第6章 オーディション
オーディション当日。
ゴールド・オーガニゼーション本部の大ホールには、参加者全員が整列していた。
「本日は、皆さんの知力と体力を試験します。」
レオンが参加者たちを見渡しながら言った。
「その前に、オーディションと試験がどのように進められるかを説明します。」
(オーディションと試験って違うのかな?)
サイは首をかしげた。
「オーディションでは、知力と体力を試します。」
「知力試験では、一人ずつ部屋へ呼ばれ、いくつかの質問に素早く答えてもらいます。」
「詳しい内容については、それ以上は教えられません。」
レオンは静かに続ける。
「皆さんくらいの年齢で合格できる者は、ごくわずかです。」
「もし今年、たった一人でも合格者が出れば、その者は組織の一員として迎えられ、大きな敬意をもって歓迎されるでしょう。」
「それは、この組織の未来を担う資格があると認められた証でもあります。」
(見ててよ!)
(僕は絶対に合格する!)
サイは胸の中で力強く誓った。
「それでは、このあと順番に名前を呼びます。」
「知力試験の準備をしておいてください。」
そう言うと、レオンは本部の中へ入っていった。
参加者たちは顔を見合わせるだけで、どうすればいいのか分からず立ち尽くしていた。
「それで……。」
「僕たちは何をすればいいの?」
サイが首をかしげる。
「サイ・サルヴァハルサ!」
一人の係員が名前を呼んだ。
「はい!」
サイは勢いよく返事をする
「第一試験室へ入ってください。」
「知力試験を行います。」
(えっ。)
(僕が一番最初!?)
「は、はい!」
サイは慌てて部屋へ駆け込んだ。
***
サイは第一試験室の扉を開けた。
部屋の中に置かれた机には、一人の女性が座っていた。
(あっ、ソフィア先生だ。)
サイは少し勇気を出して部屋の中へ入る。
「し、失礼します。」
「こんにちは、サイ。」
女性は優しく微笑んだ。
「こっちへ来て座って。」
そう言って、自分の向かいにある椅子を指差す。
「はい。」
サイは椅子まで歩き、静かに腰を下ろした。
「それじゃあ、サイ。」
ソフィアは穏やかな口調で話し始める。
「今年の受験者の中で、一番年下だって聞いたわ。」
「本当に合格できる自信はある?」
「あります。」
サイは迷うことなく答えた。
ソフィアは思わずくすっと笑う。
「そんなにかしこまらなくていいわ。」
「私のことは『お姉さん』って呼んで。」
「分かりました、ソフィアお姉さん。」
サイは素直に答えた。
「それじゃあ、一問目を始めるわ。」
「準備はいい?」
「はい!」
サイは元気よく返事をした。
「第一問。」
ソフィアお姉さんは問題用紙に目を落とした。
「ドドという男の子がいました。」
「彼は普段から嘘ばかりつく、問題児として知られています。」
「ある日、そのドドが『先生の財布から誰かがお金を盗むのを見た』と言いました。」
「ですが、彼はいつも嘘をつくため、周りの子どもたちは簡単には彼の言葉を信じません。」
「あなたは、この出来事についてどう思いますか?」
(そういう問題なんだ。)
(学校の勉強の問題が出るのかと思ってた。)
サイは心の中でそう思った。
「僕は、ドド君の友達は、その話が本当かどうか確かめるべきだと思います。」
「どうしてそう思うの?」
ソフィアお姉さんが尋ねる。
「嘘つきだからといって、ずっと嘘をつき続けるとは限らないからです。」
「友達がドド君を信じないのは間違っていません。」
「今まで何度も嘘をつかれてきたからです。」
「でも、お金が盗まれたような重大な出来事なら、本当かどうかを確かめるべきだと思います。」
(この子……。)
(本当に十歳の子なの?)
(答えられないと思っていたのに。)
ソフィアは心の中で驚いた。
「それから、ドド君も、自分が普段から嘘をついてきたせいで、人から信じてもらえなくなったことを理解しなければいけません。」
「そして、その日をきっかけに反省して、もう嘘をつかないよう努力するべきです。」
「たとえ今回の話が本当だったとしても、それだけで失った信用が全部戻るわけではありません。」
サイは落ち着いて話し続けた。
(ロッキーさんの言っていた通りだわ。)
(この子は、殉職したあの隊員によく似ている。)
ソフィアは静かにそう思った。
「だから、僕の結論は――」
「嘘は、自分に悪い結果を招くだけです。」
「だから、人から信頼されるためにも、いつも正直でいることが大切だと思います。」
ソフィアは満足そうにうなずいた。
「とてもいい答えだったわ、サイ。」
「両方の立場をしっかり考えた上で答えているし、どちらか一方だけを責めていなかった。」
「説明も丁寧だったし、最後には自分なりの結論までまとめていた。」
「十歳の子とは思えないくらい立派よ。」
サイは嬉しそうに笑った。
褒めてもらえたことが素直に嬉しかった。
「でも、少し気になったところもあるわ。」
「えっ?」
サイは驚いてソフィアのほうを見る。
「少し説明が長すぎること。」
「それと、嘘つきのドド君に少し寛容すぎる印象があるわね。」
「そうなんですか?」
サイは首をかしげた。
「長く答えたほうが点数が高くなると思っていました。」
「ええ。」
「実際に内容は良かったから、高い評価をつけたわ。」
ソフィアは一枚の紙をサイへ差し出した。
サイは受け取り、その場で確認する。
「わあ!」
「A+だ!」
サイの表情が一気に明るくなる。
「やったー!」
「一つ目の試験、成功!」
「その紙はなくさないようにね。」
ソフィアが優しく言う。
「次の試験でも、その紙に試験官が評価を書き込むから。」
「はい!」
「ありがとうございます、ソフィアお姉さん!」
サイは元気よく頭を下げると、そのまま部屋を飛び出していった。
その後ろ姿を見送りながら、ソフィアは小さく微笑んだ。
(私……。)
(問題を少し簡単にしすぎたかしら。)
***
「次は体力試験です。」
試験官が参加者たちへ向かって言った。
「これから皆さんには、石の入ったリュックを背負って歩いてもらいます。」
「それだけ?」
サイは無邪気に尋ねた。
試験官は鋭い目でサイを見た。
「背負って歩くだけではありません。」
そう言うと、遠くの丘を指差す。
「あの丘の頂上まで登ってもらいます。」
「えぇぇぇっ!?」
参加者全員が信じられないという表情になった。
「その通りです!」
「頂上へ最も早く到着した者ほど、高い評価を与えます!」
(あんな重い石を背負って丘を登るなんて……。)
(相手はみんな強そうなのに……。)
(ここで一番小さいのは僕なのに……。)
サイは不安そうに思った。
「何をしている!」
「早く自分のリュックを取りなさい!」
試験官が大声で叫ぶ。
「はい!」
参加者たちは一斉に駆け出し、それぞれのリュックを手に取った。
「準備!」
全員が石の入ったリュックを背負い、丘の前へ並ぶ。
「位置について。」
試験官の声が響く。
「一、二……」
参加者たちは身構えた。
「三!」
その合図と同時に、一斉に丘を駆け上がる。
しかし、一人の少年は一歩も進めないまま転んでしまった。
参加者たちは必死に坂を登る。
誰もが苦しそうな表情を浮かべていた。
「登らなきゃ……!」
「早く……!」
サイも必死に足を前へ運ぶ。
一歩、また一歩。
(頑張らなきゃ……。)
(ラジ兄さんにいい報告をするんだ!)
全力で前へ進む。
その時、一人の少年がサイを見て鼻で笑った。
「弱いな。」
「その程度か?」
それは数日前、サイにチョコレートをくれたあの少年だった。
サイは悔しそうにその少年を見る。
「じゃあ、頂上で会おう。」
「そこまで来られたらだけどな!」
少年は笑いながらさらにスピードを上げた。
(くそぉぉぉ……!)
サイは震える足で必死に坂を登る。
転げ落ちる者もいれば、サイのように苦しみながら登る者もいる。
そして、何人かの年上の参加者は、すでに頂上近くまで到達していた。
(負けない……!)
サイが歯を食いしばった、その時だった。
「ワン!」
一匹の犬がサイへ向かって走ってきた。
「ひゃああああっ!!」
犬が苦手なサイは、反射的に全力疾走した。
先ほどの少年は後ろを振り返り、笑う。
「子どもだし、もう落ちただろ――」
「助けてぇぇぇぇ!!」
サイが叫びながら少年の横をものすごい勢いで駆け抜けた。
「……は?」
少年は目を丸くする。
「な、何だあれ!?」
慌てて追いかけようとした瞬間――
足を滑らせた。
「うわあああっ!!」
少年は坂を転がり落ちていった。
「ひゃああああ!!」
サイは犬から逃げるため必死で走り続ける。
しかし――
ドサッ!!
ついに転んでしまった。
「いたたた……。」
サイはふらつきながら立ち上がる。
「ぼ、僕……助かった……?」
恐る恐る後ろを振り返る。
「え……?」
目を大きく見開いた。
「ぼ、僕……。」
「頂上まで来ちゃった!?」
「やったぁぁぁぁ!!」
サイは飛び跳ねながら大喜びした。
「評価用紙を。」
頂上で待っていた試験官が手を差し出す。
「あ、はい!」
サイは紙を渡した。
試験官は評価を書き込み、紙を返す。
「次も頑張れ。」
そう言って去っていった。
サイは紙を見る。
「A?」
「やったーーー!!」
「勝利はもう目の前だーー!!」
その時、別の試験官が大声で呼んだ。
「おい!」
「そこで何をしている!」
サイは振り向く。
「早く次の試験へ向かえ!」
試験官は先の道を指差した。
「はい!」
サイは再び走り出す。
「リュックは最後まで背負ったままだぞ!」
「分かりました!」
サイは元気よく返事をし、そのまま次の試験会場へ向かった。
サイは走り続けた。
やがて、一つの柱の前で足を止める。
柱には一本のロープが結ばれていた。
その反対側には、大きな石がぎっしり入った網がつながっている。
「何をすればいいんですか?」
サイは近づきながら尋ねた。
試験官はロープを指差した。
「そのロープを引いて、石を柱の高さまで持ち上げろ。」
「何のためですか?」
サイは首をかしげる。
「やれば分かる。」
試験官は短く答えた。
「持ち上げたら、そのまま十秒間維持しろ。」
「十秒もですか?」
サイは少し不安そうな表情になる。
「僕にできるかな……。」
そう言いながら、ロープを握った。
「よし。」
「始めます。」
サイはロープを強く引いた。
「うっ……。」
思っていた以上に重い。
足を踏ん張りながら、少しずつロープを引いていく。
(まずい……。)
(失敗するかもしれない。)
(石が重すぎる。)
(しかも、リュックまで背負っているし……。)
ドサッ。
石の入った網は再び地面へ落ちた。
勢いでサイもよろめく。
息を切らしながら両手を見ると、手のひらは赤く擦れていた。
(それでも、諦めるわけにはいかない。)
サイはもう一度ロープを握った。
試験官は椅子に座ったまま、静かに様子を見ている。
「僕は……。」
「やらないと。」
サイはもう一度力を込めた。
しかし――
ドサッ。
また石は地面へ落ちる。
サイもその場に倒れ込んだ。
「僕には……。」
「できない……。」
サイは小さくつぶやく。
その時、レオンの言葉を思い出した。
(参加者は十二歳以上……。)
サイは思わず声を上げた。
「どうして……。」
「十歳の僕に、こんなことができるんだよ!」
試験官はサイを見た。
「いつまでそうしているつもりだ。」
静かな口調だった。
「そこで座って諦めたら、その先がどうなるかは誰にも分からない。」
「お前が諦めたままだと、俺も次の仕事ができない。」
サイは黙り込んだ。
(そうだ……。)
(まだ終わっていない。)
(諦めちゃ駄目だ。)
サイはゆっくり立ち上がる。
疲れ切った足に力を入れ、再びロープを握った。
(ラジ兄さんに、いい報告をしなきゃ。)
その思いだけを胸に、もう一度ロープを引く。
試験官は少し驚いたようにサイを見た。
先ほどよりも力強く引いている。
サイは歯を食いしばりながら、全身の力を込めた。
時間をかけて少しずつ引き続ける。
そして――
ついに石の入った網は柱の高さまで持ち上がった。
「十。」
試験官が数え始める。
「九、八、七……。」
(早く……。)
(もう力が残ってない……。)
サイは必死に耐え続ける。
「三、二、一。」
ドサンッ。
網が大きな音を立てて地面へ落ちた。
その反動で、サイの体は大きく吹き飛ばされた。
「わあっ!」
ドンッ。
サイの体は近くにあった家の屋根へ飛ばされた。
屋根の上へ強く落ち、そのまま倒れ込む。
背負っていたリュックも体の上へ落ちてきた。
「痛たた……。」
サイはゆっくりと体を起こした。
「どこまで僕を苦しめるつもりなんだろう……。」
そう言いながら立ち上がろうとする。
その時、後ろに人の気配を感じた。
サイが振り返ると、全身黒い服をまとい、黒い仮面をつけた男が立っていた。
男は鋭い目つきでサイを見つめている。
そして、その手には一本のナイフが握られていた。
(ナイフ……。)
(何なんだ、この人は……。)
サイは思わず立ち止まった。
黒い仮面の男はナイフを軽く回しながら口を開く。
「ガキ。」
「お前が参加条件を満たしていないことくらい、俺たちが知らないとでも思ったのか。」
「お前は新規参加者の第一条件を満たしていない。」
「俺は規則を破る奴が大嫌いなんだ。」
サイは何も言えなかった。
目の前の男に圧倒され、その場から動くこともできない。
男はナイフを構えた。
「ここで終わりだ。」
そう言うと、サイへ向かって走り出した。
サイは慌てて立ち上がる。
男の攻撃を避けながら、その場から逃げ出した。
しかし、石の入ったリュックを背負っているため、思うように動けない。
安全に逃げられる道は、家の屋根を飛び移るしかなかった。
「逃げられると思うな。」
男はそのままサイを追いかける。
「ち、違います!」
「僕は条件を破ったんじゃありません!」
「あなたたちの組織長が、僕に特別な許可をくれたんです!」
サイは屋根から屋根へ飛び移りながら叫んだ。
男は鼻で笑う。
「組織長だと?」
「俺がこの組織の人間だと思ったのか。」
そう言うと、一本のナイフをサイへ向かって投げた。
サイはすぐに身をかわす。
(まずい……。)
(この人は組織の人じゃないのか。)
(侵入者なのかな……。)
(でも、どうして僕が十歳だってことに怒っているんだろう。)
(この人と何か関係があるのかな。)
(試験官はどこにいるんだろう。)
(誰も助けてくれないのかな……。)
(誰か助けて……。)
そのことばかり考えていたサイは、着地に集中できなかった。
足を滑らせ、そのまま屋根から落ちてしまう。
ドサッ。
サイは四軒の家に囲まれた場所へ落ちた。
そこには日差しが届かず、四方の屋根に遮られて薄暗くなっていた。
「痛たた……。」
サイはゆっくりと立ち上がる。
背中には鈍い痛みが走っていた。
落ちたとき、石の入ったリュックを背中に受けてしまったのだ。
黒い仮面の男も屋根から飛び降り、サイの前へ降り立つ。
サイは思わず足を止めた。
男は静かにナイフを取り出す。
その切っ先をサイへ向け、一歩ずつ近づいていく。
サイはその場から動くことができなかった。
男はナイフを構える。
今にもサイへ襲いかかろうとしていた。
サイの運命は、この先どうなってしまうのだろうか。




