第1部 ハルカ 4
「これから、みんなでご飯食べに行くんですけど、一緒にどうです?」
祥子がコマのついた椅子に腰かけたまま自分の席から滑るようにやってきた。久世の24インチワイドディスプレイのむこうから顔を出している。
ひさしぶりにデザイナーたちの仕事が一段落着いたらしく、みんなでうまいものでも食いに行こうということらしい。
「中華だ。中華」
「イタリアンよ。絶対」
「飯なんか、なんでもいい。倒れるまで飲んでやる!」
若いデザイナーたちが騒いでいる。
「久世さんも、もう終わりですよね? めずらしく社長が全部出してくれるらしいです」
「悪いなあ、今日は帰るよ」
もうすこしで「中池遥ちゃんが、うちで待ってるんでね」と冗談を言いそうになったが、どうにか呑み込んだ。今夜は最終話なのだ。録画予約はしてあるが、気になってうまい飯など食えるはずもない。
「最近付き合い悪いじゃないか、久世。あたらしい彼女でも見つけたのか?」
突然横から出てきた上田に肩を叩かれた久世は、彼女というひと言に一瞬うろたえた。
「いや、家で片付けないといけないことがあるんだ」
別にあたらしい彼女ができたっておかしくないだろうと言いたかったが、それよりも不自然に顔を赤らめているのではと不安になった。上田が言った彼女という言葉が中池遥と重なった。そんなちょっとした心の変化でも見逃すまいと祥子がじっとこちらを見ているような気がしてならなかった。久世はディスプレイに集中している振りをした。
「なあ祥子。久世の先生、今日は駄目なんだってさ。デートかもな」
痩せ過ぎで長身の上田のスーツはいつもだぶだぶで、身振り手振りで話なんかしていると洗濯物が風になびいているようだった。
「デートならいいんだがな。ほんとに帰らなくちゃならないんだ」
久世と祥子がふたり揃っているときに限って、上田は久世の独身をネタに恋愛話をした。そして決って「祥子はどうなんだ? 最近」と探りを入れるのだ。久世を間に挟んでいないと、祥子に直接こんなことを訊ねられないのだ。これは上田が発信する、祥子への思いを伝えるシグナルだ。シグナルは微弱だが、それを繰り返すことで受信者にかならず届くと思っているのだろう。営業ならもっと押しの強いシグナルを発信しろよと思うのだが、上田も道徳というものを持っているのだろう。既婚者という立場上この方法がいちばん最良で安全と考えているのだ。これも営業で覚えたテクニックのひとつなのか。
落ち着きを取り戻した久世は、そろそろ来るぞと思っている。まったく、いい奴なんだが。
「おまえも、そろそろ四十郎とか言ってるうちに、あっという間に五十郎だからな」
久世はちょっと背中がむず痒いように肩を揺する。「あばよ」
「行こうぜ、ほっといて。祥子はどうなんだ? 彼氏とかいないのか?」
「・・・」
祥子が久世を見つめる目はいつも同じだった。あえてたとえるなら、それはおいたをした子犬が主人に許しを請うような目だった。今もその視線は24インチワイドディスプレイ越しで久世にむけられていた。




