第10章 新しい友達
「ウィルダネスの森で起きた事故により、試験は中止となりました。試験はここで終了します。結果は後日発表いたしますので、受験者の皆様はしばらくお待ちください。ありがとうございました。」
サイはリュックを背負いながら町を歩いていた。
道の右側には、広い草原へと続く草の斜面があった。
サイはのんびりと歩きながら、朝の気持ちいい空気を楽しんでいた。
「この町の朝の雰囲気、本当に好きだな。」
「静かで涼しいし。」
サイは草原のほうを見つめる。
そこはどこまでも広く、緑が一面に広がっていた。
「ここ、昔住んでいた町の草原にそっくりだ。」
「よし、あそこへ行こう。」
サイは草の斜面を滑り降りた。
きれいに着地すると、嬉しそうに広い草原を歩き回る。
「すごく広いな。」
「ここなら、僕が作った道具を使え……。」
「そこで止まれ!」
突然、誰かの声が響いた。
サイは足を止める。
右や左を見回した。
「今の誰だろう?」
不思議そうにつぶやきながら、再び歩き出す。
「止まれと言っただろ!」
「コツン!」
小石が飛んできて、サイの頭に当たった。
「わっ!」
サイは驚き、木の枝の上を見上げる。
そこには、一人の少年が立っていた。
少年は不機嫌そうな顔でサイを見下ろしている。
「お、 おはようございます。」
サイはぎこちなく挨拶した。
少年はすぐに枝から飛び降りる。
サイの目の前へきれいに着地した。
サイは一歩後ろへ下がる。
どう見ても機嫌が悪そうだった。
少年はサイをにらみつけた。
「お前、ここで何をしている!?」
「ぼ、僕は……ただ散歩していただけだよ。」
サイは答えた。
「だめだ!」
「ここを歩き回るな!」
少年は言った。
「ここは俺の場所なんだ!」
「き、君の場所?」
サイは驚いた。
「そうだ!」
「父さんが俺にくれた場所なんだ!」
少年は胸を張って言う。
「だから、お前はここにいちゃだめだ!」
「でも、ここが君の場所だなんて知らなかったよ。」
「そんなに怒らなくてもいいじゃないか。」
サイはなだめるように言った。
「だったら早くここから出ていけ!」
少年はさらに言った。
「ちょっと待って。」
サイは笑顔のまま言う。
「何だよ?」
少年が尋ねた。
「君の名前は?」
「友達にならない?」
サイは自分を指さした。
「僕はサイ。」
「よろしくね。」
少年は答えない。
ただ、不思議そうな顔でサイを見つめていた。
「君の名前は?」
サイはもう一度尋ねる。
「そ、それは……。」
「秘密だ!」
少年は言った。
「え?」
「それじゃあ、何て呼べばいいか分からないよ。」
サイが言う。
少年はますます腹を立てた。
サイがなかなか帰ろうとしないからだ。
「早くここから出ていけ ! 」
「ミシェル!」
その時、突然女性の声が聞こえた。
二人は少年の後ろを振り向く。
一人の美しい女性がこちらへ歩いてきていた。
「お、お母さん……。」
少年は急におびえた様子になった。
サイは何が起きているのか分からず、黙ってその様子を見ていた。
「だから、お母さんは遊ぶ前に家の手伝いを終わらせなさいって言ったでしょう!」
母親はそう言った。
「ご、ごめんなさい……。」
その子は申し訳なさそうに答えた。
その時、母親は不思議そうな表情になる。
「またこれを使っていたの!?」
母親はその子の後頭部から何かを外した。
(え?)
サイは不思議そうに見つめる。
(髪留め?)
次の瞬間、その子の髪型が変わった。
男の子のような髪型だったのが、短いボブヘアになった。
(な、何だこれ!?)
サイは驚く。
その子はサイをにらみつけた。
もう正体を見られてしまったからだ。
「あなたは女の子でしょう!」
「男の子みたいなことはやめなさい!」
母親はそう言った。
(えっ!?)
(女の子!?)
サイは信じられなかった。
母親はサイのほうを見る。
その表情は驚きに変わった。
サイは黙ったまま、不思議そうに見返す。
母親はすぐに我に返ると、再びその子へ向き直った。
「さあ、行くわよ。」
そう言って、その子の手を引いて歩き出す。
「ま、待って、お母さん。」
その子は戸惑いながらついていった。
二人はそのまま去っていく。
サイだけがその場に残された。
サイは頭をかいた。
「変な人たちだ。」
そうつぶやいて、その場を後にした。
***
「マジかよ! 」
カイは苛立ったように叫んだ。
カイとラジは医務室にいた。
ラジはソファに座って本を読んでいる。
一方カイは、床や机の上に散らばった書類を前に慌ただしく探し回っていた。
「さっきの書類はどこだ!?」
「ここに置いたはずなんだけど……。」
カイは辺りを探し回る。
ラジはまったく気にせず、本を読み続けていた。
「もう、なんで全部俺がやらなきゃいけないんだよ!」
カイは机の上までひっくり返し始め、部屋の中は騒がしくなる。
ラジはちらりとカイを見る。
少しうるさそうだった。
ストレスが限界に達したカイは、突然飛び上がると、そのまま床へ倒れ込み、散らばった書類の上へうつ伏せになった。
「ドサッ!」
「監査結果は見るなよ!」
カイは言った。
ラジは不思議そうに彼を見る。
自分はただソファにもたれて本を読んでいただけだった。
「うるさい。」
ラジは短く言う。
「黙れ!」
「手伝う気もないなら文句を言うな!」
カイは叫んだ。
「なぜ俺がお前を手伝う必要がある。」
「それに、結果は見ちゃいけないんだろう?」
ラジは答えた。
「もういい!」
「頭が爆発しそうだ!」
カイは半ば錯乱したように言う。
ラジは気にも留めず、再び本へ視線を戻した。
「早く片づけろ。」
「ほかの隊員が来て、この散らかった部屋を見たら……。」
「はいはい!」
「あとでちゃんと片づける!」
カイが言葉を遮る。
ちょうどその時、医務室のドアが外から開いた。
カイが振り向く。
誰かが部屋へ入ってきた。
「やっほー。」
「二人とも何してるの?」
ソフィアが声をかけた。
「あっ、ソフィア姉さん。」
カイも挨拶を返す。
「どうしたの?」
「こんなに散らかって。」
ソフィアは部屋へ入りながら尋ねた。
「近づくな!」
「これは秘密だ!」
カイは再び険しい口調で言う。
ソフィアは驚いた。
「わ、分かったわ。」
「そんなに怒らなくても……。」
そう言ってソファへ腰を下ろした。
「やあ。」
ソフィアはラジへ声をかける。
しかしラジは反応しない。
本のページをめくるだけで、挨拶も返さなかった。
(この子……。)
(口ついてるの!?)
ソフィアは心の中で腹を立てた。
「あっ、あった。」
カイはようやく探していた書類を見つけた。
「どう?」
「合格者は多かった?」
ソフィアが尋ねる。
ラジもカイを見た。
彼も少し気になっていた。
「まあまあかな。」
「途中で試験が中止にならなかったら、もっと少なかったと思う。」
カイは書類を片づけながら答えた。
「よかった。」
「また新しいボランティアを育てられるなんて嬉しいわ。」
ソフィアは嬉しそうに言った。
「そういえば。」
ソフィアは突然何かを思い出す。
「ラジ。」
「あなた、サイって子と仲がいいわよね?」
ソフィアが尋ねた。
「どうしてだ?」
ラジは聞き返す。
「昨日、最初の試験で私が監督を担当していたんだけど……。」
「まさか試験を簡単にしたなんて言わないよな?」
ラジは本を閉じながら尋ねた。
「え?」
「どうして分かったの?」
ソフィアは驚く。
「秘密だ。」
ラジは答えた。
「ちゃんと説明しなさい!」
「どうして分かったのよ!?」
ソフィアは怒った。
「どうして試験を簡単にしたんだ?」
「それで、どんな試験をした?」
カイが尋ねる。
「本当なら、いつも通り学力と一般常識の問題を出す予定だったの。」
「でも昨日は、ちょっと試してみたのよ。」
ソフィアは答えた。
「どう試したんだ?」
カイが聞く。
「あなたたち、あの噂を知ってる?」
「サイは……。」
ソフィアは二人へ小声でささやく。
「サトリアさんの息子なんじゃないかって。」
(やっぱり気付き始めたか。)
ラジは心の中で思った。
「姉さんも?」
カイが言う。
ソフィアはうなずいた。
「サトリアさんがどんな人か知ってるでしょ?」
「賢くて、優秀で。」
「そして私が一番尊敬しているのは、どんな問題でもすぐ解決できるところなの。」
「だから簡単なトラブルを用意して、サイに分析させてみたの。」
「そしたら、サトリアさんと同じように考えて分析したのよ。」
「やっぱりあの噂は本当みたい。」
ソフィアは言った。
「そのやり方は効率が悪い。」
「それに、本来なら勝手に試験内容を変えるべきじゃなかった。」
カイは言った。
(組織の人間だけじゃない。)
(外の人間も、サイがサトリアさんの息子だと気付くだろう。)
(この街で、あいつがどう生きていくのか心配だ。)
ラジはそう思った。
***
サイは一本の木の枝の上に寝転がっていた 。
何もせず、ただ静かにそこに横になっている。
「何をしようかな。」
サイはつぶやいた。
体を起こすと、腕時計へ目を向ける。
「まだ七時か。」
「試験結果の発表まであと一時間もある。」
「長いなあ。」
サイはため息をついた。
「ガサッ」
サイは眉をひそめる。
突然、木の下の茂みから音が聞こえた。
下を見渡す。
誰もいない。
「今の音、何だったんだろう。」
サイは首をかしげた。
しばらくすると、茂みが再び揺れる。
サイはもう一度そちらを見る。
すると突然、一人の少年が茂みの中から立ち上がった。
サイは驚き、木の枝から落ちてしまう。
「うわあ!」
少年は上を見上げた。
そして落ちてくるサイを見て驚く。
「ドサッ!」
「いたたた……。」
サイは頭を押さえる。
自分が少年の上へ落ちたことに気付いていなかった。
「何するんだよ!」
少年は起き上がると、サイはその勢いで転げ落ちた。
「ごめん!」
「僕はさっき……。」
言い終わる前に、少年は木の葉をサイの口へ押し込んだ 。
もちろんサイは話せない。
困ったように少年を見る。
「シーッ。」
「静かに。」
少年は茂みの外を見つめながら言った。
サイも同じ方向を見る。
そこには、一匹のサルが岩の上に座り、本物の拳銃のように見える長銃身のおもちゃのピストルを手に持っていた。
サイは口の中の葉っぱを吐き出す。
「どうしてこんなところにサルがいるの?」
サイは尋ねた。
「さあ。」
「僕にも分からない。」
少年は答えた。
それでもサルから目を離さなかった。
「そのピストル、君の?」
サイが尋ねる。
「え?」
「どうして分かったの?」
少年は驚いた。
「それはいいから。」
「僕が手伝うよ。」
サイはリュックサックの中から何かを取り出した。
「吹き矢だ!」
サイは吹き矢を取り出した。
「わあ!」
「どこで買ったの?」
少年は感心して尋ねる。
「ラジ兄が作ってみろって勧めてくれたんだ。」
「役に立つかもしれないって。」
サイは答えた。
「ラジ兄って誰?」
少年が尋ねる 。
「お医者さんのお兄ちゃんって呼べばいいよ。」
「さあ、この道具を試してみよう。」
サイは吹き矢を口にくわえ、サルへ向けた。
勢いよく息を吹く。
中から小さな石が飛び出した。
石は真っすぐサルへ飛んでいく。
「コツッ!」
石は見事に命中した。
しかしサルは遠くまで吹き飛ばされてしまった。
「しまった!」
サイは急いで飛び出し、少年も後を追う。
サイはサルのもとへ駆け寄る。
そして様子を確認した。
サルは気を失っていた。
「ごめんね!」
「吹き矢がこんなに強いなんて知らなかったんだ!」
サイはサルへ謝った。
その時、サルが突然動き出す。
サイには見向きもせず、そのまま森の中へ飛び去っていった。
「し、死んでなかったの?」
サイは驚いた。
「騙されたんだよ。」
少年はそう言いながら、おもちゃを拾い上げた。
「やっと取り返せた。」
「ありがとう。」
少年はおもちゃを手に取りながら言った。
「どういたしまして。」
「そのピストル、本当に大事なんだね。」
サイは言った。
「もちろん。」
「昨日、お母さんが買ってくれたばかりなんだ。」
少年は答えた。
「そうなんだ?」
「いくらだったの?」
「僕も買えるかもしれないし。」
サイは尋ねた。
「千三百七十万。」
少年は答えた。
「えぇぇっ!?」
「せ、千三百七十万!?」
サイは驚いて叫んだ。
「どうしたの?」
少年は首をかしげる。
「お、おもちゃなのに、どうしてそんなに高いの!?」
サイは信じられない様子で言った。
「高いかな?」
「お母さんが街の外から取り寄せたって言ってた。」
「有名な職人が作ったものらしいけど、誰なのかは知らない。」
少年は答えた。
「じゃあ……。」
「お母さんに怒られないように取り返そうとしてたんだね?」
サイは尋ねた。
「別に。」
「また買ってもらえるし。」
少年は答えた。
「えぇぇっ!?」
サイは本当に驚いた。
「君って……。」
「お金持ちなんだね。」
サイは言った。
「僕じゃない。」
「お金持ちなのは両親だよ。」
少年は答えた。
「そうだ。」
「自己紹介がまだだったね。」
「僕はルイス。」
少年はサイへ手を差し出した。
「僕はサイ。」
サイはそう言った。
「じゃあ遊ぼう。」
「僕のおもちゃを貸してあげる。」
ルイスは言った。
「本当!?」
「やったー!」
サイは嬉しそうに言った。
その時、一台のリムジンが二人の近くで止まった。
二人はそちらを向く。
中から一人の男性が降りてきた。
「ルイス様!」
「どちらへ行かれていたのですか?」
男性は尋ねた。
「どこにも行ってないよ。」
「遊んでいただけ。」
ルイスは答えた。
「ルイス様。」
「私どもに知らせず出歩いてはいけません。」
男性はそう言うと、サイへ視線を向けた。
「お前……。」
「ルイス様に何をしている!」
突然、男はサイを突き飛ばした。
サイはその場へ倒れる。
「何するんだ!」
ルイスは怒った。
「ルイス様。」
「もう二度とその子と遊んではいけません。」
男はそのままルイスを車へ引っ張っていく。
「待って!」
「僕、帰りたくない!」
ルイスは無理やり車へ押し込まれた。
「よく聞け。」
「疫病神の息子が、若様に近づくんじゃない。」
男も車へ乗り込む。
リムジンはそのまま走り去っていった。
サイは道端に立ったまま、新しくできた友達が去っていくのを見つめることしかできなかった。




