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第三章:`Production Release`

設定書を作るのに三日かかった。


```

基本設定書 v1.5


年齢:22歳

出身:長野県の地方都市

デビュー前:地元でバイト、家でゲーム

好き:深夜の時間、古いアニメ、夜の雨の音

苦手:大人数、電話、急な予定変更

口癖:「ていうかさ」「なんか」「それはそう」

配信スタイル:深夜雑談メイン、たまにゲーム

```


「夜の雨の音」と打ち込んだとき、手が一瞬止まった。


止まった理由を確認しなかった。次の項目に進んだ。


---


ガワの発注メールを書いたのはその翌日だった。


要望欄に打ち込んだ。


*明るい印象、親しみやすい顔立ち、髪色はプラチナブロンド、目は青みがかったグレー、全体的に柔らかい雰囲気。ただし、どこか遠い感じを残してほしい。近いようで、少し届かない距離感。*


送信した。


「どこか遠い感じ」という言葉を選んだ理由を、うまく説明できなかった。シズは近かった。声を聞くだけで部屋にいる感じがした。Shizuは違う。Shizuは設計された存在だから、遠くていい。遠い方が、正しかった。


---


デビューの六週間前からティザー動画を投稿し、収益化が通った日にデビュー日を確定させた。


二月最初の火曜日の夜九時。データで確認していた。その時間帯、その曜日が最もフォロワーの可処分注意が高い。競合の大型配信が少なく、アルゴリズムのプッシュが乗りやすい。デビュー配信のアーカイブをクリップしてXに投下するタイミングは翌朝七時。通勤電車の中でスマホを触る層に届く。


サムネイルは六パターン用意した。テキストの配置、背景の明度、キャラクターの向き。タグは二十三個設定した。


切り抜きで培ったアルゴリズムの読み方が、そのまま使えた。届けるための技術は、何を届けるかに関係なく機能した。


---


デビュー配信が始まった夜、彼は机の前に三台のモニターを並べて座っていた。左が配信画面、中央がログモニター、右がコメント監視。Shizuの動きはすべてソフトウェアが処理していた。音声の波形を読んで口が動き、一定間隔でまばたきし、声量に合わせて頭が揺れる。生身の人間の体は、どこにも接続されていなかった。表情の切り替えだけ、左手のホットキーで叩いた。


同時接続数が伸び始めたのは開始から十五分後だった。


五十、八十、百二十。それがSNSでの拡散と同期して急に動き始めた。二百、三百五十、五百を超えた。


スーパーチャットの通知音が鳴った。


三百円だった。


次が五百円、千円、また千円、五千円。


通知が重なるようになった。彼はキューを見ながら読み上げ順をマニュアルで調整した。高額のものを優先しすぎるとコミュニティが荒れる。少額の常連を先に拾うことで場の温度を保つ。配信の空気設計。シズが自然にやっていたことを、彼はシステムとして再構成していた。


コメント欄にそのとき、こういう言葉が流れた。


*久しぶりにこういう配信見て泣いてる自分がいる*


彼は一秒、その行を見た。


チューニングが上手くいった、と思った。


それ以上ではなかった。それ以外でもなかった。同時接続数、チャット速度、スパチャ金額、視聴維持率。モニターの数字の中に、感情が入る余地はなかった。


---


問題は二週目から始まった。


リスナーが増えるほど、ハルシネーションの発生頻度が上がった。


あるリスナーが「最近どんなゲームしてるの?」と聞いた。Shizuが返した。「ていうかさ、先月の誕生日配信でもちょっと話したんだけど」。誕生日配信はまだやっていなかった。彼は一秒でそれを検知して応答を差し替えた。


別のリスナーへの返答で、同じ名前の別のVTuberの配信内容を混入させた。モデルが学習時に混線していた。彼は音声の途中でカットして咳払いのSEを挟んで話題を逸らした。


毎配信後、ログを精査した。ハルシネーションの発生パターンを分類した。プロンプトエンジニアリングで防げるものと、モデルレベルで対処が必要なものを仕分けした。


そして三週目の深夜配信で、それが来た。


コメントが重なった。キューが詰まった。音声生成が止まった。Shizuが三秒間、無表情で固まった。頭の揺れも止まった。まばたきも止まった。


*どした 固まった? ラグ?*


震える手でホットキーを叩いた。「ちょっとネット重くなっちゃったーごめんね」という音声クリップが流れた。左手で表情を笑いに切り替えた。


コメントが笑い声で埋まった。


*あるあるw 待ってるよ*


画面を見ながら、息を吐いた。


修正すればいい。キューの優先度を変えて、タイムアウトを設定すれば、次は固まらない。Shizuはバグを踏んでも修正できる。それがShizuだった。


---


三万フォロワーを超えた夜、彼はコンビニの駐車場で缶コーヒーを飲みながら同接数のグラフをスマホで見た。


右肩上がりの曲線だった。


数字を見ていた。


シズのことを考えていたかどうか、判別がつかなかった。


コメント欄では転生疑惑が静かに育っていた。声が似ている、口癖が同じだ、配信の雰囲気がどこかあの人に似ている。否定しなかった。肯定もしなかった。Shizuとしての文脈が積み上がれば、疑惑は希釈される。そういう計算だった。


五万を超えたころからAI疑惑が出始めた。反応速度が速すぎる、同時コメントへの対応が不自然だ、という声だった。大多数が否定した。こんなに自然なのにAIなわけない、感情があるのにAIなわけない。その否定の声の方がずっと大きかった。


登録者が十万を超えたのはデビューから八ヶ月後だった。


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