#07.5|三人で行った旅行の話
悠真、みのり、満。
昔、三人で旅行したことがあるそうです。
……「三人で旅行した」と言っていいのかは、
読んでから判断してください。
「400件です」
凛はスマホの画面をこちらに向けて、カウンターに置いた。グループのトーク画面だった。いちばん上に、トーク名とメンバーの人数が出ている。
「大学の友達で旅行行こうって話になって、グループ作ったんです。十二人。三日で、メッセージ400件」
「400件で何話してんの」と満。
「最初の40件は、『行きたい』のスタンプです」
「40件」
「十二人が、それぞれ三回くらい押したので」
みのりが、画面を覗き込んだ。スタンプの列が、どこまでもスクロールしていく。
「で、誰かが『どこ行く?』って聞いて、全員が別々の場所を言いました」
「十二か所」と悠真。
「十一か所です。一人が『どこでもいい』って言ったので」
「あー」とみのり。
「そしたら別の子が『どこでもいいが一番困る』って言って、その件だけで100件です」
「どこでもいいが一番困る、の件で100件」と満。
「『じゃあ困らせてごめんね』って返した子がいて、そこから謝り合いが始まって」
悠真がグラスを置いた。
「投票にすればいい」
「しました」
「どうなった」
「誰でも選択肢を足せる設定だったので、選択肢が二十三個になりました」
「選択肢を足せる投票にするな」
「一票ずつ割れました」
「十二人で二十三個なら、そうなる」
「それで、行き先より先に日程決めようってなって、日程調整の表を作ったら、十二人全員が空いてる日が一日だけあったんです」
「よかったじゃん」と満。
「平日の火曜でした。一日だけ」
「泊まれないね」とみのり。
「そこで、日帰りか一泊かで100件です」
凛は、画面を自分のほうへ戻した。
「で、昨日、誰かが『もう決める人決めない?』って言って」
「正しい」と悠真。
「『凛が決めてよ、しっかりしてるし』って言われて」
「おお」と満。
「断りました」
「なんで」
「十二人分の文句が、全部私に来るので」
悠真は、少しだけ頷いた。
「それで今は、誰が何を決めるかを決める話をしてます。宿を決める人、行き先を決める人、日程を決め直す人。その割り振りで、今、80件目です」
スマホが、画面を上にしたままカウンターの上で震えた。新しいメッセージが一件、下に増えた。401件目だった。
凛は、スマホを伏せた。
「旅行ってさ」
みのりが、おしぼりをたたみながら言った。
「みんな、どこまで決めてから行く?」
「全部だ」と悠真。
「でしょうね」と凛。
「俺は決めない。その場で決めたほうが面白いじゃん」と満。
「私は、宿だけは決めたいかな」とみのり。
凛は少し考えてから言った。
「私は、誰が何を決めるかだけ決めればいいと思います。宿は誰、店は誰、って。それさえ決まってれば、揉めないです」
「400件の人が言うと重いね」とみのり。
凛は、ふと三人を見た。この三人は、子どものころから一緒にいる。
「三人で、旅行したことあるんですか」
満とみのりが、一瞬、目を合わせた。悠真はグラスを持ち上げたまま、止まった。
「……ある」と満。
「一回だけね」とみのり。
「あれは旅行じゃない」と悠真。
凛は布巾を置いた。
「何があったんですか」
「宿がさ」と満。
「宿がね」とみのり。
「宿だ」と悠真。
三人が、ほぼ同時に言った。
「誰も取ってなかったんですか」
少しの間があった。
「いや、取ってた」と満。
「じゃあ、よかったじゃないですか」
「三つ」とみのり。
凛は、みのりを見た。
「……三つ?」
「三人とも取ってた」と悠真。
「なんで」
「俺が取らないと、誰も取らないと思った」と悠真。
「悠真、あのとき忙しそうだったから、私が取っとこうと思って」とみのり。
「俺は取ってないよ」と満。
「え、じゃあ二つじゃないですか」
「行きの電車で隣になったおじさんが、民宿やってて。泊まってけって」
凛は、満を見た。
「……それ、取ったに入るんですか」
「入る」と悠真。「部屋が一つ埋まってる」
凛は、三人の顔を順番に見た。
「で、一つにまとめたんですよね」
「当日キャンセルは百パーセントだった」と悠真。
「私のとこも」とみのり。
「おじさん、晩飯の魚もう買ってたし」と満。
「……別々に泊まったんですか」
「泊まった」
「泊まった」
「泊まった」
凛は、カウンターの端に手をついた。
「晩ごはんは。晩ごはんは一緒ですよね」
「私、旅館で夕食付きだったから」とみのり。
「俺は駅前。調べてあった店」と悠真。
「おじさんちで魚」と満。
「全員バラバラです」
「連絡は取ってた」と悠真。
「何て送ったんですか」
「『着いた』」と悠真。
「『着いた』」とみのり。
「『魚すごい』」と満。
凛は何も言わなかった。
「でも」
みのりが、グラスの縁に指をかけて言った。
「楽しかったよね」
凛は、みのりを見た。
「最高だった」と満。
「……悪くなかった」と悠真。
「楽しかったんですか」
「旅館の露天風呂、ほとんど貸切だったの」とみのり。
「おじさんの孫と花火した」と満。
「ホテルの朝食がよかった」と悠真。
凛はゆっくりと、三人の顔をもう一度順番に見た。
「……三人とも、一人で楽しんでますよね」
「そうかな」とみのり。
「そうです」
満が、少し考える顔をした。
「でも、行きと帰りは一緒だったよ。電車」
「帰りは別だろ」と悠真。「お前、おじさんに駅まで送ってもらって、一本早いのに乗った」
「あ、そっか」
「じゃあ、行きは」と凛。
「行きは一緒だった」と悠真。
「私、ずっと寝てた」とみのり。
「俺は途中で電話がかかってきて、デッキにいた」と悠真。
「俺はおじさんと喋ってた」と満。
凛は、満を見た。
「店長、おじさんって、隣の席の人ですよね」
「うん」
「……三人、並んで座ってなかったんですか」
「指定席が、三つ並びで取れなかった」
悠真が、少しだけ目を逸らした。
「三人とも、別の車両だったね」とみのり。
凛は、ゆっくりと口を開いた。
「一緒に、どこ行ったんですか」
満は腕を組んだ。みのりは首をかしげた。悠真はグラスを置いた。
「……改札」と満。
「改札までは一緒だった」と悠真。
「改札は、三人で一緒に通ったよ」とみのり。
凛は、三人を見た。
「……改札」
悠真が、グラスを持ち直した。
「だから最初に言っただろ。あれは旅行じゃない」
凛は布巾を手に取って、何も拭かずに、また置いた。
「でもさ」
満が、身を乗り出した。
「今度は四人で行こうよ。ちゃんと一緒に」
「いいね」とみのり。
「宿は俺が取る」と悠真。
「えー、私が取るよ」とみのり。
「俺、常連さんに聞いてみる。いいとこ知ってそうだし」と満。
凛は、手を挙げた。
「待ってください。先に、誰が何を決めるか決めましょう。宿は――」
凛は、三人の顔を見た。
悠真。みのり。満。
「……宿は、私が取ります」
三人が、凛を見た。
「四つ目だな」と悠真が言った。
カウンターの上で、伏せたままのスマホが震えた。
凛は見なかった。たぶん、402件目だった。
旅行って、
行く前の予定調整がいちばん大変だったりしますよね。
400件話し合った十二人と、
ほとんど話し合わなかった三人。
どちらも少し極端な気がします。笑
それはそれとしまして、
皆さんは旅行の予定、細かく決める派ですか? 現地で決める派ですか?




