第4章 語り合い
「どこへ行ってたんだ?」
カイが部屋へ入ってきたラジとサイを見て言った。
「この部屋を片づけるのを手伝うって言ってただろ。」
「いつそんなこと言った?」
ラジは眉をひそめた。
「なんで俺がお前を手伝わなきゃいけないんだ?」
「それが指導役に対する口の利き方か?」
カイは呆れたようにため息をつく。
「礼儀ってものを知らないのか。」
「指導役になったとはいえ、俺たち五歳しか違わないだろ。」
ラジはそう言うと、近くにあった椅子へ腰を下ろした。
「五歳も違うのに『しか』だって!?」
カイは思わず声を荒げる。
「あれ?」
その時、カイはサイに気づいた。
「また君か。」
「こんばんわ、お兄さん。」
サイは笑顔で挨拶した。
「どうしてここにいるんだ?」
カイが尋ねる。
「さあ?」
サイは首をかしげた。
「お医者さんのお兄さんが連れてきたんだ。」
「ところで、ここは何の部屋?」
「ここは医療班の部屋だ。」
ラジが答える。
「しばらくここで俺たちと一緒にいろ。」
「うん。」
サイはラジの隣に腰を下ろした。
「そういえば……。」
カイが少しためらいながら口を開く。
「さっきのことは、すまなかった。」
「さっきのこと?」
サイは不思議そうに首をかしげる。
「……お母さんのことだ。」
「……ああ、そのことか。」
サイは小さく笑った。
「今は忘れようとしてるんだ。」
「それに、お兄さんは僕を助けてくれた。」
「ありがとう。」
「いや……。」
カイは少し照れくさそうに笑った。
「こちらこそ、ありがとう。」
そう言ってサイの隣へ腰を下ろす。
サイは二人の真ん中に座る形になった。
「そういえば。」
サイが二人を見た。
「どうしてここにはお兄さんたちしかいないの?」
「ほかのみんなは?」
「みんな休憩中だ。」
ラジが答える。
「俺たちはこの部屋の見張りを任されている。」
「そうなんだ。」
サイは納得したように頷いた。
「ねえ。」
「組織の本部には、あとどれくらいで着くの?」
「ゴールド・オーガニゼーション本部のことか?」
カイが答える。
「たぶん、もうすぐ着くよ。」
「ねえ、お兄ちゃん!」
サイは目を輝かせながら二人を見た。
「ゴールド・オーガニゼーションのこと、話してくれない?」
ラジは少し考え込む。
「組織のことか。」
「説明すると長くなりそうだな。」
「それに、明日になれば君も分かることだから、今わざわざ説明する必要はないよ。」
「えー……。」
サイは少し残念そうな顔をした。
「でも、今知りたいんだけど。」
カイがふと思いついたように言う。
「それなら、組織のことを聞くより、この国のことを教えてくれないか?」
「僕、そのあたりはあまり知らないんだ。」
「あ、そういえばさっきも言ってたね。」
サイは少し考え込む。
「どこから話そうかな……。」
ラジが口を開いた。
「まずは君の家族のことから話してくれないか?」
「うん、いいよ。」
サイはうなずいた。
「僕は第一都市でお母さんと二人で暮らしてるんだ。」
「母さんの名前はマワル。」
「きれいで、とても優しくて、僕は母さんのことが大好きなんだ。」
「毎日、僕たちが生活できるように一生懸命働いてくれてる。」
「家には僕と母さんしかいないけど、一緒に暮らせて本当に幸せだったよ。」
「お父さんは?」
カイが静かに尋ねた。
「母さんが、お父さんはもういないって言ってた。」
サイはそう答えた。
ラジとカイは思わずサイを見つめる。
父親を亡くし、そして今は母親まで失ってしまったのだ。
「父さんは、僕が五歳になるまで一緒にいたよ。」
「でも、仕事で家を空けることが多かったんだ。」
「お父さんはどんな仕事をしていたんだ?」
ラジが尋ねる。
「父さんも、この組織の隊員だったんだ!」
「だから僕も父さんみたいになりたいんだ!」
サイは誇らしげに答えた。
「お父さんの名前は?」
ラジが続けて尋ねる。
「サトリア・シャカラ。」
「それが父さんの名前だよ。」
(やっぱり……。)
(俺の考えは間違っていなかったか。)
ラジは心の中でそう呟いた。
「僕が五歳のとき、父さんは仕事に出かけた。」
「でも、そのまま帰ってこなかったんだ。」
「どうして帰ってこないのって聞いたら、母さんは『もう帰ってこない』って言ってた。」
「その意味は分かっていたのか?」
カイが尋ねる。
「最初は分からなかった。」
「でも、大きくなるにつれて、あのとき母さんが言っていた意味が分かるようになったんだ。」
「父さんは町のみんなに知られていたよ。」
「母さんは、父さんはかっこよくて、優しくて、思いやりのある人だったって言ってた。」
「僕も、そう思う。」
「でも、今はもう二人とも僕のそばにはいない。」
「だから今度は、この場所で二人に誇れるようになりたいんだ。」
ラジとカイは顔を見合わせた。
「……すまない。」
ラジが静かに言う。
「俺たちは君に二人のことを思い出させるつもりはなかった。」
「大丈夫!」
サイは首を横に振った。
「僕はむしろ、二人のことをお兄ちゃんたちに話せて嬉しいよ。」
少し間を置いて、サイは再び口を開く。
「あ、そうだ。」
「お兄ちゃんたち、どうして僕の町の名前が変だと思ったんだよね?」
「ああ。」
カイがうなずく。
「どうして町の名前が数字なんだ?」
「それは、僕たちの町には名前がないからだよ。」
サイが答えた。
「えっ?」
カイは驚いた。
「どういうこと?」
「それは、政府が俺たちに無関心だからだ。」
ラジが静かに言った。
「この国の暮らし自体は、一見すると普通だ。」
「でも首都へ行けば、まるでもっと先の時代に来たような発展した景色が広がっている。」
「うん!」
サイがうなずく。
「母さんも同じことを言ってた!」
ラジは続けた。
「本来なら、ほかの町も首都のように発展できたはずなんだ。」
「だが政府は国の権利や国民の財産を奪ってきた。」
「第四都市も、ある争いによって虐殺された。」
「町の財産も天然資源も奪われたが、そこに住んでいた人たちは、自分たちの町の資源から何一つ利益を得ることはできなかった。」
「いや……。」
カイが静かに言う。
「正確には、その町の住民は全員亡くなってしまったんだ。」
「政府の予算は、すべて首都だけに集中している。」
「そのせいで、ほかの町は放置されてしまった。」
「町ごとの名前すら与えられていないんだ。」
ラジが説明した。
「じゃあ、ほかの町の財産も全部首都に集められているの?」
カイが尋ねる。
「いや、そうじゃない。」
ラジは首を横に振る。
「政府の予算だけが首都に集中している。」
「そして、それぞれの町の財産は、その町を発展させるためではなく、政府や国の上層部が私利私欲のために使っているんだ。」
「ひどい……。」
カイは思わずつぶやいた。
「だから両親は、国のことを僕に知らせたくなかったんだね。」
「えっ?」
サイは驚いたようにカイを見る。
「お兄ちゃんは、お父さんとお母さんに止められていたの?」
「どうして?」
「僕が無茶をして政府に逆らおうとするんじゃないかって心配していたんだ。」
カイは苦笑しながら答えた。
「僕の性格をよく分かっていたからね。」
「でも、もう知ってしまった。」
ラジが静かに言う。
「もしかしたら、ご両親が心配していたことが本当に起こるかもしれないな。」
「そうかもね。」
カイは肩をすくめた。
「政府に反抗するかもしれないし、もしかしたら国を爆破するかもしれない。」
「……ずいぶんとはっきり言うんだな。」
ラジがあきれたように言う。
「自分でもどうするか分からないけどね。」
「でも、どうして両親はそこまで思ったんだろう。」
カイは不思議そうにつぶやいた。
「ところで。」
カイは再びサイの方を見る。
「どうして君の町は『第一都市』なんだ?」
「やっぱり不思議な名前だよ。」
「それは、僕たちの町には名前がないからだよ。」
サイが答えた。
「だから、みんな『第一都市』って呼んでいるんだ。」
「その通りだ。」
ラジがうなずく。
「ほかの町も同じように名前がない。」
「だから、人々は数字を使って呼んでいるんだ。」
「名前があるのは首都だけだ。」
「そうなのか?」
カイは机の上のコップを手に取り、お茶を一口飲んだ。
「その首都の名前は何ていうんだ?」
「ワステンド。」
ラジが答えた。
「ワステンド?」
カイは少し首をかしげる。
「その言葉って、『捨てられた』って意味じゃなかったか?」
「そんな名前を付けるなんて、おかしくないのか?」
「いや。」
ラジは静かに首を振った。
「首都は政府にとって最も重要な都市だ。」
「それでも、政府は首都の名前を真剣に考えるほど関心を持っていなかった。」
「だから、その名前になったんだ。」
「へぇ。」
サイは感心したようにラジを見た。
「お兄ちゃん、物知りなんだね。」
「まあ、それなりにな。」
ラジは短く答えた。
「僕もお兄ちゃんみたいに、いろいろ知るにはどうしたらいいの?」
サイが尋ねる。
「知識を求め続けることだ。」
「一番大切なのは、学び続けることだよ。」
ラジは落ち着いた口調で答えた。
「そうなんだ……。」
サイは少しうつむく。
「でも、僕はもう学校をやめちゃったんだ。」
「それはそうと。」
カイが時計に目を向けた。
「もう休まなくていいのか?」
「もう夜十時だよ。」
「えっ?」
サイは少し驚いた。
「僕はどこで寝ればいいの?」
ラジがカイを見る。
「それもそうだな。」
「俺がここへ連れてきたのは、まだ新入りたちみたいに休む場所を案内されていないと思ったからだ。」
「ああ、なるほど。」
カイはうなずいた。
「それなら、管理担当に聞いてこよう。」
そう言って椅子から立ち上がる。
そのとき、不意に窓の外へ目を向けた。
「あっ、サイ!」
カイが窓を指差す。
「見てごらん。」
「本部に着いたみたいだ!」
「本当!?」
サイは勢いよく椅子から飛び降りた。
一方、ラジは慌てることなく、ゆっくりと二人の後を歩く。
サイは窓の外を見た瞬間、大きく目を輝かせた。
「わあ……!」
「すごく大きい!」
眼下には、広大な敷地を持つ巨大で立派な建物が見えていた。
夜の闇の中でも、建物中の明かりが輝いているため、その姿ははっきりと見える。
「すごい!」
「早く行ってみたい!」
サイは興奮した様子で声を上げた。
そのとき、機内のスピーカーから放送が流れる。
『ゴールド・オーガニゼーション機をご利用の皆様にお知らせします。』
『まもなくゴールド・オーガニゼーション本部へ着陸いたします。』
『お手荷物をご確認のうえ、着陸後は係員の案内に従って順番にご降機ください。ご協力をお願いいたします。』
「やったー!」
サイは嬉しそうに声を上げる。
「もうすぐ着くんだ!」
「ゴールド・オーガニゼーション本部!」
「今行くよ!」
その一方で――
ゴールド・オーガニゼーション本部を一望できる、遠く離れた丘の上。
そこには、一人の青年が立っていた。
彼はまもなく着陸するゴールド・オーガニゼーションの飛行機を静かに見つめている。
その男は、体や顔のほとんどを隠すような服を身にまとっていた。
そして――
彼は飛行機を見つめながら、確かな自信に満ちた笑みを浮かべた。




