接戦
ーーー
「アルト、行きなさい」
「っ・・・・・・くっ!」
後ろを振り返りながらアルトにそう言うと、彼は必死に涙を堪え、弱々しく震える足を動かし走っていった。
「それでいいわ・・・・・・」
少しずつ遠くなっていく背中を見つめていると寂しさが増していく。
しかしそんなことも言っていられないともう一度前を向き直す。
「ぐっ、はぁはぁいってえなクソがッ! てめえ一人で俺に勝てるとでも思ってんのか!? ああ!? 舐めやがってッ・・・・・・」
暴言を吐きながら血が流れ続ける箇所を抑え立ち上がる男。
懐からポーションを取り出し雑に飲み干し空瓶を投げ捨てる。
アルトは逃がした、後は時間を稼ぐだけ。
なぜここまでするのか自分でも分からない。
アルトを逃がしたのは咄嗟の判断だった。
ただ死にかけて、動けなくなったアルトを見て逃がそうと思った。
弟だからだろうか。
いや、今はどうでもいい。
ただ目の前のことに集中するべきだ。
「お前を殺してッあいつも殺してやるよ!」
「・・・・・・行かせないわ!」
命を賭してこいつを引き止める。
「うおっらあああ!!」
フードの男が先に仕掛ける。
アリサの袈裟斬りが効いているのか動きは鈍く最初のようなキレもない。
しかしそれはアリサも同様で脇腹が削ぎ落ち体力もなく元の実力差もあり劣勢であることに変わりは無い。
「おらおらおら! そんなもんかッ!」
男は怪我など関係ないかと言うように乱暴に強引に攻めを続ける。完治していない傷から血が吹き出すもお構い無しに。
「死ねッ!」
男の渾身の一撃。
アリサは体勢が崩され受け流せないと咄嗟に判断し、体の前に剣を置き衝撃に備える。
直後、腕に特大の衝撃が訪れ次いで肩、そして胸や腹に来て、吹き飛ばされ最後に全身に痛みが走る。
「ゴフッ! ・・・・・・」
何度も転がりながらようやく止まったアリサは、全身に激痛が走り熱くなっていくのを感じながらそれでもなお地面の手を着きゆっくりと立ち上がる。
「化け物か・・・・・・?」
男はそんなアリサを見て驚愕と同時に畏怖を覚えた。
腹を貫かれ、袈裟斬りを喰らい、地面を転がり何度も全身を強打したはず。
だと言うのに呻く泣くでもでも諦めるでも無く、ゆっくりだがすぐに立ち上がった。
そして男を見て睨みつけるその意思。
「・・・・・・なんなんだよお前は」
つい足が止まる。
その目が、意思が、殺意が、男の足を竦ませた。
諦めるどころかこちらをまだ殺さんと感じるほどの狂気。
「ふぅ・・・・・・」
アリサは小さく息を吐き出し呼吸を整え、自身の愛刀を見る。
刀身の半分ほどからポッキリと折れている剣。
自身の技量のせいで男の攻撃を受け流せず、無茶な体勢で受けてしまったせいで折れた剣を眺め、愛刀を非利き手に持ち替えた。
そしてもう1本の剣を腰から引き抜いた。
柄は黒く、鍔は銀と金で装飾され、刀身は薄く青みがかっており赤色の波紋が走った1本のロングソード。
アレスが刀を買った時に一緒に買った、あの鍛冶屋でとりわけ自分の目を奪った剣。
「なんだぁ? 二刀流か・・・・・・?」
男は怪訝な顔をしてアリサを見つめる。
それもそのはず、アリサは折れた剣を離さずに非利き手に持ち、利き手には新たに引き抜かれた剣を持っている。
ずっと一刀流だった奴が急に二刀流を使える訳ない、そう頭で分かっているが男は警戒せずにいられなかった。
「・・・・・・」
ダッとアリサが一言も喋らずに走り出した。
正面から無闇に突っ込んでくるアリサに対し男はニヤっと笑い勝利を確信した。
「馬鹿がッ!」
男の今出来る打ちうる限りの最高の一撃がアリサに向かって放たれて、アリサはそれを目で追わずただ男を見つめ続ける。
疲労や痛みから頭がイカれたのかと男は思ったがそれはすぐに訂正されることとなる。
「がっ!?」
直撃ギリギリまで引き付けた男の斬撃を、アリサは安定した動きで折れた剣で受け流し、そしてほぼ同時にもう1本の剣で攻撃を仕掛け男に命中した。
「!?!?」
あまりに綺麗な流れるような動きに男は全く対処出来ずに肩を斬られすぐにバックステップで距離を取る!
「ぐっ! ッチ、クソがよぉ」
男は混乱する。
先程まで死にかけていてこちらが押していたはずの相手が急に完璧な攻守をやってのけたことに。
理解が追いつかない。
偶然なのかそれとも・・・・・・。
「っ! 考えてる暇は無いかッ!!」
距離を取った男にすかさずアリサは突っ込んでくる。
又もアリサは剣を一切見ずに男の目を見て離さない。
「う、ぅうおらあああ!」
男は恐怖を感じながら剣を振るう。
しかしアリサはまたも自身の体まで近付け折れた剣で対処し、男が受け流されたと思った時には既に斬られていた。
「ぎゃあああああ!!!」
圧倒的優勢だったはずの男はいつの間にか劣勢に陥っていた。
Aランク最上位のヴェガやレックスを相手にしても勝てるほどの実力を持った男が、Dランクであるアリサが圧倒している。
「・・・・・・」
アリサは今まさに極限状態だった。
聖剣の効果を上回るほど感覚が研ぎ澄まされ、男の動きが物凄く遅く感じるほどに。
そしてそれだけではない。
折れて短くなった剣とロングソードの組み合わせは、二刀流としての最適解でもあった。
ロングソード2本持ちのロアクが攻め特化とすれば、今のアリサは攻守に優れたバランサー。
受け流しが苦手だったアリサにとって短剣は扱いやすく体周りの機動力が高く、そしてダメ押しに攻めに扱い慣れたロングソード。
アリサは無意識に自身の戦闘スタイルの最適解を見つけ出していたのだ。
「はぁはぁ、このッこんなところでッ!!」
男が幾ら攻めても受け流され斬撃を喰らい、守りに転じると一撃の重いロングソードと素早く細かい傷を入れてくる短剣により苦戦を強いられていた。
「こんな所でエエッ!!死ねるガッ!?」
塞がりかけていた袈裟斬りの傷跡に再度袈裟斬りを決められ、その上から腹を蹴飛ばされ激痛が走り吹き飛ばされる。
「ゴっうっガハッ!! ゲホゲホッ!!」
転がった先で四つん這いになり血を大量に吐き出す男。
顔を上げるとアリサがこちらへ歩いてくるのが見えた。
「ひっ・・・・・・」
悲鳴が小さく漏れる。
心が無意識にアリサを恐怖している。
アリサが一歩近ずく度に手先が、腕が、足の震えが酷くなる。
殺される。
男がそう思った時。
ーーーアリサの体が先に限界を迎えた。
「ゴハッ!」
足が止まり突然血を吐き出したかと思うと、力が抜けて前向きにドサッと倒れる。
ほぼ無意識に動いていた極限状態が終わり、意識が戻る。
過呼吸になり体全身の筋肉が引きつったような激痛が走り動けなくなった。
「・・・・・・は、はは、ははは! この悪魔め! ようやくくたばったか!」
それを見ていた男は恐怖から解放されてゆっくりと立ち上がり、全身から血を垂れ流しながら恨みったらしい目つきでアリサを睨みつける。
「お前は危険だ。ここで殺してやる」
ゆっくりと足を引きずりながら近づいてくる男を、アリサはうつ伏せ状態から顔だけ前を向き血で掠れた視界で眺めることしか出来なかった。
「心配させやがって・・・・・・なんでこんな奴がサポーターなんか・・・・・・」
「・・・・・・」
ああ、私はここで死ぬのか。
あの子は、アルトはちゃんと逃げきれただろうか。
どこかで迷ってないかな。
いや、自分とは違って頭が良いから大丈夫か。
ロアクは地龍に勝ったのか。
アレスは、まだ生きているんだろうか。
どうせなら最期にアレスの顔を見て死にたかったわね。
アリサはこれ以上上がらない視線で、男の足元だけを眺め、そんなことを考えながらただその時を待つ。
「ようやくだ・・・・・・」
シィイインっと金属音が鳴り、男が自身の真上で剣を振ろうとしているのが分かった。
「・・・・・・ぁ、なんだおま」
目を瞑ってその時を待っていると、急に男が何かを話した後ゴトっと何かが落ちた音がした。
いつまで経っても死なないことに違和感を持ったアリサはゆっくりと瞼を開けると、そこには男の足元の横に頭が落ちていた。
「・・・・・・え?」
ドサッ! っと時間差で体が真後ろに倒れ砂埃が舞う。
死んだ? なんで? ロアクが来たの?
「まだ生きておるな」
「!?」
まだ離れてから数日しか経っていないのに、物凄く懐かしく感じる声と特徴的な話し方が聞こえた。
痛む体を捻って声の主の方を視界に捉えただけで、全てが安心に包まれて安堵のため息が小さく漏れた。
「ネフィラぁ」
「うむ。よく頑張ったぞ、アリサよ」
ネフィラが大鎌を肩にかけてニコッと笑った。




