「ダメです、このまま1人でお風呂入らせたら適当に洗ったりしそうだし、何よりお風呂場で眠りそうだし」
「そこまで行かないわよ」
風呂の扉を開けて椅子に座らせるとシャワーを浴びせる。
シャワーを浴びせるたびに、彩香の髪から流れ落ちる水は泥水のように濁っていた。
肌も髪も、どこか砂っぽく、汗と埃が張りついたような匂いが湯気のなかに混ざる。あまり気にしてなかったけど…相当汚れてたんだなこの人…
「もう……動かないでよ」
「だって、くすぐったいの。……それに……その……」
猿渡さんの声がかすかに震える。
濡れた肌がほんのり火照っていて、肩まで赤く染まってる。
「………なんでこんなに汚れてるかな…」
「そりゃ…ここまで来るのに時間がかかったからに決まってるでしょ、死者の国よ死者の国」
「はぁ…初めて家にあげた時から洗えば良かった」
そんなことを言いながら濡れた髪にそっと指を差し入れた。指先にしっとりとした温度が伝わり、なんとも言えない気持ちになった。
髪というのはゴシゴシと洗うのではなく、ゆっくり、マッサージするように……地肌をほぐすように洗うもの、そうしないとハゲるってラフェットさんが言ってた。
だから私はゆっくりマッサージをするように猿渡さんの髪を洗う。
「ふあ……」
「ん?」
「な、なんでもない……今のナシ」
シャンプーを泡立てながら、私は変な声を出した猿渡さんが気になり、下を向くと首筋に視線が吸い寄せられる。
髪が濡れて細くなった首。肩にかかった水滴が、鎖骨をつたって胸の谷間へと滑り込んでいく。
「………」
「なに」
「いや…なんでも」
うわ……なにこのビジュアル……とても…その……目のやり場に困る。
「その…猿渡さんってさ」
「なに」
「スタイルいいよね」
「ん///そう……か…な、そ…れ、どこ見て言ってる?」
頭皮に触れるたび、猿渡さんはびくりと肩をすくめる。
体から汚れの様なものが流れなくなり、そこからさらに汚れを徹底的に洗い流してからヘアシャンプーを能力で作り出し髪を洗う。
「う///うぅ〜///」
「何その声?」
「なんか…ムズムズするの、あの…なんだ頭皮マッサージの奴をやってるみたいなぁ…ムズムズが凄いの」
「…なんか……その何と…と言うか…その声、やらしいんだけど……」
「は!? べ、別にそんなつもりじゃないし!! バカッ!!」
怒鳴るけど、顔が真っ赤だ。
私がからかうように耳元を拭うと、猿渡さんは可愛い声をあげながら、耳まで真っ赤にして背中を丸めた。
「本当に良くない、そういうのは」
「えぇ…そうかな」
「でも…こんなに誰かに洗ってもらったのなんて、いつ以来だろ……」
「私は……初めてかも。誰かとこうやって……ふれあうの」
「それにしても便利ねその能力、どんな物でも作り出せるなんて魔法みたい」
「分子操作って能力なんだ」
「分子って…1/2とかの…」
「違うね、それは数学とかの分子分母じゃん、私が言うのは物質の最小の構造単位の事」
「わかってるわよ、冗談冗談」
「現実のベースとなる分子情報を編集し、改変し、整える力」
「軽い現実改変よねそれ、普通に強い能力じゃない」
「そうかな。そう言えば猿渡さんの能力ってなに?図書館の机とか持ち上げてたり、さっきも手と足がソファにくっついてたけど」
「重力関係よ」
「関係?」
「色々できるの。基本は物体を引き寄せたり引き寄せさせたりだけど…触れてる物体の重さを変えたりできる」
「へー」
「なんでそんなに興味なさそうなのよ」
「あ、ごめんごめん」
髪のシャンプーを洗い流し、コンディショナーをつけて、髪を整える。
「そう言えば引き取ったおじさんってどんな方なんですか」
「どんなって…お父さんのお兄さんで、田舎の人」
「田舎?」
「うん。ずっと畑仕事ばっかしてて、機械にすごい疎いの、頑固で素直じゃなくて…頑なに両親のことを話そうとしないし
学費とか出してくれたり畑仕事を無理矢理させることはなかったし、私をここまで育ててくれたのは感謝してる……けど好きじゃないかな」
「そうなんだ、私もそんなんなのかな」
「何が」
「もし私の記憶が戻って両親のことを知っても、そんな感じの感想なのかなって思って」
「ふーん」
コンディショナーを洗い流し、胴体を洗おうとしたところで猿渡さんから止められた。
「か、体は自分で洗うから、それより」
猿渡さんがぬるりと立ち上がり、シャンプーを手に取ると、私の肩を押して椅子に座らせる。
「え、なになに」
「次、私の番。じっとしてなさい」
「え? いや……私、自分でできるし」
「いいから、お返しに私も洗ってあげる」
「別にそんなのいいっ…う///うぅ〜///」




