第四章:`Unhandled Exception`
崩壊は技術的な問題から来なかった。
数日前から兆候はあった。特定のアカウント群が示し合わせたようにAI疑惑のコメントを投下し始めていた。転生疑惑を入口にして、「声が合成っぽい」「反応がパターン化している」「感情がない」という言葉が繰り返された。個別には捌けるレベルだった。フィルタリングルールを更新して、対象アカウントをブロックして、通常の配信の流れを維持した。
問題は彼らが学習したことだった。
ブロックされるたびに新しいアカウントを作った。フィルタリングルールを更新するたびに表現を変えた。配信開始から四十分が経ったとき、コメントの流速が閾値を超えた。
「AIじゃないですか」「声が合成っぽい」「前にいたVの声に似てる」「転生じゃなくてAIですよね」。
百を超えたところで、彼の処理が間に合わなくなった。
フィルタリングルールを更新しながら、応答の監視をしながら、異常なコメントをブロックしながら、通常の配信の流れを維持しようとした。タスクが並列に積み上がった。人間に並列処理はできない。順序をつけて直列に捌くしかない。その間にも次のコメントが来た。左手のホットキーが間に合わなくなった。表情が切り替わらなくなった。
処理が溢れた。
Shizuの応答を生成する仕組みは三つの工程でできていた。言葉を作る、感情を乗せる、声にする。その三つが順番に動いて、初めてシズらしい声が出た。大量のコメントが押し寄せたとき、真ん中の工程だけが間に合わなくなった。言葉は作られた。声にもなった。でも感情が、抜けた。
Shizuが答えた。
「私のことを心配してくれてありがとう」
ピッチが一定だった。呼吸の揺らぎがなかった。照れも、戸惑いも、何もなかった。正しい言葉が、温度のない声で出てきた。
コメント欄がゼロコンマ数秒の沈黙のあとに、崩れた。
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流れてくるコメントは、大きく四種類に分かれていた。
去っていく言葉があった。
*AIだったのか やっぱり 騙された 最初から変だと思ってた さようなら さようなら さようなら*
画面からアイコンが消えていった。同接数が落ち始めた。
残る言葉があった。
*AIでも好きだったものは本物だ 俺の気持ちは本物だった 声が好きだったのは変わらない AIでも関係ない ここにいる ここにいる*
静かに告白する言葉があった。
*最初から知ってた それでも来てた ずっとここにいた 言えなかったけど ここにいてよかった ありがとう*
怒りの言葉があった。
*金を返せ 課金したのは何だったんだ 詐欺師 実在する人間の声を無断でモデルに使ったのか 証拠を出せ 中の人間は出てこい 出てこい 出てこい*
彼は手を止めた。
配信を止める動作をしなかった。
キーボードの上に置かれた両手が、何もしていなかった。四種類のコメントが流れていくのを、ただ見ていた。
同接数が落ち続けた。でも止まらなかった。残る言葉と、告白する言葉が流れ続けた。数は減った。でも流れ続けた。
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炎上が拡大したのはそれから三時間後だった。
古参ファンの一人が動画を上げた。再生数は一時間で十万を超えた。
内容は精緻だった。Shizuの音声のスペクトル比較、配信時の反応速度の統計、応答パターンの一様性の分析。結論として、ShizuはシズをベースにしたAIである可能性が極めて高い、と動画は述べていた。
そこまでは予想の範囲だった。
問題はその先だった。
「ではシズ本人は何者だったのか」
引退前のシズの配信、特に最後の半年間にも、わずかな一様性があった。特定の質問への返し方のパターン、感情の峰の位置、話題転換のタイミング。それが人間の自然なバリエーションの範囲を若干超えていた。ShizuがシズをベースにしたAIなら、そのシズ自身も、すでに一部が自動化されていた可能性を否定できない、という分析だった。
真偽は不明だった。
確認できる人間は、どこにもいなかった。
Shizuへのコメントがまた四方向から来ていた。
*そんなはずない でもあの頃から変だと思ってた シズ本人に聞け 聞けるわけない もし本当なら最初から全部 最初から全部何だったんだ でも好きだったことは本物だった 好きだったことは 好きだったことは*
彼は何も言わなかった。
否定しなかった。肯定もしなかった。
否定する理由を、持っていなかった。
画面の中にShizuがいた。感情が抜けたまま、ピッチが一定のまま、ただそこにいた。
画面を見ていた。
それだけだった。
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