第1部 ハルカ 5
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最終話は感動的ですらあった。翌日のワイドショーなどでもちょっと話題にもなるほどだった。あのラストシーンの中池遥の印象的な笑顔は、久世の脳裏にも焼きついている。言葉にした途端陳腐になってしまいそうな、あの青春の喜びや悲しみ、苦悩を、最後のわずか数秒の微笑みだけでみせたのだ。
それにしても、もう来週からは中池遥に会うことができないということが、なんとも残念でしかたなかった。しばらくドラマの余韻に浸っていた久世が、ベッドルームのコンピュータを起動させた。「中池遥」で検索してみると1,000,000件以上も出てきた。いちばん最初に出てきたのは中池遥の公式ホームページ。さっそく公式ホームページへ行ってみる。1年前に写真集1冊とCDを出していて、ちょうどそのデビューシングルにあわせてチョコレートのテレビコマーシャルに起用されている。見覚えがあると思ったのはおそらくこのテレビコマーシャルに違いない。まだ、ほとんどデビューしたばかりなので、大した情報はなかった。検索画面に帰って所属プロダクションやファンのサイトなどを見てみる。どこに行っても今後のドラマや映画などの予定は出ていない。ほとんどが中高生を喜ばせるようなアイドル画像のサイトばかりだった。
ドラマの中で見せてくれた、あの口元がほころんだときに見えるきれいな歯並びやむくれたときに尖らせる唇、そして泣きべそをかいたり、すねてみたりと、久世にとってそのすべてが愛おしいものに思えてきた。今になって途中からでも全部録画しなかったことを悔やんだ。ただまったくの偶然だが、予約の解除を忘れていたため1話分だけ録画されたDVD−Rがあった。これが残っていただけでも久世にしてみれば幸運だった。それからというもの仕事から帰った久世は、その1話分だけのドラマを繰り返し見てはコンピュータにむかった。「中池遥」で検索し、なにかあたらしい情報はないかと調べてまわった。まるで、好きなクラスメイトの姿をできる限り見ていたいと、教室でも校庭でも目で追っている中学生のようだった。
録画された映像でしか会うことができない久世は、ますます妄想を膨らませていた。ドラマの中の中池遥をより現実的な姿へと、もっと身近な存在へと手を加え、描き替えていくようになっていたのだ。仕事で疲れて帰ってドアを開けたとき、そこにいてくれたらきっとこう言って慰めてくれるだろう。日曜日にひとり映画を見終わって明るい陽射しの下に出てきたときも、もし一緒だったら主人公についてあれこれ言い合いするだろう。会社帰りに待ち合わせして一緒に食事だってするだろうし、週末ごとにふたりでどこかへ出かけるだろう。
久世圭介は、完全に、ありもしない恋に落ちたのだった。
妄想は加速度的に膨張し続けた。馬鹿げた空想のひとり遊びだとわかっていたが、それを楽しんでもいた。そんなある日のことだった。仕事中に他社のウェブサイトを見ながら技術的なことを調査しているとき、ある考えが閃いた。そうだ、頭の中であれこれ想像したり、創造しているより、いっそのこと架空のデートをブログにしてみてはどうだろう。突如浮かび上がったアイデアに久世はすこし興奮気味だった。これはなかなか面白い思いつきだ。どうせ、匿名で綴るデート日記だ。適当に書けばいいわけだし、誰に見られたってかまわない。大体他人のデートの話なんか誰も気にしないし、興味を持つはずもない。さっそく帰ったら、やってみるか。ビールを飲みながらぼんやりテレビなんか見ているより楽しそうだ。
こうして、久世圭介の奇妙なデート日記「ボクとハルカのデート・ブログ」がはじまった。
_____ボクとハルカのデート・ブログ________________
タイトル:居酒屋で一杯
日 時:2007/02/07 23:52:32
記事本文:ボク 「うまいなぁ、ビール」
ハルカ「ふぅ〜ん」
ボク 「この一杯のために、働いてるなぁ」
ハルカ「えらそうに」
ボク 「・・・」
ハルカ「・・・」
ボク 「未成年には、この味わからんだろうな」
ハルカ「あたしも飲んでみよっかなぁ」
ボク 「ちょっとくらい飲んだことあるだろ?」
ハルカ「うん、まずかった」
ボク 「・・・」
ハルカ「・・・」
ボク 「サカナはあぶったイカでいい〜」
ハルカ「・・・」
ボク 「・・・」
ハルカ「なんか、おいしそうに飲むね」
ボク 「・・・」
ハルカ「・・・」
ボク 「・・・」
ハルカ「・・・」
ボク 「・・・」
ハルカ「ちょっと、ちょうだい」
ボク 「・・・」
ハルカ「うぇ」
ボク 「ハハハ」
5月の20歳の誕生日が過ぎたら、急に飲めるようになるのよ。
そのときは、付き合ってあげるからって言ってるんですが、
大丈夫かなあ。
_____by ボク_____コメント(0)______________
ボク、つまりブログの中の久世圭介は、まだ若い20代でいることができた。ボクは世の中に出たばかりで、生き生きとしていて、体験することはまだ新鮮で、将来への夢があり、そしてなにより、ボクには可愛い恋人がいた。




